第338話 信頼と実績のDL数オチ
「カホ。あなたのテストの結果だけど。素晴らしい。合格よ。これから、事業者同士の買い取り契約を締結できるけれど、カホはまだ未成年。きちんと両親の許可を取って」
「はい、ありがとうございますアンナさん」
「ただ、一応合格は合格だけど、もうちょっと訳す時はくだけた感じになると良いね。ちょっと訳し方がお堅いというか。まあ、ちょっと真面目すぎるかなって」
「なるほど。勉強になります」
切り抜き編集のテストが終了し、アンナさんと面談をした後、私は両親に事情を説明した。両親も最初は戸惑っていたけれど、勉強にもなるし私がやりたいと言うのなら止めるつもりはないとして許可してくれた。契約書をアンナさんに送って、私はその写しを大切に保管した。
これで、推しに貢ぐためにお金が稼げる。まず最初の目標はショコラちゃんのモデルとネコミミを購入すること。その後も、エレキオーシャンのライブイベントとかも行きたいからある程度の貯金は欲しいな。今までは金銭的な事情でライブを諦めざるを得なかったこともあったけれど、稼げる手段ができたのならその悲しみも少なくなる。もう良いことずくめだ。
◇
「これはどういうことだ……?」
俺は目を疑った。定期的にチェックしている数字。それが明らかに異常な値を示している。これは販売サイト側のバグか? でなければこんな恐ろしい数字がでるわけがない。
ショコラのDL数が増えている。それは良い。DL数は累計の数だから減ることはない。これは正常な範囲の伸びだ。問題は……オプションであるはずのネコミミの方がショコラのDL数より桁違いに多いのだ。
なんで本体よりオプションの方が売れてるんだよ! 更に不可解な現象が起きている。セサミとアカシアの売上も微妙にだが伸びている。まあ、これはネコミミの売上が伸びたことにより、同作者の商品が注目されたと考えれば納得できなくはないが……ちょっと伸びが異常な気がする。いや、俺の手元に入ってくるお金が増えるのは全然構わないんだけど、この不可解な現象の理由を解明したい。
そう思って俺は情報収集のためにSNSを開いた。そして、秒で解決してしまった。俺の通知欄にビナーからのリプが届いていた。
『ショコラママの作ったネコミミ付けてみたニャン #ネコミミチャレンジ』
その文言と共にネコミミビナーの画像が張られていて、これがかなりの勢いで拡散されている。バタフライマスクとネコミミ……! なんだよこれ、結構似合ってるじゃないか。むしろ、ネコミミメイドよりも似合ってる説あるぞ。くそ、娘に負けた。
って、そんなことはどうでも良い。このネコミミチャレンジってタグはなんだ? 俺はなんとはなしにそのタグ付けがされている投稿を漁った。最初にヒットしたのは……元々2Dの肉体を住職より与えられていたけど、俺に3D化の依頼をしたユノーさんだ。
『みんな見て見てー3Dの私がネコミミ付けてみたよー。設定とか弄らなくても不思議と頭にフィットしちゃった #ネコミミチャレンジ』
まあ、そりゃあ、ショコラもビナーもユノーも3Dモデルを作ったのは俺だからな。頭の形や大きさが似通っているからネコミミのスケールを調整しなくてもすっぽり入るだろう。
他の3Dモデルを持っているVtuberもこぞってネコミミを付けている。頭のサイズが違えばスケールを変える必要があるけれど、やはり3Dモデルを持っているVtuberはその辺の設定を苦にしない。本人が自力でできるか、事務所のスタッフや周りの人間に詳しい人がいるんだろう。
なるほど。ネコミミオプションは2000円とそんなに高くない。2000円でSNSでバズれるなら安い出費と考える人もいるだろう。だから、こんなに売れたのか。
でも、セサミやアカシアが売れたのはなんでなんだ? その理由が非常に気になるところだ。
◇
「ねえねえ、日高さん見て。ネコミミ装備のセサミ。可愛くない?」
八城さんが私にパソコンの画面を見せてきた。確かに犬、それも地獄の番犬がネコミミを付けているのはちょっとギャップがあって可愛い。
「このセサミの語尾はニャーになったりするのかな?」
「犬が語尾にニャーをつけるわけないじゃないですか」
私は真っ当なツッコミをした。
「いや、そもそも犬は喋らない」
真っ当なツッコミだと思っていたものを稲成さんに更にツッコまれてしまった。
「それにしても我がライバルショコラめ……ますますケモノ系クリエイターとして成長しているね。本当にこの成長速度は目を見張るものがある。私も負けてられないな」
勝手にショコラさんをライバル視して、闘志を燃やしている人がいる。でも、私も昔はショコラさんの先輩としてコラボしたこともあったっけ。懐かしいな。あの時はまだ、自分はVtuberとしてもっと伸びると思っていたのに。
「おー。アカシアも結構ネコミミ似合うね。ネコミミクマ。これは流行る」
流行るの……?
