第250話 ツチノコの真実

 俺は昴さんから受け取った資料を基にワニと蛇のモデリングを行っていく。やはり爬虫類であることを示すにはウロコの質感に拘りたい。何度か色々なパターンのウロコを試してみたけれど、なんかしっくり来ない。ここは試しに、この前プレイしたスリザリーの蛇のような毒々しい感じにするか……? いや、なんか視覚的にあんまり良くないな。自然界にいそうだけど、審査員の視力を破壊しかねない程の毒々しさだ。こんな作品を送るのはテロ行為に等しい。


 なんだろう。ここに来てスランプに突入したのかもしれない。どうしても蝉川 ヒスイに勝ちたいという気持ちが強すぎて、必要以上に力を入れてしまっている感じがする。自分の中の評価基準が本来のよりかなり厳しくなっていると思う。


 もちろん、自分に厳しいのは悪いことではない。しかし、厳しすぎて自縄自縛になってしまっては元も子もない。自分で枷をコントロールできなければ、俺の成長はそこまでになってしまう。なんとしてでも俺はこのコンテストを通じて、自分の限界を突破したいのだ。でなければ……俺は母さんに認められないんだ。


 どんな駄作でも完成すれば評価はされる。しかし、傑作でも完成しなかったら評価はされないのだ。


 なんというか現実の生物を見過ぎているとゲシュタルト崩壊を起こしてしまってどう表現したらいいのかわからなくなる。表現したい内容は決まっているのに、その表現方法がわからない。そんな感じだ。


 こういう時は他の3D作品を見るに限る。他人の作品を見て、表現方法を学ぶのに限る。他作品をここはこういう風に作っているのか。という視点で見てしまうのはクリエイターの職業病である。それにより、純粋に作品を楽しめなくなるという声も聞くが、俺はやはりこのクリエイター視点を持てて良かったと思う。こういう作品の根幹の仕組みに触れて理解できることに楽しさを見出してしまっているのだ。


 しかし、手頃な作品が見つからない。なにか爬虫類を的確に表現した作品があればいいんだけど……そんな的確な資料が都合よく見つかるわけがない。まあ、流石にツチノコよりかは希少ではないだろうけど……ん? ツチノコ?


 そうだ! ツチノコだ! あの作品。なんか適当に作った感じがあるんだけど、作者の元々の能力が高いから適当に作っても一定以上のクオリティが担保されている。その産物だと思う。例えるなら、神絵師が「ラクガキです」と言ってアップロードした絵が、ラクガキの域を逸脱している感じだ。でも、見る人が見れば本気の絵ではないとわかる。けれど上手い。その微妙な塩梅なのだツチノコは。


 そんなわけで、俺はまた夢に出てきそうなわけのわからない作品を鑑賞することにした。正月でもないのに正月気分にならなきゃいけないのか。


 俺は、ツチノコが出てきた瞬間に一時停止をした。うーん……なるほど。やはりこの作品は適当に作られている感じはする。けれど、決してそれは手抜きではない。限られた体力・気力リソースで最善の作品を創り上げている。そんなある意味、適当にやることに対してある種の執念を感じる。


 俺に盗める技術は全部盗んでやる。この作者の技術力はやはり高い。まあ、匠さんが引っ張ってきた人材なんだから当たり前なんだけど。その分、参考になること。学ぶべきことはかなりある。


 こうして、俺はツチノコの作品を参考に蛇とワニのウロコの表現をしていった。うん。さっきよりは大分マシになったな。やはり、技術を盗みたてということもあってか、付け焼刃感が拭えない。形だけ見様見真似で、技術を完全に物に出来ていないのは、見る人が見ればわかることだ。


 まあ、俺もどちらかと言うと哺乳類を多くモデリングしていたから、やはり爬虫類はそれに比べたら俺の適正的には数段劣るかもしれない。だからこそ、今は成長できるチャンスだと前向きに捉えて頑張っていこう!



