第309話 誰か説明してくれよ

 今日はついに父さんが帰ってくる日だ。休日だから普通に兄さんは家にいつつ、母さんも仕事を早めに切り上げてきたし、姉さんもなぜか前日から実家に泊まって待機している。一方で真珠は残念ながら陸上部の大会があるので、父さんが帰ってくる時間帯には間に合わないらしい。でも、終わり次第帰っては来るのでその時、久しぶりに一家が揃う。


「うーん……真鈴。この髪型変じゃないかい?」


 母さんは手鏡を見ながら、美容師に切って貰った髪を眺めている。


「変じゃないよママ。特別良くもないけどね」


「アンタは言わなくて良い一言を言うんんじゃない」


 もうすぐ結婚から30年経とうとしているのに、母さんは未だに父さんにベタ惚れしているというか……母さんは、死ぬほど精神的に追い込まれた時に父さんに救われた過去を持っている。父さんは救った自覚はないみたいだけど、やはりその時の経験が大きいのかもしれない。


「それにしても、ママとパパって凄いよね。お互い仕事が忙しくて、会える時間が少なかったのに良く結婚したよね。私だったら好きな人とできるだけ一緒にいたいかな」


「そりゃあ、付き合っている当初はすれ違いも多かったさ。でも、結婚生活を続けていると逆に四六時中一緒にいない方が気が休まる時もあるのさ。まあ、私たちにとっては、その塩梅が丁度良かったのさ。それに……あの人は忙しい時にも、隙を見て連絡をくれたし、そのお陰で耐えられたってのもあるかな」


 忙しい時にも連絡……なるほど。それを怠るといけないってことか。今は師匠が忙しくて、こっちもすれ違いが多い状態だけど……連絡くらいはした方が良いのか。


 リビングにてスマホを弄って待機している兄さん。急にスマホを弄るのをやめると立ち上がってテーブルの上に置いて負った車のキーケースを手に取った。


「そろそろ父さん迎えに行くよ」


「ん? まだ早くないかい?」


 確かに母さんの言う通り、まだ空港に到着するかどうかって時間帯だ。ここからバスや電車を乗り継いで最寄り駅まで向かうなら、今から出発するのは早すぎる。


「まあ、なんだ。その……父さんを迎えに行く前に個人的な用事があるというか、寄っていきたい場所があるんだ」


「物はついでってやつだね。お兄ちゃん。ついでのついでに、アメリカンドッグ買ってきて」


「やだよ。面倒だし」


 図々しい姉さんのお願いを突っぱねる兄さん。最早、我が家ではこいつを甘やかさないという謎の不文律ができている。それにしてもアメリカンドッグって絶妙なチョイスはなんなんだよ。意外に売ってる場所少ないぞ。俺が兄さんの立場でも断ると思う。