「この可愛さを同志だけでなく、世界中の人々に知ってもらった方が良さそうだね。よし、ネコミミセサミとネコミミアカシアをスクショに取って発信しよう」
「八城さん。それ、本来の用途はショコラさんに付けるものでしたよね?」
「ああ、そんな話もあったね」
「ショコラさんに付けないんですか?」
「そもそも僕はショコラさんの3Dモデルを買ってないから、付ける対象が存在しないんだ」
自分のモデルを売るためにネコミミ作ったのに、八城さんには何にも響いてないかわいそうなショコラさん。
「八城さん。私たちもショコラのネコミミに対抗してなにか動物をモチーフにした3D商品を展開しませんか?」
「お、それはいいアイディアかも。具体的にどんなもの出すのか考えてあるのかな?」
それは確かに気になる。稲成さんは狐が好きだから、可愛らしいキツネミミとか作るのかな。
「ずばり……この仮面だよ」
「え?」
私は思わず突っ込んでしまった。そんな不気味な狐の仮面なんか誰が欲しがるんですか! とまで言わなかったのは自分でも褒めてあげたいと思う。
「この仮面は良い。顔を隠したい事情がある人にも使えるし、人と目を合わせたくない人にも重宝する」
バーチャルの世界で顔を隠す意味が分からない。リアルの顔を隠すためのバーチャル的なガワなのに、そのガワに仮面を被せるセンスは一体。
「キツネミミじゃなくて仮面……?」
流石の八城さんもこれにはツッコミを入れるようだ。
「八城さん。私はショコラの後追いなどしたくない。ショコラがミミのアイテムを作ったのなら、こちらも耳で対抗などとそんな浅はかな発想はしない。だから、私は耳ではなく、仮面を商品化する」
無茶苦茶言ってるよこの人。ショコラに便乗して商品を発売しようとしているのに、後追いはしたくないっていう矛盾。
「あー。稲成さん大変残念なお知らせがあるんだ」
「残念なお知らせ?」
「僕も大亜君に教えてもらったんだけどね。ショコラの娘にビナーって子がいるんだ。その子は……バタフライマスクを被ってる。つまり、仮面。仮面でもショコラの後追いになってしまうんですよねえ」
「な、なんだってー!」
稲成さんはひどく落ち込んでしまった。相当仮面のアイディアに自信があったのかもしれない。
「な、なら。バーチャルとしての発売ではなくて、3Dプリンターでリアルでの発売……」
「もうすぐ謎のクワガタ仮面Xって言う仮面が発売されるみたい。これはショコラさんとは全くの無関係だけど……まあ、今のタイミングで出したら二番煎じ感は否めないね」
「ぐぬぬ」
この人たちは何の会話をしているんだろう。同じサークルに所属しているのに理解できる気がしない。
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