第270話 ゾンビNTR先輩
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入って来た。
「はい。出席を取るぞ」
いつも通り特に変わったことがない光景だ。その出席を取り終わった後に先生から連絡事項が伝えられる。
「今日はかねてから伝えていた通り、この学校の卒業生の講演がある。4時間目は通常の授業ではなく、体育館に集合するように。以上」
簡素な連絡事項が伝えられて、先生は教室から出ていった。この高校は偏差値は特別高いわけではないが、低すぎるってわけでもない。そこまでエリートな人は来ないと思うけど、講演に選ばれるくらいだからきっと程ほどに立派な人なんだと思う。
そんな小学校、中学校と必ずあったようなイベントに特にワクワクすることもなく、1時間目の授業の受け持ちの先生がやってきた。
◇
3時間目が終了して、体育館に集まることになった。三橋と藤井と共に体育館へと向かう道中に今日の講演についての話題になった。
「どんな人が来るんだろうな」
三橋がぽつりと呟くと藤井が急にメガネをクイっとやった。メガネかけている人はなぜ、クイッとやりがちなのか。そんなにズレるメガネなら一々指で位置を直さないでズレないようなフレームに調整すればいいのにと思う。
「プリントに書いてあった名前は『
「調べた結果は?」
「調べたけれどわかりませんでした。でも、今後の活躍に期待ですね」
俺の質問にクソみたいな回答をする藤井。こいつと友達になってから、まあそれなりの月日は経ったけど、役に立った場面はないように思える。まあ、悪いやつじゃないのはわかっているから、これからも友人関係は続けるつもりだ。悪影響を及ぼすような友人関係はさっさと切った方が良い。学校では教えてくれない大切なことだ。
「アニキ!」
早速、真っ先に切る候補の友人が俺に近づいてきた。
「鳩谷先輩。3年生の教室から、ここはルートに通らないはずですが」
「嫌ですなあ。アニキに会いたいからわざわざ遠回りにしたに決まってるじゃないですか」
媚びるような笑みで俺にすり寄ってくる鳩谷先輩。その光景を見て、三橋と藤井は訝しげに俺を見ている。まあ、1年生の男子が3年生の女子にアニキと呼ばれている異質な状況を見ればそうなる。残念ながら当然。
「琥珀。お前、3年を舎弟にしているのか?」
「賀藤君は発言の節々からSっ気が出ているから、そっち系だと思ったけどやっぱり」
「三橋、藤井。誤解だ。この先輩が勝手に下に落ちただけだ。俺はなにもやってない。信じてくれ」
身の潔白を訴える……が、2人の不信感は余計に高まってしまったようだ。本当に余計なことをしてくれる。
「アニキ。八倉 仁平って人の情報なら私が持ってますぜ」
「調べたけれどよくわからなかったってオチはなしでお願いします」
流石に同じネタを2連続でやられるとげんなりしてしまう。そうでないことを祈るばかりだ。
「いえ、きちんとした筋から得た情報です。任せて下さい」
鳩谷先輩は誇らしげに胸を張った。鳩が胸を張る……しょうもないギャグが思い浮かびそうになったけれど寸前のところで引っ込めることに成功した。
「八倉 仁平。31歳。高校卒業後、情報工学系の大学に進学。卒業後はプログラマーとして活躍するも、退職してその後海外に移住。日本に帰国して再就職した際にはなぜか、デザイナーに転身してますね。主に3DCG方面で」
「え? それは本当ですか?」
「ええ。アニキが欲しがりそうな情報だから新鮮な内に持ってきました。Vtuberのデザインを担当して、その担当したキャラは結構大手の事務所みたいですね。担当したVtuberの名前はケセド・ベル。旧約聖書の生命の樹をモチーフにしたキャラっぽいですね」
俺はその言葉に衝撃を受けた。俺の高校の卒業生にセフィロトプロジェクトの関係者がいたのか。しかも、Vtuberのママ。偶然というか運命というべきかわからないけれど……とにかく凄い確率であることはわかった。
大して興味がなかった講演だと思っていたけれど、これは話を心して聞いた方が良いかもしれない。
「他に何か情報はないんですか? 鳩谷先輩」
「お、食いつきましたね。実は……ひょっとしたら、アニキやヒスイちゃんのライバルになるかもしれない人なんですよね」
「ライバル……? どういうことですか?」
「ほら、例の海がテーマのコンテストがあるじゃないですか。それに八倉先輩が参加するかもしれないという情報があったんですよ。確定の情報ではないんですけどね。彼のSNSに参加を匂わせることが書いてあったんです」
「なるほど……」
というかSNSやっていたのか。それなのに調べて何もわからなかったとかいう藤井。こいつ囲碁と最近やり始めた格ゲー以外に何か素質があるのか?
「まあ、情報としてはこんな感じです。本当はクリエイターとしてどのレベルかと言う情報まで調べたかったのですが、生憎そこまでの時間がなかったのと、私もそっちは専門外なので理解が浅い部分があります。中途半端な情報をアニキに渡すわけにはいかないので、ここはバッサリと諦めました」
「そうですか。十分ですよ。ありがとうございます」
「へへ。お役に立ててなによりです」
俺の中で鳩谷先輩の好感度が-1ペタから-1テラくらいまでには回復した。やはり情報収集能力はかなりのものだ。記事を書かせなければ案外万能な記者かもしれない。
◇
体育館に整列して座る俺たち。教頭先生がなにやら軽く話をして、卒業生である八倉先輩を呼んだ。そして、檀上に上がるスーツを着こなしている爽やかなイケメン。生徒たちがざわつき始めた。ざわついている声が高いことから女子が何やら盛り上がっている様子だ。
なんか思っていたイメージと違う。消去法で考えれば、この八倉って人はセフィロトプロジェクトのコンペでは、ツチノコかゾンビNTRモノを出した人だ。マッチョは秀明さんだし、狐は稲成さんだから、必然的にそうなる。あの作品のどちらかを出した人があんなイケメンなはずがない。これは何かがおかしい。
壇上に設置してあるマイクの前でお辞儀をする八倉先輩。そして、話を始める。
「初めまして。第28期卒業生の八倉 仁平です。本日はよろしくお願いします」
再度お辞儀をする丁寧さを見せつける。この挨拶だけでわかる。この人は見た目も中身もまともだ。先日会った秀明さんは変人寄りの人だったのに、この差は何なんだろう。
「では、話を始める前に簡単な自己紹介をしましょう。学生時代の私は、どちらかと言うとインドアなタイプでしたね。所属していた部活も、映像研究会と部員同士、好きな映画の好きなところを紹介しあうような部活でした」
映像研究会? そんな部活あったっけ? まあ、そもそも俺は最初から部活動に入るつもりはなかったから、部活案内の資料は一切見てないし、勧誘ものらりくらりと躱したから、この学校に何部があるのか把握してない。だから何部があっても驚かない自信がある。
「ちなみに残念ながら今はその映研は廃部になったそうで諸行無常を感じております。私の青春時代は仲間に海外のマイナーなホラー映画をオススメすることでした」
あ、この人ゾンビNTRの人だ。間違いない。
「今日は、そんな映画好きの私が今の仕事に就くきっかけになったことや、その仕事のお話ししたいと思います。どうか最後まで聞いて下さいね」
いよいよこの人の話が始まる。この人の話には興味しかない。大勢の女子が集中して聞いているようだけれど、俺はその10倍は聞く意思がある。単純にクリエイターの先輩として気になるってのはあるし、コンテストの参加者だと言う噂を聞いてしまった以上は少しでも情報を得たい。
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