第295話 偽者のフリをするな

「準グランプリは……蝉川 ヒスイか。やはり実力が安定しているな。この歳にして恐ろしい子だ」


 師匠もヒスイさんのことを認めているようだ。俺は一先ず、ヒスイさんが良い準グランプリで安心している。もし、ここで訳の分からないクワガタが準グランプリだったら度肝を抜かれるところだった。


「未だにヒスイさんに勝てたことが信じられませんね……」


「勝負は時の運とも言う。特に芸術系の審査は同じ作品でも審査員によって評価点のバラつきが激しい。まあ、それを抜きにしてもAmber君は良くやった。勝てたのはキミの実力だと誇って良いぞ」


「あ、へへ。そ、そうですか?」


「なんだ。今日一嬉しそうな顔をして」


「まあ、結果は知ってましたから、驚きはまずないし、それで嬉しさは半減しましたが……師匠に褒められるとなると話は別です。グランプリを取って本当に良かったです」


「キミは私に褒められてそんなに嬉しかったのか。全くしょうがないなあ」


 師匠の口角が上がって頬が緩んでいる。多分、褒められた俺より師匠の方が喜の感情が大きい反応だな。


「こほん。まあ。次の結果を見よう。次は優秀賞だ。2作品の内、誰がこの賞を獲っていると思う?」


 さっきまで緩み切っていた師匠の顔が引き締まる。本当に表情がコロコロ変わる人だな。


「やっぱり、最終審査の残りの2人じゃないですか。秀明さんとクワガタだと思います」


「ふむ。そう考えるのは確かに自然だな。最終審査まで残れば受賞は確実だからな。でも、2次落ちした作品より良い賞が与えられると言った規定はない。BグループとDグループは他に目立った作品はなかった。激戦区だったAとCに比べたら勝ち上がっただけで高評価を得られるとは限らないんじゃないか?」


「そういうもんなんですかね……まあ、俺もズミさんと同じグループだった時は半分は落ちるのを覚悟してましたし、めぐり合わせによっては2次落ちより格下でも残るケースは確かにありますね」


 だとすると、残った2人が優秀賞だと予想するのは少し安直すぎるか。


「それを踏まえた上でキミは結果をどう予想する?」


「そうですね。秀明さんとクワガタ。どっちか、あるいは両方落ちるとすると、同じグループ内から優秀賞は出ないと思います。だとすると、AかCになりますが、候補はズミさんか……八倉先輩……あ、名義はJINさんだったか。その2人のどっちかが固いと思いますね」


「なるほど。私もほぼほぼ同じ意見だ。では、結果を見る前に最後の質問をしよう。キミがもし、秀明さんとクワガタ。どっちかを落とすとしたのなら、どっちを落とす?」


 師匠の質問に俺は考えを巡らせる。マッチョとグレートバリアリーフか。インパクトがあるのはマッチョの方だけど……


「うーん。それはやっぱり、申し訳ないけど秀明さんかな。ポスターとして見た時にクワガタの方が汎用性がありそうな気がしますし、秀明さんは刺さった時はパワーがありますが……まあ、今回の場合は刺さらないでしょう」


「なるほど。その視点を持つことは大事なことだ。では、結果を見ようか」


 師匠が画面をスクロールさせる。そこに表示されたのは……優秀賞2名。【ズミ】【謎のクワガタ仮面X】という文字だった。


「ふむ。流石Amber君だな。読みの方向性はあっていた」


「おお! ズミさんが受賞してますよ! 良かった」


 俺は思わず安堵のため息をついてしまった。結果が事前連絡来る前は、自分の賞が気になって仕方なかったけれど、連絡が来てからは、ズミさんと八倉先輩のことの方が気になっていたのだ。


