第337話 作者も忘れてた設定(※27話参照)
私はお父さんのパソコンを使って、手軽にできる副業というものを調べてみることにした。本業がない私が副業というのもおかしい話だけれど、副業で検索すれば、雇用契約を結ばなくてもできる仕事が見つかりそうだと思ったから。
私の目論見は正しくて、稼げそうな副業はいくつか見つかった。しかし、どれも私向けではないというか、賀藤君が言ってたイラスト制作もあったし、ウェブデザインやプログラミングとかもあったけれど、私にはその知識がない。動画編集も私は見る専門だからわからない。やっぱり、フリーランスとして稼ぐにはある程度の技術や知識がいるんだ。
さらには、せどりとか怪しい臭いしかしないものもあった。せどりだと仮に稼げたとしても私には種銭がないからハッキリ言って論外も論外だ。それに、世間ではテンバイヤーは嫌われる風潮があるし、同一視されたくもない。まあ、私はテンバイヤーが現れようとそうじゃなかろうと推しのグッズを買えるほどの財力があんまりないけど。
もう全てを諦めかけてたその時、やたらと高単価な仕事が目に飛び込んできた。どうせ、これも私向けじゃないんだろって思っていたら……
『英語圏のVtuberの切り抜き動画の日本語訳と字幕入れ募集』
字幕編集はともかく、翻訳なら私にもできそうだ。なにせ私は英語が得意だから行けそうな気がする。ちょっと概要を見てみよう。
『英語圏で人気の箱である
Vtuberは日本のものだけではなくて、海外にも優れたVtuberはいっぱいいる。確かに英語がよくわかってないのに、ガワだけで海外Vを好きになっている層はいる。そうした層向けにそのVのキャラクターを日本語訳して伝えるというのは良い試みかもしれない。字幕編集だけやれって話なら自信は全くないけど、なぜか翻訳の手間が入るだけで私にもできるんじゃないかと思い始めた。この仕事はライバルが少なそうだと感じたから、今の内に唾を付けておきたい。こんなチャンス滅多にあるものではない。
私はこの投稿をした人とコンタクトを取ってオンライン面接にまでこぎつけた。日を改めてオンライン面接が実施された。ビデオカメラには、ハーフっぽい顔立ちの黒髪の女性が映し出されていた。
「こんにちは、カホ。私は、アンナ。よろしく」
「アンナさんよろしくお願いします」
面接なんて高校の入学試験の時以来。もちろん働いたことがない私は、仕事の面接は初めてだ。
「カホ。あなたの経歴について教えて欲しい」
「そうですね。私は南半球のオーストラリアで生まれました。日本とは季節が真逆の国です。私は12月に生まれたのでオーストラリアではその時夏だと言うこともあり、夏帆と名付けられました。12月生まれなのに名前の漢字に夏が使われているなんて面白いですよね?」
「失礼。漢字はサッパリなのよ。ひらがなとカタカナは読めるんだけどね」
「あー、そうですか」
自己紹介の時に毎回この話をするけれど、1度もウケたことない。私的には鉄板のネタだけど、どうして滑るんだろう。
「それでカホはいつまでオーストラリアにいたの?」
「小学校にあがる直前だから6歳ですね。その頃には帰国してましたが、現地の言葉は未だに覚えています。洋画を見ても字幕も吹き替えもなしでも大丈夫ですし」
「ほう、それは心強い。耳が順当に育ってる証拠ね」
耳が順当に育っている……確かに使わない能力は次第に退化していく。そう言った意味では英語にある程度触れている現状も私の英語好きに一役買っているのかもしれない。
「カホはVtuber文化に詳しいですか?」
「そうですね。Vtuberの推しがいるのでそういった文化には人並以上に詳しいと思います」
「それを聞いて安心しました。翻訳内容も日本のVtuber好きに刺さるようなニュアンスで翻訳して欲しいのです」
「〇〇助かるみたいな構文に翻訳しろってことですね」
その条件なら多分大丈夫だ。Vtuberの用語は体に染みついて覚えている。
「さて、事前連絡では動画に字幕を入れる作業をしたことがないとのことだったけど、その点は問題ないわ。こちらで作業のやり方を教えるから」
「ありがとうございます」
「報酬については完全なる出来高制。忙しい時期なら編集はしなくても良いし、暇ならガッツリとやっても構わない。切り抜き動画の一覧があるから、その中から翻訳したい動画に予約を入れて作業をする流れね。カホ以外にもこの仕事をしている人がいるから、彼らと協力しながらがんばって欲しい」
「ええ、こちらも学校の課題とかもあるし、その辺は融通が効くのは助かります」
「後はそのVtuberのキャラとリスナーの雰囲気とかも頭に入れて欲しいかな。翻訳はその分野に対して理解が必要なこと。担当するVtuberのことも知らずに翻訳してもボロが出てしまうからね」
「はい、Vtuberは好きなので覚えるのは苦痛ではないです」
「頼もしい言葉ね。それじゃあ早速、仕事を任せる前にテストをするわ。フィラメンツのメンバーであるナンシー・カグヤの切り抜き動画の翻訳編集して欲しいの。彼女についての情報は自力で調べて欲しい。Vtuber好きなら出来て当然のことだから」
確かにVtuberの情報を詳しく調べるのはファンならば当然のこと。好きなことに関しての情報ならいくらでも詰め込める。
「提出期限はそうね。初めてだし、2週間は様子を見ようかしら。できるかな?」
「はい。多分、大丈夫だと思います」
結構多めに時間を見積もってくれたなと思う。配信の切り抜きは鮮度が命だから、2週間後には腐っていてもおかしくない。Vtuberのことを調べたり、初めての字幕編集だという点も考慮されているのだろうか。
「カホ。あなたはまだ若い。可能性に満ちているからこそ、ここで経験を積んで大きく成長して欲しい。テストの結果が良いものであることを祈るわ。Good Luck!」
「Thank you Anna.」
こうして、私の仕事は半分決まったようなものだ。このテストに合格さえすれば、自由なすき間時間に切り抜き動画の編集が出来て、必要な分だけのお金を稼ぐことができる。そして、念願のネコミミショコラちゃんをウチに迎え入れることができるんだ。
それにしても、まさかオーストラリアで過ごした経験が役に立つなんて……ただ、まあ。ある意味助かった事実がある。私は確かに耳は育っていた。しかし、それはリスニングができるだけであって、私は英語の発音を正しく言えるわけではない。
つまり、リスニングした結果を文章に翻訳することはできても、私は英語を話すことはできない。それに、アンナさんには6歳まで海外にいたと言ったけれど、これも実は盛っている。実際にいた期間はもっと短いから、英語の発音が完璧にならないまま日本に来てしまったのだった。
その事実がバレてしまっては恐らく私は見向きもされなかっただろう。英語の発音までテスト内容に盛り込まれてなくて助かった。本当に綱渡りの状況だった。
でもまあ、オーラルコミュニケーションでの通訳だったら諦めてたけれど、出力が文章だったから本当に不幸中の幸いだった。この仕事が無理だったら、本当に他の仕事にありつけるかわからない。これ以上に単価が良い仕事も中々にないし。
私はか細い綱を渡り切ったことで安心していた。まあ、英語の文章は読めるし、話している内容も理解できるし、話せないだけだからこの仕事をするにあたって何にも問題はない……と思う。
それじゃあ早速、ナンシー・カグヤって人の情報を調べよう。
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