第319話 クリエイティブと人間性

 師匠から匠さんへと話を繋いでもらったので、匠さんと電話することになった。指定の時間になったので匠さんから電話がかかってきた。


「もしもし琥珀君。なにやら凄いことをしているみたいだね」


「はい。なんというか……人を指示して動かすことの大変さを肌で感じているところです」


「まあ、そういうのは社会人と言うか、会社組織に属すれば遅かれ速かれみんな経験することだからね。例え出世しなくても、新人に仕事を教えて指示を出すのはそれに近い立場。前年度の新人って相場は決まっているから」


「なんか就職するのが怖くなってきました」


「あはは。よっぽど酷い会社じゃなければ、更にその上の先輩たちがサポートしてくれるから大丈夫だ。まあ、そんな話はおいといて、最近操とは上手くやれているかな?」


「うーん。まあ、俺にしてはよくやれている方だと思います」


 その俺の基準というやつがアテにあるのかどうかの保証は全くない。


「俺もできれば妹には幸せになって欲しいとは思っている。操の幸せは琥珀君の存在が必要だともね……だから、頼むよ」


「ええ。任せて下さい」


「さてと、そろそろ世間話はこれくらいにして本題に入ろうか。まず、俺の先生だけど、その人とキミは以前作品を競い合ったことがある。心当たりはあるかな?」


「えーと……そうですね。匠さんに技術を叩きこんだとなれば相当な実力者だと思います。だとしたら、俺が太刀打ちできるはずがないと思うので、俺に勝った作品を思い浮かべてみたんですけど……全く心当たりがないんですよね」


 最初のコンペの時は、匠さんと師匠に負けてズミさんと引き分けた。次の動物のコンペの時は、ヒスイさん、虎徹さん、稲成さんに敗れて……高校生大会のやつは該当しないだろうから、残りは海のコンテスト。それは俺が優勝したから、本当に該当作品が思い浮かばない。


「太刀打ちどころか、キミは俺の先生に勝っているんだよ」


「え? そんなバカな……そういうことってあり得るんですか?」


「それこそ勝負は時の運というやつさ」


 確かにクリエイターは相当な実力差がない限りは、勝敗はブレて当たり前。しかし、匠さんより凄い相手ともなるとそのブレの範疇で勝てる圏内に入れるとは思えない。


「えーうん……えー?」


「まあ、納得できない気持ちはわかる。でも、実際に先生に会って見ればわかる。この人はそういうことをする人なんだってね」


「そういうことってどういうことですか?」


「ツチノコの夢を見たからと言ってそのまま作品にするって暴挙に出たりとかかな」


「ツチノコ!? あの作者って匠さんの師匠さんなんですか!?」


 確かにあの作品の技術的な面に関しては熟練の技というか拘りのようなものを感じた。なんというか最低限の力を確保しつつ極限まで制作コストを削減する。そうした技術が駆け出しクリエイターの俺でもハッキリと分かった。


「あ! そういうことですか」


「流石琥珀君。どうやら気づいたようだね。この状況で先生が最も適した指導者になるだろうって」


「程ほどに手を抜く技術。常に全力疾走してクリエイターとして疲弊してしまっているナツハさんにとって最も必要な技術ですね」


「流石。先生の作品を単なるイロモノとして切り捨てずに良い所をよく観察している。確かに手間暇かけた方が作品の質は上がる傾向にある。しかし、それが絶対の法則ではない。あえて、崩したりボカしたりすることで作品の価値も上がるし、なによりも制作時間の短縮にもなる。先生の教え……それは、1つの作品の制作時間を極限まで削る。そして、その削った時間でまた別の作品を制作したり、勉強する時間に充てる。その技術と精神を俺は叩きこまれたのさ」


「クリエイターとしての活動はゴールが見えないマラソンのようなものですからね……ペース配分を間違えるとそれこそナツハさんみたいなことになりかねないってことですか」


「そういうことだね。先生は究極の長距離ランナーだから、クリエイターとして長く活動したいないなら学べることも多いはずだ。まあ、俺としてはあくまで、学べるところがあるってだけで、あの人は極端すぎるから、スタイルを完コピするのはどうかと思うけどね」


「その辺はバランス感覚ってやつですね」


 俺の印象では匠さんはそうしたバランス感覚が高い人だ。そのバランス感覚を極めたからこそ、師匠すら認める器用万能なオールマイティタイプのクリエイターに成長したってことなのかな? そのバランス感覚を養うのに間違いなくその“先生”の影響が大きいと思う。


「先生の名前は佐々木 勇真ゆうま。まあ、俺が言うのも失礼な話かもしれないけれど、自由人な変わり者なんだ」


 勇真? ゆうま……UMA……! ツチノコ!? まさか、そんな名前までツチノコに支配されていたなんて。


「一応確認するけれど、そのナツハって人は男性なんだよね?」


「はい。一見するとウキャッキャ鳴くサルみたいに声が高くて、男女の区別がつき辛かったですけど、本人の自己申告で男性だと判明しました」


「よし。それなら大丈夫だ。問題ない」


「女性だとなにか問題あるんですか?」


「あー……まあ、問題というかなんというか。琥珀君は、どうして操が直接先生に取り次がないで俺にワンクッションを置いたのか。そのことを疑問に思わなかったかな?」


 確かに、あまりに自然な流れで師匠が匠さんを仲介したので気づかなかったけれど、言われてみれば違和感はある。


 その佐々木さんが匠さんを弟子にしていたのなら、師匠も一緒に弟子になっていてもおかしくない。師匠だって優れたクリエイターだし、その佐々木さんと似通った考え方を持っている部分もある。


 しかし、師匠と佐々木さんに師弟関係があるのなら、師匠が直接佐々木さんと連絡を取ってもおかしくない。じゃあ、どうして……


「もしかして、師匠と佐々木さんの間に何かトラブルがあったんですか?」


「まあ、トラブルと言っていいのかわからないけれど……あの人。女性は気に入った人しか相手にしないタイプなんだ」


「え? なんですかそれ」


 言っていることの意味がよくわからない。


「あの人の好みは……まあ、なんというか高身長で巨乳でくびれがあって……まあ、一言で言えばモデル体型の女性が好みというか……」


 匠さんが何やら言い辛そうにしている。


「師匠は身長が条件を満たせてませんね」


「……正に琥珀君が言ったようなことを、操に直接言って弟子入りを断ったんだ。それから、操は「佐々木さんの実力は凄いけれど、人格は認めたくない」ってスタンスを取っていてな。ただ、まあ俺が先生から受けた教えを操に教える形で間接的な師弟関係はあったけれど……あの2人は仲が悪いよ」


「いや、それは師匠が正しいですよ。本人に面と向かって言うなんて失礼にも程があります」


「……? まあ、とにかく男性ならば弟子入りに条件はないから俺が話をつければ大丈夫なはず。後はナツハさん自身が教育を受ける気があるかどうか……かな?」


「ええ。わかりました。お時間を割いてくれてありがとうございます。ナツハさんの意思確認は俺の方からしておきます」


 最終的に誰に教えを乞うか。それを決めるのは自分自身だ。俺からは提案しかできない。でも、ナツハさんは今は前向きにがんばっているから、きっと提案を受け入れてはくれると思う。


「あ、匠さん。最後に訊きたいんですけど、佐々木さんはどうして女性の弟子入りに厳しんでしょうか?」


「あー……俺の口からはあんまり言いたくないけど、彼は女性そのものを面倒なものって思っているらしいんだ。好みの相手なら許容できるけれど、そうでないなら……相手したくないらしい」


 なんというか究極の面倒くさがりというか……


「すみません。もう1つ質問いいですか? 佐々木さんって結婚してるんですか?」


「もちろん独身だ」


 確認するまでもなかったか。

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