第305話 原石発掘

 今日も今日とて俺は地獄に足を踏み入れる。肉体的に過酷ではない分、カニ漁よりはマシではあるが、精神の疲弊は確実に俺の心を蝕んでいく。


 夜遅くにダンス動画を踊っている女子中学生。それに群がる地獄のようなオッサンの気持ち悪い称賛コメント。そして、ドアを開けて娘に注意をする母親が映りこんで慌てる配信者。ダンスが特に上手いわけでもない。話も面白くない。顔も悪いとは言わないけど、特別良くはない。ただ、若い女子というだけでオッサンの気持ち悪いコメントが流れる。親の登場以外何1つ面白い要素がない。業と業を組み合わせて、地獄を作るゲームでもしているのかと問いたくなるくらい酷い配信だった。


 なんというか、これで承認欲求が満たされるのが現代のネット社会の闇だなと感じてしまう。若さといういずれ尽きる要素を頼りに承認欲求を満たし、それで己を磨かずに年老いた時に想像を絶する承認欲求モンスターが出来上がるんだろうなと思うと……別に何も感じないや。全く存じ上げない他人の人生がどうなろうと俺の知ったこっちゃないし。このリスナーたちも配信者を過度に持ち上げることに対する責任を一切取る気はないんだろう。


 そして、俺は底辺配信者の地獄にある共通点があることを見つけてしまった。それは、自分を見て欲しい。自分の存在を認めて欲しい。自分の価値を証明したい。そうした感情が先行しすぎていて、リスナーのことが何も見えていないのだ。


 そうした感情を持つことは決して悪いことではない。人間ならば絶対に持っていないとおかしい感情だ。事実、俺が配信を始めたきっかけも、自分の作品を宣伝して認めて欲しい。そうした想いがあったからだ。


 けれど、それは配信を始めるきっかけに過ぎなかったし、俺の軸の部分。夢はCGデザイナーになって、やがてはバーチャル空間でペットと遊べるようにしたい。そうした他者に対するメリットも頭の片隅に入れていた。その気持ちがブレなかったお陰で、誰かを楽しませようというエンターテインメント性を持つことができた。


 ナツハさんが着実に伸びているのも、彼がリスナーを楽しませるためにサルを演じている。つまり、自分の欲求を満たすだけでなく、他者が求めるものも理解し提供しているからこそ面白さを見出している人が増えてくれているんだと思う。


 リスナーは自分の承認欲求を満たすための道具じゃない。その認識を持つことが地獄から脱却する一歩なのかもしれないと勝手ながら思ってしまった。


 人の振り見て我が振り直せという言葉がある通り、俺も気を付けなければならないな。事実、俺も画家を目指していた頃は、自分の絵が大人たちに認められていることが気持ち良くて絵を描いていた節があった。そこに見てくれる人、他者に対する思いやりなんてものは存在しなかったかもしれない。だからこそ、俺の絵には勇海さんのような魂が籠らなかった……そう思うとあそこで挫折して良かったとも思える。


 なんだか自戒の気持ちが強くなってきてしまったな。地獄を見ても学べるものはあると学べた。でも……俺はもっと効率よく原石を発掘したいのだ。ナツハさんがVtuberになりたくないと思っている以上は代わりを探さなければならない。


 動画サイトで探すのにも限界があるし、次はSNSを漁ってみようかな。良い配信者なら誰かしら話題に出すだろう。


『プルコギさんもっと流行って。あんなに面白いのに』

『ケバブ君が好きな人は絶対ジンギスカン君が好きなはず! ケバブ君好きにジンギスカン君をオススメしたい』


 なるほど。あんまり伸びてない配信者を推している人たちは、その人たちがもっと流行って欲しい。そう思って誰かにオススメしたい。そう言う風に思っているってことか。それにしても、肉料理の名前ばっかだな。食べ物の名前を自分に付けるやつって絶対適当に付けてるだろ。