 その後の特別賞は、八倉先輩と秀明さんの名前が掲載されていた。後の他の受賞者は知り合いでもなんでもないので特に何の感情も動かなかった。


「さて、結果を見終わったわけだけど、改めておめでとうAmber君」


「ありがとうございます」


「まあ、キミの受賞をお祝いしたい気持ちもあるけれど、私はこれからやるべきことがあるんだ。すまない」


「いえ。気持ちだけで十分です。それにお祝いなら多分、家族がやってくれるでしょうから」


 師匠は残念そうな顔をしていたけれど、俺としては一緒に結果発表を見てくれて喜んだリアクションをしてくれただけでも十分ありがたかった。


「そうだ。師匠。この前言ったことありますか? 師匠に伝えたいことがあるんです」


「え、ああ。なんだ?」


「その……まあ、なんというか。俺たちが付き合うきっかけになったのは師匠の告白があったからじゃないですか」


「あ、あの時のことは忘れてくれ。情けない姿を見せてしまったし……」


「師匠との思い出を忘れるわけにはいきませんよ。好きな人のことは出来るだけ記憶したいですからね」


「んな!」


「まあ、師匠の方から先に告白されちゃったけれど、別に付き合っているからと言って想いを伝えちゃいけないなんてことはないから……お返しに俺の想いも聞いて欲しいです。師匠!」


「は、はい!」


「俺がグランプリを勝ち取れるまでに成長できたのは師匠のお陰です。技術的な指導はもちろんのこと、クリエイターとして、社会人として必要なマインドまでも教えてくれて……世界中探したってこんなに良い師匠はいませんよ」


「そ、そうか?」


「もし、師匠と会わなければ俺は今とは違った人生を歩んでいたでしょう。その人生はここまで良い人生にはならなかった。だから、師匠。俺と出会ってくれてありがとうございます。俺は世界中の誰よりも師匠のことが好きです」


「く……ぐぬぬ」


 師匠が急に猛犬のように唸り出した。なんだ? 俺何か変なこと言ったか。


「今日はAmber君を帰したくない気持ちなのに、どうして私は今日、用事があるんだ」


「忙しいからじゃないですかね?」


 あんまり長居しすぎても、これから用事がある師匠の迷惑になるので名残惜しそうな師匠を置いて俺は帰った。



 帰宅し、郵便受けの中身を確認するとコンテストの事務局からの封筒が届いていた。俺はこの中身が気になりつつもハサミで封を切り、中にあった書類を取り出した。書類は2枚組のようだ。


『賀藤 琥珀 殿

 あなたは、当コンテストにおいてグランプリを受賞しました。おめでとうございます。

 審査員の方々から講評をお預かりしているので、ご査収のほどよろしくお願いします。』


 審査員のコメントを知れるのか。なんだか知るのが怖い気がしてきた。でも、グランプリだから悪いことは書かれてないと思う。仮にトップの俺がボロクソに書かれていたら、他のみんなはもっと酷いこと書かれるってことだからな。


『海をテーマにした作品で、構図を工夫して空の描写を厚くする工夫が光った作品です。海と空の対比も良くて、そのバランス感覚が優れているタイプのクリエイターだと審査員一同が評価しました。

 グランプリの決め手となった要素につきましては、夕日に向かって飛ぶ鳥。その姿に審査員の1人が我々が目指すべき未来を見たと感じ取ったからです。

 地球の今日こんにちまでの歴史を1年に例えると、人類が誕生したのは12月31日の夕方だと言われています。その夕方の間に人類は、時に自然と共に歩み、時に環境を破壊する愚行までもしました。

 夕日に向かって飛ぶ鳥。それは地球の新たなる歴史に値する新年を目指す意思のようなものを感じられました。その新年を美しい地球と共に迎えられるかは我々のこれからの行動や環境との向き合い方次第。そうしたことを考えさせられる作品でした』


 なるほど。審査員の人は夕日に未来を見たのか。そこは俺と感性が似ているかもしれない。しかし……地球の歴史だとか12月31日の夕方だとか新年だとか……俺が作者だからこそ言わせてもらいたいことがある。『作者はそこまで考えてないと思うよ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る