「気を付けていくんだよ」


「ああ。いってきます」


 兄さんはスタスタと家を出た。兄さんはあの黒くてお高そうな高級車を運転するのか。


「俺も早く免許取りたいなー」


「私も」


「いや、姉さんは18歳過ぎてるからいけるだろ」


「学科で落ちたの」


「あっ……」


 なんか触れてはいけない闇に触れたような気がした。



「宇佐美。お待たせ」


 待ち合わせ場所には既に宇佐美がいた。俺は車を停止させて窓を開けてそう言った。


「あ、大亜君。ふふふ。全然待ってませんよ。どちらかと言うと今日という日の方をずっと待ち遠しく思ってましたから」


 なんか……発言が重い。


「まあ、とりあえず助手席に乗ってくれ」


 宇佐美が助手席のドアを開けて乗り込む。彼女がシートベルトをしている隙に俺はスマホを取り出した。


「今からちょっと父さんに連絡するから待っててな。今日はツレが乗っているって」


「大亜君。メッセージ内容を変えて下さい。『会わせたい人がいる』にしてくれませんか?」


「え、あ、いや。それは……」


 別に俺は会わせたいというか、宇佐美が無理矢理会いにやってきたみたいな感じで、意味が分からないのだ。


 ここは1つ話を逸らすか。


「父さんを迎えに行くまでまだ時間はあるし、ドライブデートでもするか」


「ええ、そうですね。運転している時の大亜君は素敵ですからいくらでも見ていられます」


「おいおい。ドライブデートって言ったら普通景色を見るだろ」


 そんなツッコミを入れ、俺は車を発進させた。ドライブデートと言ってもそんなに時間が取れるわけでもない。一応、待ち合わせ場所を始点として、終点を最寄り駅にした時のルートは構築済みである。時間的にも休憩込みで丁度良い具合に設定してある。



 一通り、ドライブデートを楽しんだ俺たちは、ついに本来の目的である父さんの迎えにやってきた。父さんは今、電車に乗っていると連絡があり、電車が駅に着き次第やってくるだろう。


「緊張しますね」


「ああ」


 しなくていい緊張をさせてるのは誰だとツッコミを入れたくなったが、そもそもの話、提案したのが俺な以上はあまり強く言えない。なんで俺はあんなことを口走ったのか自分でも理解に苦しむ。これが恋愛は理屈ではないってやつなのか。


 駅の改札口から出てくる父さんの姿を捕捉。父さんも俺の車に気づいたのか歩み寄ってくる。俺は窓を開けて会話ができる状態にした。それと同時に宇佐美が父さんに「こんにちは」と挨拶をした。


「こんにちは。大亜。迎えに来てくれたありがとう。そちらの人は?」


 ツレがいるとはさっき伝えてはいるが、その人の詳細の情報を知りたいのは当然の心理。さて、なんて紹介したものか。


「えっと。この人は、宇佐美。何から話していいのかわからないけれど、とりあえず俺の高校の時の同級生なんだ……えっと」


 それからの話を繋げようとしたら、父さんは同級生というだけで納得したのか食い気味に会話を繋げてきた。


「そうなのか。宇佐美さん初めまして。いつも息子がお世話になっております」


「いえいえ。こちらこそ、大亜君にはお世話になっております」


 父さんが車に乗り込む。そして、車内に気まずい沈黙が流れる。え? 俺、この状況でどうすればいいの? 宇佐美と父さんどっちに話かければいいの? 2人同時に話そうにも、2人の共通の話題って何? ないよな? 宇佐美と2人きりなら普通に話せる。父さんと2人きりでも普通に話せる。でも、この2人が組み合わさった時に発生する化学反応は何?


 無言、沈黙のまま俺たちは車を走らせた。


「えっと……先に宇佐美を家に帰すぞ」


 流石に宇佐美を実家に連れ込むわけにはいかない。助手席の宇佐美は若干納得してないような表情を魅せているものの口では「はい」と答えた。なんで不満そうなんだよ。お前の計画の中では俺の実家にあがりこむつもりだったのかよ。初デートで相手の実家にいきなり行くものなのか? ぬらりひょんでももう少し遠慮するぞ。


「今日は同窓会でもあったのか?」


 父さんが急に俺に問うてきた。俺はなにがなんだかわからない。


「いや、同窓会はないけど」


「そうか。俺はてっきり、高校の同窓会の帰りで宇佐美さんを一緒に送ったものだと思ってた」


 なるほど。確かに状況的にみればそうかもしれない。でも違うんだ父さん。宇佐美がこの場にいるのは事情というものがあって。


「えっと父さん落ち着いて聞いてくれ」


「おう、父さんは落ち着いて運転して欲しいけどな」


 父さんの言う通り、今は運転中だ。心を落ち着かせなければならない。じゃないとショコラちゃんしてしまう。父さんは俺の心が動揺しかかってたことを察知している。恐らく、俺が言おうとしていること……それを察しているかもしれない。男女、助手席、その答えが示すものは……まあ、普通の大人ならわかるかもしれない。


「俺は……そこの宇佐美と……付き合ってるんだ」


「え……え!? な、なんだってー!」


 察してなかったのかよ。

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