第282話 サメない想い
「流石ですねズミさん。やはり、俺では遠く及ばない」
俺は思わずそんな言葉がポロリと口に出てしまった。俺も自分が成長しているのを実感しているはずなのに、少しはズミさんとの実力差は埋められたかと思っていたのに、そんなのは思い上がりだと現実を突きつけられたような気がした。
「い、いや。琥珀君の作品も発想を空に飛ばして、そこに夕日を浮かべて色味を赤にする発想が良かったよ。正直、やられたと思った」
ズミさんは謙遜ではなく、本当にそう思ってくれているのだろう。ズミさんは自分に対してはネガティブではあるが、他人の実力を評価する時はポジティブでいてくれる。彼の素直な称賛は嬉しいし、そこが周囲から彼が評価されている部分でもあるのだと実感した。
ぱっと見た感じでは、技術的にはCグループの中にはズミさんを上回ってる作品は見受けられなかった。俺の主観によるところもあるけれど、作品全体のセンスもズミさんが優れていると思う。つまり、この2次審査を通過できるかどうかは……ズミさんの作品を超えられるかどうかにかかっている。
「ズミさんは、もうAグループとBグループを見終わったんですよね?」
「うん。これから、Cグループの残りとDグループを見るつもり」
「それなら、ここで一旦お別れですね。俺もAグループに気になる人がいるんで、そっちから見て回りたいです」
Aグループにいるヒスイさん。そして、八倉先輩らしきサメ。それらの作品がどうしても気になるのだ。
「そうなんだ。それじゃあ、またね」
「ええ、それではまた会いましょう」
また……か。次にズミさんに会えるのはいつになるんだろう。少なくとも俺とズミさんは2人で2次審査を通過することはない。つまり、2人が揃って受賞する確率は低い。八倉先輩みたいに、授賞式で会おうだなんて気軽に言えないな。
◇
Aグループのブースに遠目で見ても爽やかな外見をしているイケメンが、顎に手を当てながら作品を鑑賞している。
「八倉先輩!」
「お、賀藤君か。1次選考の通過者の名前を見て、キミの名前があって安心したよ。そして別グループだってこともね。2人で一緒にこの2次審査を通過できたらいいな」
嫌味のない爽やかな笑顔を俺に向ける八倉先輩。こんな外見からは想像できないけど、この人B級ホラー映画が好きなんだよな。見た目と趣味はよらないってことか。
「八倉先輩も通ってたんですね。本名で登録してないからわかりませんでした」
「ん? ああ。そうだった。ごめんごめん。僕のクリエイターとしての名前を伝えてなかったね。僕の下の名前“
「ああ……確かAグループに名前がありましたね」
だとするとズミさんが言っていたゾンビサメの作品は八倉先輩のものと言うことか。このブースに他にサメ系統の作品はないし……八倉先輩はサメで行くと言っていたから確定か。
「このゾンビっぽいサメが八倉先輩の作品ですか?」
「あ、やっぱりわかっちゃった? そりゃそうか。ここにサメは1匹しかいないからね。ははは」
「本当にサメが好きなんですね」
「まあね。こうしてクリエイターとして活動を始められたのも、サメ映画の監督に出会ったことがきっかけだし、サメには足を向けて寝られないよ」
地球の構造上どこに足を向けても海に足が向いてしまうのだけれど……この人は逆さ吊りで眠るつもりなのだろうか。それとも、サメは海にいないと思っているのだろうか。
「賀藤君。僕はなんとしてでもこのコンテストで受賞したいと思っている。理由は前も行ったけれど、僕には圧倒的に実績が足りてない。若ければ実績を積むチャンスはいくらでもあるけど、歳を取れば取るほどチャンスも限られてくる。だから、絶対にこの2次審査を通過して、受賞の内定が欲しいんだ」
