第283話 罪の証明と沈む未来
Bグループのブースに奇抜な髪の色をした細身の女性がマッチョのポスターの前でニヤニヤとしている光景を見てしまった。その女性は、ポスターの前でマッチョがやると筋肉が強調されるようなマッスルポーズを取っている……が、悲しいかな。筋肉が全然ないその人が取っても何の迫力もない。いや、近寄りたくない……じゃなかった。近寄りがたいという意味では威圧めいた迫力はあるかもしれない。
一応、面識がある相手で社会通念上は挨拶をした方が良いんだろうけど……気づかれなければ問題ない。ということで、俺は秀明さんにバレないようにCグループのブースへと忍び足で向かった。
Cグループのブースには、現在は母さんしかいない。兄さんと真珠は別のブースに移ったのだろう。2人と会ってないから丁度入れ違いになったのか。
母さんは1つの作品の前からずっと動かない。その作品は――
「母さん。他の作品は見ないの?」
俺の声を聞いた母さんは、振り返り俺の姿を確認するや否や切なそうな表情をした。
「琥珀か……私はこの作品をしっかりと見なければならない。私のエゴでこの世から消しかけてしまった作品……この作品が秀でているだけ、私の罪が重くなる」
俺は一瞬、母さんの言っていることの意味が理解できなかった。しかし、その言葉の意味をよく
「俺は誰かに罪の意識を感じて欲しくてこの作品を作ったんじゃない。勝手に罪悪感を覚えられても逆に迷惑だ」
「そうか……すまないな琥珀。お前の作品が私を許したとしても、私は私自身を許せそうもないのさ。結局、私が感じているこの罪の意識もこの作品が訴えるものじゃなくて、私の勝手な解釈の末のことなんだな」
作品の解釈は作者の受け取り手の数だけ存在している。作者がいくら、この解釈はやめてくれと言ったところで、それはお願いが限界で強制はできない。人は自分の心にまで嘘をつくことはできないのだから。
俺はきょろきょろと周囲を見回して、誰もいないことを確認した。俺が今から話す内容は、俺からしたら恥ずかしいことだ。世間一般では恥ずかしげもなく語る人もいるだろうけど、少なくとも俺は忌み嫌う行為だ。
「訊かれてもないのに作品に込めた想いをべらべらと語る。俺の趣味じゃないけど……今は、誰かに聞いて欲しい気分だ。罪滅ぼしの意思があるなら、ちょっと俺の話を聞いてくれるかな?」
「ああ。聞かせてくれないか? 私は琥珀の気持ちが知りたい」
さっきまで俯き加減だった母さんの顔が上がる。どことなく憑き物が落ちてスッキリしたような表情だ。
「夕日って綺麗だよな。特に海に沈んでいく夕日は見ているだけでどこかノスタルジックな気持ちになる人もいる。夕日を懐かしい光景。つまり、過去に関連するイメージを持つ人もいるだろうけど、俺がこの夕日に込めた想いは違う。この夕日は未来を意味しているんだ」
語りだしてしまったのなら、最後まで一直線で進まなければならない。でなければ、立ち止まって冷静になった時に恥ずかしさで俺の頬が夕日のように赤く染まってしまう。今は恥を感じる時ではない。
「夕日が未来の象徴……? それはまた随分と奇妙な話だね。夕日は1日が終わりかける時に見るもの。これを見て、今日1日を振り返る人もいる。つまり過去をのイメージが強いのさ」
演出家である母さんもこの部分に引っかかりを覚えているようである。
「確かにその考え方もあるかもしれない。でも、俺の考えは違う。夕日が沈む。つまり、太陽が見えなくなるからこそ、明日の朝日はやってくる。つまり、未来を連れてくる存在。つまり、夕日の向かう先は未来に繋がっている。この渡り鳥は夕日。つまり未来に向かって飛んでいるんだ」
俺の言葉を聞いて母さんはポカーンとしている。そして、くすっと笑った。
「あはは。それが、あんたの夕日に対する解釈か」
演出家である母さんに笑われるとなんかやらかした気分になる。俺はそんなに変なことを言ったのだろうか。
「はあ……琥珀。私にはわかるんだ。この作品を見ているだけで、あんたのこれまでの歩んできた道が大体わかってしまう。試行錯誤や挫折の跡。その辛さを乗り越えた先にようやく手に入れられた技術やセンス。この作品を見ただけでわかる。あんたは私と違う。どんな苦境をも乗り越えられる力を持っている。それなのに私は、琥珀のことを信じようとせずに親の立場を利用して押さえつけていた。本当に母親としてあるまじき行為だった」
やはり、母さんは今までの行いを悔いている。でも、それはもう“過去”の話だ。俺はこの鳥と同じように“未来”しか見ていない。
「母さん。確かに母さんがやってきたことはなかったことにはならない。変えることもできない。でも、夕日が朝日に変わるように、過ちも未来に変えることができると思う。母さんがやるべきことは、夕日を見て過去を振り返ることじゃない。明日の未来に向かうことじゃないかな?」
「全く。言うようになったじゃないか。私に物怖じせずにここまで言えるように成長してたんだな」
「ははは。確かに。昔だったら、母さんが怖くて何も言えなかったかもしれない」
母さんは割と自分の子供に対しても手加減せずにスパスパと物を言うタイプだ。今は割かし平気だけど、小さい頃は本当に母さんの刃に怯えてたっけ。
「琥珀。1つ訊かせて欲しいんだ。琥珀はクリエイターとしてだけじゃなくて、人間としても大きく成長している。とても1人で……と言うより独学で成長できる範囲ではない。一体、私に隠れて何をしてたんだい?」
今まで母さんには師匠の存在すら隠していた。俺がクリエイターになることを反対している母さんに師匠の存在がバレたら、師匠にまで母さんの怒りが飛び火しかねない。だから、師匠に迷惑をかけないためにも、伏せておく必要があったのだ。
でも、今の母さんは俺を認めてくれていると思う。師匠の存在を明かしても大丈夫だと思う。
「実は……母さんに紹介したい人がいるんだ」
「ほう?」
「今まで、俺を影ながら支えてくれた本当に大切な人なんだ」
「ん?」
母さんの表情が変化する。なんとも言えないような表情で、母さんが何か言いたそうな雰囲気を察した。でも、今は俺が話している時だしもう少し話を続けるか。
「俺はこのコンテストが終わったら、彼女に想いを伝えようと思ってる。今までの感謝とか、それと……」
「え、ちょ、琥珀。あんた……」
「ん? どうかした母さん?」
「まさか、好きな子のためにがんばったから、ここまで来れたとか言うんじゃないんだろうね!?」
ん? 何か食い違いのようなものが発生している気がする。ここは1つ誤解を解かないと。
「あ、そんな恋愛的な精神論とかじゃなくて、その人は俺の師匠なんだ。師匠が俺に技術やマインドを叩きこんでくれたお陰でここまで来ることができたんだ」
「あ、そういうこと。それなら納得。流石に愛のパワーなんて精神論で辿りつける領域じゃないしねえ」
母さんはそういう精神論とか嫌いだろうな。演出上、使うようなことがあっても現実で精神論を押し付けるような性格ではないし。どちらかと言うと根拠というか裏付けを重視する人だ。まあ、一言で言えば姉さんと反対のタイプ。
「それより母さん。いつまでも俺の作品ばかり見てないで、他の作品も見てみたら? 折角、来たんだから色んな作品を見て回らないともったいないよ」
「そうだね。私もいつまでも過去を悔やんでないで、未来へと羽ばたいて見せる……か。琥珀、ありがとう。あんたのお陰で大事なことに気づけた気がする」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます