第318話 不完璧な完璧主義者

「ヨシ!」


 俺は新たなる自作3Dモデルを目の前にして呟いた。男女両方の声を出せる両声類の暁さん。彼が望んだ女性3Dモデルが今しがた完成した。


 俺は椅子の背もたれに体を預けて両手を伸ばした。長い間作業をし続けたので筋肉が凝り固まっている。そのせいか、伸ばすととても気持ち良かった。


 予定通りの進捗状況に俺は満足していた。この3Dモデルを暁さんに渡せば、彼はすぐにでもVtuber活動を始められるはずだ。けれど、今はまだその時ではない。


 凄腕のFPSプレイヤーのナツハさん。彼もまた俺がVtuberに誘った才能ある配信者である。チャンネル登録者の数はまだ少ないけれど、その伸び率は将来的に人気チャンネルになることが予測されるほどに爆伸びしている。


 どうせでデビューをするなら、タイミングを合わせたい。つまり、暁さんとナツハさんがVtuberのガワを引っ提げて同時デビュー。それが俺の計画していることだ。


 ナツハさんはFPSプレイヤーの前に、3Dモデリングの経験がある。プロとしての活動歴はないものの、専門学校で学んだ経験があるので、実力は担保されているはずである。ただ、まあ……なんというか、彼には少し危うさのようなものを覚えている。キャラ設定の作成もやたらと時間がかかったし、俺は俺の作業が押していたから彼の様子を見ることができなかったから最近の状況を把握できていない。


 定期的に進捗状況を俺に報告するように義務付けることもできただろうけれど……やはり、ある程度は自由にさせてあげたい。本人の裁量によるところを最大限にしたい。そう言った想いから俺は進捗状況の報告を義務付けていなかった。必要に応じて俺が確認しに行くって感じだ。


 というわけで、俺は俺の仕事を終了したので、その区切りが良い所でナツハさんの仕事の進捗情報の報告を要求することにした。俺の予想では、まあ遅くとも5割ほどが完成していると踏んでいる。ブランクがあるから作業がおぼつかない点を考慮すると、やはりそれくらいかなと。普段から3Dモデルを作っている俺の作業速度を基準にした結果だ。


『お疲れ様ですナツハ様。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日は、ナツハ様の進捗状況を伺いたくこのメッセージを送らせてもらいます。現状の進捗状況を大まかな状況を教えて下さると幸いです』


 俺が最後にナツハさんの進捗状況を確認したのは、キャラの方向性が定まった時だ。それから結構な時間が経っているし、速い人だったら3Dモデルを完成させていてもおかしくない程だ。まあ、流石にそこまでは期待しないけれど。


 しばらく待っているとナツハさんから返信が来た。


『ショコラさんお疲れ様です。現在の状況ですが、原画が完成して3Dモデルの制作に移る段階です』


 ん? 見間違いかな? 原画が完成して3Dモデルも5割方作られているって感じの文面が届くはずだったのに……あれれー? おかしいぞー。


 現実逃避してもなにも解決しない。ナツハさんのペースでやっていたら、デビューは俺が高校を卒業した後ってことになりかねない。流石にそれでは遅すぎる。なんとかして、情報を引き出さないと。


『そうですか。一応、その原画の方をこちらの方にお渡しすることはできますか? 参考程度に確認しておきたいのです』


『わかりました。どうぞ』


 そうして、添付された画像ファイルを確認する。その中身は……かなりクオリティが高いものだった。ディティールにも力が込められていて、その原画は正に“魂が籠った一作”という感じだった。いや、まあ原画のクオリティが高いことに越したことはないけれど、力の入れ具合は間違ってないか? いくら原画が良くても結局のところ、表に出る部分は3Dモデルの方なのだ。ここまで仕上げる必要……あるか?