 どんな人間にも師はいる。例え独学で技術を身に付けようとしても、参考にする資料や教材はあるし、それを作った人間はいる。自分で何かを編み出すとしても、その編み出すまでに身に付けた技術を教えてくれた師はいるのだ。


 それはこの俺にだって例外ではない。今では新進気鋭の若手社長だとか持てはやされているけれど、経営的なことはともかく、技術的なことに関しては今の俺があるのはこの人のお陰なのだ。


「お久しぶりです。先生。最近お変わりないですか?」


「久しぶりだな。匠。俺は相変わらずだ。それにしても、また随分と立派になりやがって。ついに師である俺を超えたんだからな」


 これはセフィロトプロジェクトのコンペのことを言っているんだろう。この人もそのコンペに参加していたけれど、優勝したのは俺。普通に考えれば、俺の方が優れたクリエイターなんだろうけど、俺はそうは思わない。


「まさか。先生が全盛期のやる気を出していたら、結果はどうなっていたかはわかりませんよ」


 俺の先生は……その、実力はとてもある人なんだけど、困ったことにモノ作りに対する情熱のようなものが欠片もない。ただ、この人は自分にクリエイターの才能があったから、それになっただけ。それが自分にとって、1番楽して稼げる方法だから……と言う、世のクリエイターにはとても聞かせられないような人だ。特に琥珀君には先生の存在は絶対に教えられない。


 セフィロトプロジェクトのVtuberのママの選定基準は現時点で、プロジェクトリーダーの里瀬 匠と同等以上か、将来的に超える見込みがある者。後者は、琥珀君やこてっちゃんが代表例で、前者は操と先生が正に実力以上の持ち主。そう、下馬評ですら話題に上がらなかったけれど、この人は間違いなく俺より凄い人なのだ。


「全く。若手社長様は人使いが荒いねえ。のんびりと隠居生活したいって言うのに、させてくれねえんだからよ」


「ご冗談を……先生はまだ40代ですよね? 引退するにはまだお早いですよ」


「最近流行りのFIREって奴さ。俺はもう、資産運用するだけで生活できるほどの財産を手に入れた。まーじめに働く動機なんかないのさ」


 ワカメのようなボサボサの黒髪をボリボリと掻きながら先生は面倒くさそうに言った。


「ま、可愛い教え子の頼みだから力を貸しているわけで……本来なら、俺は全然動かねえ人間だからよ」


「そうですね。確かに、俺が社長になりたての頃は、先生を動かせるコネがあるということで注目されて相当なアドバンテージを得られましたからね。その時ばかりは先生のやる気のなさに感謝しましたよ」


「今はその“コネ”が必要ねえくらい匠本人の資質も評価されてんだろ? ったく、いつまでもこんなダメなオッサンに構ってんなよ」


「そういう訳にはいきませんよ。先生には今後のクリエイター業界のためにも、まだまだ働いてもらわなければならないんですから」


 情熱のなさはともかく、技術力的には先生の助けはまだまだ必要だ。特に先生は程よく手を抜く技術も持っている。過労で潰れがちな人にその技術を教えてやれば、丁度良い具合のクリエイターになるかもしれない。


「ところで先生。あのコンペの時からずっと思っていたんですけど、どうしてツチノコなんですか?」


「ああ、あれは夢だ……そう。正に夢。この作品を作る前日に見た夢をそのまんま作品にした。それだけのことだ」


「ああ……だから、あんなわけのわからないツチノコが出来上がったんですね」


「俺はストーリーを考えるタイプじゃねえのよ。匠。お前の狙いは俺の作品の通じて後続にモデリング技術を伝えることだろ? だったら、ストーリーなんぞ関係ねえだろうが」


「流石先生。俺の考えはお見通しってやつですか」


「で、どうだ? 俺の作品は役に立ってそうか?」


「ええ。そうですね。俺の予想では、多分役に立ってると思いますよ……彼なら自力で先生の凄さに気づいて参考にしているかと」


「予想かよ。まあ、お前の勘は気味が悪いくらいに当たるからな。それにしても、将来的に匠を超える才能の持ち主か……実在するなら見てみたいねえ」


「先生のやる気のなさが感染するといけないので会わせるわけにはいきませんね」


「ははは。冷てえな」


 俺のちょっとした冗談を先生と笑いあった。この人はクリエイターとしてあれな部分もあるけれど、尊敬できる部分はきちんとある人だ。いつか、本当の意味でこの人を超えられるように俺も頑張らないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る