第248話 ヒスイの得意分野
インターン先の仕事を終えて帰宅した。郵便受けを見てみると、取り寄せていた例のものが来ていた。ボクはそのブツを抱えてウキウキとした気分のまま家に入った。玄関を見ると男モノの靴があった。この家に男の人は1人しかいない。
「ただいま」
リビングに行くとお父さんがソファの上で横になっていた。つい最近まで外国に行っていたから時差ボケが起きて眠くなっているのかな?
「ああヒスイおかえり」
「お父さんこそ、おかえり。帰ってくるんだったら連絡の1つでもくれたら良かったのに」
ボクのお父さんは宝石を流通させる仕事をしている。宝石を直接仕入れて、それを宝石店に卸す
「ははは。すまない。連絡しようと思ったんだけど充電が切れていたことに気づいてな。その気づいた時には既に飛行機の時間がギリギリだったから、充電する暇もなく、今に至るということだ」
ボクのお父さんは海外出張にもよく行くし、世間的には優秀な人間として扱われてる。けれど、家族のボクからしたらこういう抜けている面が少し頼りなく思ってしまう。
「ん? ヒスイ。その手に持っているのはなんだ?」
「これ? 車やバイクのカタログだよ」
「そうか。ヒスイは昔から乗り物が好きだったからな」
お父さんは遠い目をして昔を振り返っているようだ。ボクは昔から、少女趣味ではなくて、男の子が興味を持つようなものの方が好きだった。変身ヒロインのステッキを貰うよりも、戦隊ヒーローの変身セットを買ってもらう方が好きだった。それに、お人形よりもミニカーの方を良くおねだりしたものだ。そのせいで両親からは変わり物扱いされてたな。
成長した今でも車やバイクに興味があるし、今の移動手段は原付バイクが主流だ。ボクももうすぐ18歳。自動車免許を取得できる年齢になる。今までは、ただ漠然とかっこいいから見ていた自動車のカタログも自分のお金で買えるようになるところまで来ている。今回カタログを取り寄せたのはもちろん観賞用の目的もあるけれど、購入する車を決める用途もある……まあ、それ以上の使い道はあるんだけど。
「じゃあ、お父さん。ボクはそろそろ自分の部屋に行くね。これから忙しくなるし」
「あ、ああ。そうだな」
昔はお父さんに何でも話してたような気がするけれど、最近はあんまり話す気にもなれない。お父さんのことが嫌いというわけではないけれど、なんだか距離をおきたい気分になる。たまに話しかけられるとうっとうしいって思うこともあるし、必要最低限の会話で済ませたい気持ちの方が強い。お父さんにはコンテストのことは言っていない。言ったら、また面倒な質問が来そうだし。
「さてと……」
自分の作業用デスクに着いたボクはパソコンを起動させる前に、じっくりと自動車のカタログを眺めている。この車のデザインがかっこいいかなとか、こっちは可愛い系かな? とか眺めているだけで目の保養になる。
うーん、初めて買う車はどんなのがいいかな。原付は中古の奴を買ったけど、車はあんまり妥協したくないな。できれば外車を乗り回してみたいけど……初心者マークを付けて走らせるのはちょっと抵抗がある。初心者マークがついている内はもう少しグレードを落とした方がいいのかな? 会社の先輩である深山さんが言うには、運転に慣れていない内は絶対に擦ったりするから、高すぎる車を買うのはオススメしないって言われたし、かといって安物も嫌だなあ。丁度いい具合の車はっと……
おっと、いけない。本来の目的を忘れるところだった。ボクの目的はコンテストでモデリングする車をこのカタログから見つけ出すことだ。コンテストの3つのテーマの内の1つ。自動車やバイク等の機械的な乗り物。それをこの中から選ぶ。
カタログの車は色んな方向から撮影されているから、モデリング用の資料としては物凄く重宝する。実際、ボクもこうしたメカメカしいものを作りたくてCGを勉強しているのだけあって、何度も自動車のモデリングを行ってる。
だから、3つのテーマの中に得意分野が来てくれて本当に助かった。去年は、ボクの得意とする分野がなかったから、非常に辛いコンテストだった。その苦い体験をしたこともあってか、得意じゃない分野がテーマに来ても大丈夫なように色んな分野も勉強しまくった。
その結果、動物系のコンペでも最優秀賞を取ることができたし、努力が実を結んだのは嬉しい。当初の目的だったこのコンテストでは、得意分野が来てくれたお陰で意味をなさなくなったけれど、他の大会で賞を取れたし、身に着いた実力は無駄にならない。そう前向きに考えることにしよう。
「お、おお!?」
ボクは思わず声をあげてしまった。それ程までにボクの心を興奮させてくれる素晴らしい特集が組まれていたのだ。未来的なデザインの車。クラシックなデザインも捨て難いけれど、やっぱり若者のボクとしては未来的なデザインに惹かれてしまう。
「よし、決めた」
ボクは未来的なデザインの自動車のモデリングをすることにした。もちろん、この資料の車をそのまんまモデリングをするわけではない。このデザインを元にボクが思い浮かべる未来的な機能やデザインを搭載したオリジナルな発展を加えた車。それをモデリングしたくなったのだ。
そうと決まったら早速デザイン案を描いてみよう。もし、このオリジナルなデザインが金賞を取って企業の目に留まったらどうしよう。ボクがデザインを手がけた車が実際に標品として販売されたらと思うと……
「にへえ~」
変な笑いが出てしまった。いけない。こういう妄想をして浮ついた気持ちでは勝てるものも勝てなくなる。もっと地に足を付けて堅実に立ち回って行こう。ボクの最大の天敵だった兼定パイセンももう卒業した。去年は、他に強力なライバルが見当たらなかったし、順調に行けば今度はボクが勝つ番だ。まさか、1年生にとんでもない期待の
ボクはとにかく色々なデザイン案をとにかく形にした。頭の中では革新的なデザインだと思っても、実際に形にしてみるとそうでもないような気がしてくる。中々これだ! って言うのが出来上がらない。
その作業を一晩かけて行った結果、デザイン案が最終的に3つに絞られた。しかし、この3つはどれもボクの中では秀逸な出来でどれかを1つを採用しろと言われても悩む。1つを採用するということは他を切り捨てるということだ。そう考えるとなんだか惜しくなる。
こういう時に相談できる相手がいるといいんだけど、ボクには中々そういう人がいないんだよな。世の中には良い師匠に恵まれている人もいるだろうし、そういう人は本当に羨ましく思える。
師匠というには少し違うけれど、今度インターン先に行った時に深山さんに相談してみようかな。業務外のことでも相談に乗ってくれるかな? 流石に就業中に私用のことを訊くのは社会人のマナー的にまずいだろうから、休憩時間や仕事終わりの時間を狙おうかな。
そんな風な方針を決定してボクは眠りについた。そして、翌日。昨日ボク自身がデザインした案を見てみた。
「なにこれ……」
昨日は優れたデザインだと思っていたものが、一晩寝かせてみると微妙な感じがする。ダメだと思ったデザインは2つ。一晩寝かせて更に味が出たと思ったのは1つだ。
なるほど。誰かに頼るまでもなかったか。あっさり自己解決できてしまった。この一晩寝かせたカレーのようなデザインで勝負しよう。
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