第257話 お口直し

 新聞部の部長、鳩なんとか先輩のインタビューで精神的に疲れた俺はそのままベッドに仰向けになって寝転がった。いつもは帰宅したらすぐにパソコンを点けるのに、今はそんな気分になれない。そういえば、昨日もロクにパソコンで作業をしなかったな。そんなに金賞を取れないのがショックだったのか……俺は。


 とにかく今はなにもしたくない気分だ。このまま眠ってしまいたい。そう思って目を閉じて入眠に入ろうとする。その時だった。俺のポケットの中のスマホが鳴り響いた。仰向けのままスマホを手に取ると師匠からの電話だ。


「もしもし」


「Amber君? 良かった。心配したんだぞ」


「心配……? 俺をですか?」


 特に心配されるようなことをした覚えはない。別に事故にあってないし、病気もしていない。そんな俺のどこに心配する要素があるんだ。


「昨日と今日とAmber君がネットにインしてなかったからな。メッセージを送っても既読が付かなくて心配してたんだ」


「ああ……そういうことですか。パソコンを起動してないからメッセージが来ていたことすら知りませんでした。すみません。すぐに確認します」


 確かに毎日ログインしている人間が急にいなくなったら、心配させてしまうかもしれない。師匠に悪いことをしたなと思いつつ、俺はベッドから上半身を起こした。


「いや、確認は後で良い。今はAmber君と話がしたい」


「俺とですか? はい。わかりました。何を話しましょうか」


「そうだな……2日間ログインしなかった理由はなんだ?」


 師匠には正直に話すべきか。別にコンテストで金賞を取れなくて落ち込んでいるってだけの話だしな。


「例のコンテストの結果が出ました……結果は俺が銀賞でした……俺は金賞を取れませんでした」


「そっか……」


 師匠の声色が落ち込んでいる。きっと、俺と同じくらい師匠も金賞を渇望していてくれたんだろう。俺は師匠の期待に応えられなかったことを申し訳なく思った。


「それで、Amber君の親御さんはなんて言っているんだ?」


「父さんはまだ海外にいて、コンテストの存在すら知らないです。そして、母さんはしばらく仕事の方が忙しいので家に帰ってこないらしいです……だから、まだ報告はしてません」


「そっか……Amber君は今回の結果をどう思った……いや、違うな。お義母さんがどう反応すると思う?」


 正にそのことが気がかりだった。蝉川 ヒスイに負けたのは確かに悔しい。でも、俺は他の高校生に負けたわけじゃない。本来なら彼女に負けたのなら悔いはないと言えるくらいの実力者であるはずなのだ。でも、俺には事情があった。母さんをなんとしてでも認めさせなければならないと言う……そのためには、母さんが認めている蝉川 ヒスイより上回らなければならなかったのに。


「俺の母さんは……まだ俺を認めないと思います。母さんの基準は蝉川 ヒスイですからね。それを超えなければ、きっと俺を認めてくれない。それだけ厳しい人なんですよ」


 またいつ蝉川 ヒスイと競えるチャンスがあるのかわからない。これが生涯最後のチャンスかもしれない。そう思うと、絶対に無駄にできないチャンスだったのに。


「まあ、考えていても仕方ないです。また次の作戦を考えましょう。次に来るチャンスに備えるためにも師匠。俺をびしばし鍛えて下さいね」


「いや……私は今のキミになにかアドバイスを送るつもりはない」


「え……」


 俺はその言葉に凄くショックを受けた。ただでさえ今は心が弱っている時だというのに、師匠に見放されてしまっては立ち直れない。大事な局面で勝てない弟子はいらないということなのか。


「今の私は師匠としてアドバイスを送るよりも……キミの恋人として精神的に寄り添いたいんだ」


 師匠の言葉を受けて俺は心が温かくなったのを感じた。師匠は俺を見放したわけではない。師として俺を見守ってくれているだけでなく、精神的にまで支えてくれようと言うのだ。


「師匠……すみません。ちょっと弱音を吐いていいですか?」


「ちょっとなんて言うな。私とキミの間柄で遠慮したら承知しないぞ」


「俺はあの作品に自分の全てを込めたつもりでした。いえ、自分の全てどころか、他の人の良いと思うところを取り入れたり、これならいける! と思ったモデル

を見つけると言った具合に、全てがカチっと上手く嵌ったような……正に作戦勝ちで勝てると思ってたんです」


「ああ。わかる。そういう奇跡が舞い降りたと思う瞬間は確かにある。そして、それが自分の思い通りの結果をもたらさなかった時は反動でかなり落ち込むと思う。私も経験があるからな」


 師匠に共感してもらえる。それだけで、かなり心が救われる。それと同時に俺の中で何かが燃え上がっているのを感じた。この感じはなんだろう。もっとこの感情を引き出したい。そう思えてきた。


「俺はずっと母さんに認められたかったんです。俺は小さい頃から絵を描くのが好きでした。俺には歳の離れた兄と姉がいますからね。小さい頃だと体力的には兄さんと姉さんには当然勝てないし、頭の出来だって兄さんには敵わない。だけど、俺は家族の誰よりも絵が上手かった。それが誇らしくてずっと絵ばかり描いてました」


 小さい頃の成功体験が人生において重要だと言われている。俺にとっての成功体験は正に絵だったのだ。


「母さんは俺の絵を褒めてはくれていました……でも、将来の夢が画家だと言った瞬間、掌を大回転させて『画家はやめておけ』『そんな虚業よりも、もっと安定した仕事につけ』『絵だけ上手くなっても他の業界で潰しは効かない』だの散々言われましたよ。その度に母さんだって、仕事が安定しているとは言えないじゃないかって反論してやりましたけどね……でも、舌戦では母さんの方が上だから全然勝てませんでしたけど」


「そうか……親に否定されるのは辛いよな」


「だから、絶対画家になって母さんを見返してやるって思いましたね。でも、結果的に俺は画家の夢は諦めました。母さんは『それが良い』と言ってましたが、俺はその後しばらく何の気力もわかずに、ゾンビのような腐った生活をしてました。今にして思えば、アレは生きている人間とは言えませんね」


 中学生の時に3DCGと出会わなければ今でも俺の人生は腐ったままだったかもしれない。そう思うとこの出会いに感謝をしたい。


「俺……もう夢は諦めたくないです。俺の夢の1つは……母さんを納得させるだけの力量を身に付けることです。その夢に手が届きかけたんだけどなあ……」


「Amber君。私はキミならばその夢を叶えられると思う。いや、私が必ず叶えさせてやる。キミの師匠として……」


「ありがとうございます師匠。でも、もう恋人気分は終わりですか?」


「……すまない。もうちょっとだけいいか?」


「ええ。いつでもどうぞ。俺たちは気分じゃなくて実際に恋人なんですから」


 今の自分が思っていることを師匠に吐きだしたらスッキリした。確かに俺は掴みかけた夢を放してしまった。人生においてチャンスというものはそう簡単に来るものではない。だから1つ1つを大切にしていかなければならない。


 けれど、過去に失ったチャンスに囚われていてはダメだ。もう来ないチャンスに焦がれて未来のチャンスを潰す。それが最もしてはいけないことだ。


 道は1つではない。母さんに認められるには、蝉川 ヒスイに勝つ以外にも方法はあるかもしれない。その前向きな想いを師匠に伝えるんだ。


「師匠。蝉川 ヒスイは俺にとってはもう過去の女です。俺は新しい未来に向かって」


「ちょっと待て。それはどういう意味だ?」


 その後、なぜか不機嫌になった師匠。喧嘩をするのも恋人気分の内ということなのか? 恋人って複雑だなあ。

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