熱く語る八倉先輩に俺の心も震えた。正直言って、俺はかなり複雑な気持ちだ。Aグループには過去に俺を2度負かしたヒスイさんがいる。彼女とは最終審査で決着をつけたいと思うけど、それは八倉先輩が2次落ちをしてしまうことを意味している。でも、俺としては八倉先輩を応援したい気持ちもあるのだ。だって、何歳になっても夢を諦めずに追いかける人って格好いいし憧れる。
2人同時に通過がありえない以上、正にあちらを立てればこちらが立たずと言った状態だ。なんだかこの業界の縮図を見ているような気分だ。クリエイターの需要という名の枠は限られている。その奪い合いは時に残酷なのだ。
「幸いにも賀藤君とは違うグループだから2人で最終審査まで行ける。そうなるといいね」
「……はい。そうですね。俺もそうなれるように祈ってます」
なんとも複雑な気持ちだ。俺の言葉は嘘ではないが、真実でもない。なんだか言葉に裏を含ませている自分に嫌気がさしてきた。なんだかそうした想いを見透かされそうな気がしたので、俺は話題を変えることにした。
「八倉先輩はAグループの中で気になっている作品はありますか?」
「うーん。そうだね。やっぱりこの水上バイクの迫力は凄いと思う。まるで実写と言う言葉があるけれど、この迫力はある意味では実写を超えているかもしれない」
「八倉先輩もそれが気になっていたんですか? 実は、ズミさん……ああ、俺の知り合いの人も気になってたみたいなんですよ」
「え? 今、ズミさんって言った? 賀藤君はズミさんと知り合いなの?」
俺は心の中で「しまった」と言ってしまった。八倉先輩もズミさんもお互いに面識があるようなことを言っていた。それでなくとも、2人はセフィロトプロジェクトのママ同士の関係だ。お互いの名前を知っていたとしてもおかしくはない。
「えっとまあ、そうですね。プライベートの方で」
「ふーん。そうなんだ。プライベートかあ。仕事の関係ではないんだね」
「し、仕事!? 高校生の俺が仕事の関係とかないですよ。常識で考えたら」
法律上は高校生でも社長になれるし、個人事業主にもなれるから3DCGの仕事はいくらでも取って来れる。でも、一般的な高校生がそこまでの域に達するのは稀なことだ。だから、この誤魔化し方は変じゃないはず。
「あ、それもそうか。ははは。ごめんごめん。変なこと言って」
八倉先輩はあっさりと信じた。まあ、逆に高校生で300万円の仕事を貰って来たなんて言う方が信じられないか。
「まあ、でも。賀藤君がズミさんのことを知っているなら話は早いな。あの人は本当に凄いクリエイターだ。その彼と同じグループになってしまったことは、キミにとって苦しい展開になるかもしれない」
「ええ。さっきズミさんの作品を見てきました。正直、あそこまでのクオリティで仕上げて来るとは思いませんでした。通過を考えると確かに辛いですね……でも、そのハードルが上がった分だけ、俺の心は逆に燃えているんです」
「賀藤君。キミとは出会ったばかりで付き合いも浅いけれど、キミのそういう熱いところは嫌いじゃないな。キミをモデルにした主人公の映画をいつか制作したいと思うくらいにはね」
「ホラー映画に出てくる熱血キャラって大抵酷い目に遭うとおもうんですけど」
「あはは。僕がホラー好きだからって、作品全部ホラーになるとは限らないさ。そこは安心して良いよ」
安心しろと言われても、俺はこの人の作品はゾンビとサメしか見たことがない。割合で言えば、秀明さんのマッチョ作品率と同レベル。それはもう、ホラーに命を捧げてるレベルでしょ。
「さてと。僕もそろそろ次のブースに行こうか。それじゃあね。賀藤君。今度は授賞式で会おう」
「はい!」
「その授賞式で会おう的なセリフ好きだな。この人は」と思いつつ、俺もそれは望んでいることなので素直に返事をした。俺はもう少しAグループの作品を鑑賞していくか。
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