第242話 圧倒的恋愛偏差値の低さ
「ビナーちゃんの悩みも解消されたことだし、次はケテルさんの悩みを教えてー」
今度はケテルさんの悩みだ。先程は勢いでケテルさんの悩みを聞こうとはした。けれど、冷静に考えてみると大人のケテルさんが悩むような内容を中学生の私が解決できるのか不安になってくる。もちろん、誰かに話を聞いてもらえるってだけで肩の荷が下りることはあるけれど。適切な相槌を打てる方が良いに決まっている。だから、ここは本当にティファレトさんがいて助かったというべきか。
「ええ……そうですね。それでは、お話しましょう……まずは順を追って話しますね。その……みな様には例の女絡みで迷惑をかけてしまっているかと思うのですが……」
「例の女?」
ティファレトさんが首を傾げる。例の女とはもちろん……
「マルクトさんのことですよね?」
「そうです。名前を言うのも嫌な女です」
そこまで忌避感が凄いの……まあ、例の女と言われているのはまだマシな方かなと思う。世の中には、“アレ”とか“奴”とかもっと雑な呼び方をされている人もいるかもしれないし。
「へー。確かに初顔合わせの時も大変だったよねー。それで、やっぱりマルクトさんとの人間関係が悩みなのー?」
「いえ、そっちはどうでもいいです」
若干食い気味で否定をするケテルさん。そこはもう少し悩んでもろて。
「お恥ずかしい話ながら、私は高校時代に例の女と好きな男子が同じだったのです」
「それで仲が悪かったのー?」
「いえ、好きな相手が被った程度では仲は悪くありませんでした。高校時代はそこまで険悪ではなかったですし。ただ、卒業式の日、私が意中の彼に告白しようとした矢先、あの女が自分が彼と付き合っていると嘘をついたのです。当時の私はその嘘を信じてしまって結局告白をすることができなかった。それが今でも心残りで、人生で最も大きな悔いとなったのです」
確かに。そういう嘘をつかれたのなら嫌な気持ちになるのはしょうがないと思う。マルクトさんの言い分も聞いてみたいと思ったけれど、マルクトさんはこの話になると不機嫌になって、話したくないオーラを出すので聞きだすことはできなかった。
「そうなんだねー。確かにそれは私でも般若の形相になると思うよー」
ティファレトさんが般若の形相になるとは信じられない。でも、意外とおっとりとした人間ほど怒らせると怖いとも言うし……ティファレトさんは色んな意味で怒らせない方が良さそうだ。
「それで私の悩みなんですが……先日、成人式の時以来会っていない彼と偶然再会したのです」
「へー。それは凄いねー。運命かも?」
「それで、私は彼と連絡先を交換したんです。したのはいいんですが……今度デートに誘いたいなって思ってるんです。それでどうやって切り出したらいいのかわからなくて……」
「なるほどなるほどー。確かにしばらく会ってない相手をデートに誘うのはちょっと勇気がいるかもねー」
ティファレトさんが「うんうん」と頷いている。ここら辺が人生経験の差という奴なのだろうか。まだ、14年程度しか生きていない私には、そもそもしばらく会ってない相手と再会する機会も早々ないし、ケテルさんの心情にはピンと来ない。
「高校時代と同じ感覚で話せないんでしょうか? 告白を考える程の仲だったんですよね?」
「ビナーちゃんにはまだ良くわからないと思うけど、学生時代仲が良かった相手。気が合った相手と大人になって再会した後に……『あれ? 学生時代と同じように話せない』ってなることもあるんだよー。もちろん、再会した時に学生の時と同じように話せる相手もいて、それで学生時代の気持ちに戻れることはあるけどねー」
「そういうもんなんですね」
大人って大変だなあ。私の今いる友達も卒業して会えなくなったら関係性も変わっちゃうのかな。
「逆に学生時代はそんなに仲良くしてなかった相手と偶然遊ぶ機会があって、仲良くなるパターンと言うのもあるんだけどねー。本当に人との縁って不思議だよねー」
確かに人との縁は不思議なものがあるとたまに実感することがある。実際、ケテルさんとマルクトさんの縁も良い悪いは別にして奇妙な何かを感じるし。
「まあ、話は戻すけど、ケテルさんはまずはメッセージの頻度を上げてちょっとずつ昔の関係を取り戻すところから始めた方が良いのかなーって私は思うよ」