 【ショコラにV界隈以外の配信者をオススメする配信】と言うタイトルで配信を開始した。


 何かしら「お前はこんなところでくすぶってていい奴じゃねえ。もっと上を目指せ!」って言いたくなるような配信者を推している人もいるかもしれない。そうした人たちの誰かにオススメしたい欲求を満たしつつ、欲しい情報を手に入れる。リスナーにヨシ! ショコラにヨシ! オススメされた配信者にヨシ! の三方ヨシ! の良い配信だなと自画自賛してしまう。


「みな様おはようございます。本日の配信は、私ショコラがVtuber界隈以外の勉強をしたくて、みな様のオススメの配信者を紹介して欲しいと思って立ち上げた配信です。事前にSNSで告知していたので、オススメの配信者がいる方はメッセージを送ってくださったと思います。それを開封しながら、みんなで共有していきましょうと言った趣旨ですね」


『俺のオススメが紹介されるかな』

『推しに推しを推す配信と聞いてやってきました』

『たまにはV以外の界隈に触れてみるのもいいかもね』


 コメントが好意的で助かった。正直、これも諸刃の剣なところはあったからな。ショコラはVtuberだし、V以外の配信には興味ない層も少なからずいる。それに、他の配信者の名前を出されるだけで嫌な顔をするリスナーも多い。まあ、それに嫌悪感を示す層は、この配信を見なければ良いだけの話だ。ショコラブ民は住み分けが出来てくれているのは本当にありがたい。


「では、早速1通目を見ていきましょう」


『こんにちはショコラちゃん。私がオススメしたい配信者はナツハさんですね。ちょっと口が悪くて騒ぐところがあるから人は選ぶけれど、その部分が妙に癖になるんですよね。FPSの腕もかなりのものだし、もっと伸びて欲しいチャンネルの1つです』


 うん。見たことある。というか、勧誘失敗したやつだ。どうリアクションしたものか。見たことあるどころか接触したことすらあるんだよな。でも、まだ接触したことは非公開情報にしておくか。かと言って嘘はつきたくないから、既知であることは伝えておこう。


「ご紹介ありがとうございます。ナツハ様ですね。実は私もこの人はチェック済みなんですよ。人を選ぶ配信とのことでしたが、私は嫌いではありませんでした。結構伸び盛りのチャンネルなので、今の内にチャンネル登録すると古参ぶれますよ」


 古参ぶることに何の意味があるのかは知らないけれど、それでマウンティングができるなら、ゴリラ界隈には需要があるんだろう。サルでマウンティングするゴリラという動物園がその内見れるかもしれない。知らんけど。


「では、続いてのお便りはっと……」


『ショコラちゃんこんばんは。いつも動画や配信を楽しく拝見しております。私が推している配信者はあかつきさんです。なんというか、良い。凄く良いです。是非ともオススメしたいです』


 語彙力! わかる。よくいるタイプ。良いものを良いと伝えたいのに、語彙力がにないから他人に薦めても怪訝な顔をされるやつ!


「えっと……ええ。わかりますよ。こう、なんというか良いものに出会った時って言葉を失いますよね? だから、オススメポイントがちょっと不足してしまうのは仕方のないことだと思います。でも、どういった活動をしている方なのかの情報は欲しかったですね。でも、情報提供ありがとうございます」


 角が立たないようにフォローしつつ、問題点を指摘できているだろうか。でも、配信者名とチャンネルのアドレスは最低限貼ってくれてあるので後で見に行くことはできるか。


「では、3通目は……」


『緋色さんが好きです。ゲームも上手いし、解説も丁寧でゲーム初心者にもオススメできます。しかも、テンプレだけじゃない独自の戦略みたいなものも紹介してくれるので上級者が見ても参考になることはありますよ』


 やばい。なんかこみあげてくるものがある。ここ最近の出来事でコンテストでグランプリになったことと双璧を成すくらいに嬉しいことかもしれない。勇海さんも頑張って他人から認められているってことがわかってホッとしたような。こうした、嘘偽りない生の声が聞けて感動している。


「そうですね。私もこのチャンネルを見たことありますが、面白かったですよ。というか、私がFPSで偶然マッチングして撃たれた動画もあるんですよね。なにかと不思議な縁があるお方ですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る