 それに、クオリティが高いと言っても、それはプロのイラストレーターと比較したらどうしても見劣りしてしまう。やはり、3Dモデルを専攻していて尚且つブランクがある人間ともなれば、イラストの能力はやはり本業に劣る。しかし、それはいいんだ。むしろ、こちらもそれ前提で考えていた。


 まあ、ハッキリ言ってしまえば作業効率は悪い。なんだろう。この感じ。常に全力疾走。決して妥協を許さない。そういう意思を感じてしまう。その結果、力が入りすぎて、何もかもが上手く行かない中途半端な結果になっている気がする。


 この状況をどうすればいいのか。俺には皆目見当がつかなかった。俺は今まで、自分の力を伸ばすことだけに集中してきた人間だ。そのお陰もあってか、ありがたいことにコンテストで優勝を果たすレベルにまで成長することができた。


 しかし、自分が成長したからと言って、他人を成長させられるアドバイスを出せるかどうかは別の話だ。恐らくの原因はわかっている。ナツハさんは……常に全力疾走を続けるタイプだ。そして、疲労でパフォーマンスが落ちても休憩なんてせずに全力を続ける。そのせいで、作業効率が落ちてしまい、時間をかけた割には作品の出来が伸び悩み、すぐに頭打ちになってしまう……と言ったところだろう。


 もちろん、時間をかけたんだから、かけてない場合に比べて作品のクオリティは高くなっている。けれど、それは所詮焼き畑農業的な発想だ。短期的に見たら作品としてはプラス。けれど作者としての成長には悪影響を及ぼしてしまう。時間がかかる分、作品の数は時間をかけなかった人に比べて劣ってしまう。要は経験値が少なくなってしまう。将来的には、実力が伸び悩み、自分より下だったはずの人間に抜かされてしまう。


 なるほど。俺の分析の状況と彼の経歴は一致している。確かに彼は細部に拘り魂を込められる優れたクリエイターだ。そのお陰で立ち上がった当初では、評価されるものの、晩成はしないタイプ。数多く作品を作って経験を積んで地力を上げたコツコツタイプに後から抜かされる運命だったのだ。


 力を程ほどに抜いて、全力をここ一番の時にだけ発揮しているタイプだったら、優れたクリエイターになれていたはずだ。そう考えると彼は本当に惜しいことをしている。


 すぐにでも、そのことを彼に伝えたい。けれど、どう改善したら良いのか……人に教えた経験が皆無に近い俺にはできないことだ。俺だってまだまだ発展途上で人様の師匠になれる程の実力も人格もない。精々、送られてくる作品をぶった切ることしかできない。


 ならば、これは……師匠案件だな。師匠も最近は仕事の方が落ち着いてきて来たから話くらいなら聞いてくれるだろう。何か良い知恵が貰えるかもしれない。


 俺は師匠に現状の情報をかいつまんで説明した。師匠の反応はと言うと……


Rize:なるほど。その人の事情はよくわかった。確かにそれは改善した方が良い問題かもしれない


Amber:師匠がナツハさんを弟子にしてくれたら改善すると思うんですけどね


Rize:バカなことを言わないでくれ。私はキミしか弟子に取るつもりはない!


 良い提案をしたと思ったのにバカだと言われてしまった。なんか理不尽な乙女心の逆鱗に触れたような気がした。


Rize:それに力の抜き方を教える。その一点に限れば、私よりも優れた師がいる。その人を紹介した方がいいかもしれないな


Amber:へー。どんな人なんですか?


Rize:私の兄貴を一人前のクリエイターとして育てあげた人だ。私から兄貴に話は通しておく。詳細は兄貴に聞いてくれ


Amber:匠さんを育てあげた人!? それって凄い人じゃないですか。匠さんよりも実力が上ってことですよね? どんな作品を作るんだろう。一目だけでもいいから見てみたいな


Rize:キミは彼の作品を見たことがあるはずだ……まあ、あの作品を見て真の実力を測れって言うのも無理な話だけどな


 既に見たことがある? 全く心当たりがない。でも、師匠のお陰で解決の兆しが見えた気がする。

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