「メッセージの頻度ですか……具体的にどういうメッセージを送ればいいのかわからないんですよね」
「それこそ軽い挨拶で良いと思うかなー。朝起きたら『おはよう』とか夜寝る時には『おやすみ』くらいで」
「こ、恋人でもないのに、そういうメッセージ送るんですか?」
「恋人じゃなきゃ挨拶しちゃいけない文化とか逆に地獄でしょー」
「でも、そういう意味のないメッセージを急に送ったら彼も迷惑かなって……」
「挨拶したのに迷惑だと思う人なら、それこそ付き合いを考えた方が良いと思うなー」
恥ずかしそうに動揺するケテルさんに対して、平然としているティファレトさん。私もどちらかと言うとティファレトさんと同じタイプかもしれない。メッセージを送りたくなったら、特に気のない挨拶メッセージを友達とかにも送ってるかも。
「うーん。ケテルさんは普段から人に挨拶のようなメッセージを送らないってことかな。だから、メッセージを送る相手を特別な目で見ていると思ってしまうのかな?」
「そう……ですね。たしかに用件がないならメッセージは送りませんね。雑談目的でのメッセージは相手から来た時に返信する程度です」
「うん。重症だねー。ケテルさんは恋愛慣れしてない感じが出てるよー」
「ははは。やっぱりわかっちゃいますか」
私もそんな感じがしてた。マルクトさんは積極的にガンガン絡むタイプだけど、ケテルさんは本当に“用事”がなければ人と絡まないタイプだし。
「だから、その意中の彼にメッセージを送る前にまずは、私やビナーちゃんに挨拶メッセージを送って心理的な障壁を下げた方がいいね。1人だけに挨拶メッセージを送るから特別感が出ちゃってるわけだし、それが相手に伝わると相手も緊張しちゃうかもね。でも、『こんなメッセージ誰にでも送ってるけど?』的な感じが出せれば、もっと気持ちが楽になれると思うなー」
たしかに。私も無差別にメッセージを送ってるから、誰かにメッセージを送るのに全然抵抗がない。付き合う前の翔ちゃんにメッセージを送る時も全然心理的な抵抗がなかったし、そこから普通に雑談に繋げることができた。
「私もティファレトさんの意見に賛成ですね。まずは、メッセージを送り慣れるところから始めましょう。そこから少しずつ、レベルアップしていけば、距離感も縮まるし、デートに誘うハードルも下がると思います」
「そうだねー。挨拶メッセージすらまともに送れない状態でデートのお誘いなんてできるとは思えないし。恋愛下手な人にたまにいるんだよねー。対して関係も築けてないのに告白する人やデートに誘う人ってー。あれはなんなんだろうねー。恋愛で脳がバグって人との距離感がわからなくなってるのかなー?」
「うぐ……」
ケテルさんが謎にダメージを受けている。ティファレトさんは真っ当なことしか言ってない気がするけれど。
「わかりました。まずはアドバイス通りに挨拶を自然にするところから始めたいと思います」
「そうだねー。恋愛はスピードが命なところもあるけれど、焦ったらロクなことにならないからねー」
焦りとは程遠い位置にいるティファレトさんが言うと説得力があるなあ。
◇
「主任。今日はこの後ちょっと飲みに行きませんか?」
プロジェクトに火が付いていない状態の定時。適切な管理ができているから、俺のチームは全員定時で上がれる状況だ。その時に小弓が俺のデスクにやってきて飲みの誘いをしてくれた。部下からの誘いを無下にできないのだけれど……
「いや……定時ギリギリで進捗状況を出すバカがいるせいで、そのチェックと調整で定時あがりできそうにないな」
「へー。そんなバカがいるんですね」
「鏡を見ればそのバカに会えるぞ」
「主任なら5分もあればその作業終わると思って、後回しにしました」
「うん。小弓。やっぱりお前は出世しない方がいいわ」
主任は管理職じゃないから残業代は出るからいいけど、出世して残業代が出なくなった後にこんなことされたら嫌すぎる。その前に、こいつにはきちんと教育しなくちゃな。
俺のスマホが振動した。誰かからメッセージが届いたようだ。これは、宇佐美からか?
『仕事終わりましたか? 今日も1日お疲れ様でした』
仕事終わってねえよ。
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