第241話 血縁だからそりゃ似るでしょう。常識的に考えて(´・ω・`)

「「はあ……」」


 この空間にいるのは、Vtuber2人。片方は、ビナー。私のもう1つの姿。もう1人はケテルさん。その2人が事務所の休憩室で同時にため息をついた。


 長い沈黙が流れる。私は悩みをきいて欲しそうな空気感を出している。そして、ケテルさんからも同じ空気を感じる。つまり、どちらかが先に折れないとこの沈黙が半永久的に続くというわけだ。


 私は沈黙に耐えられるような性格ではない。どちらかと言うとおしゃべりが好きな方なのだ。ここは1つ私が年上を立てて、ケテルさんに譲ろう。別に私の悩みは緊急性がないから、別の機会に聞いてもらえばいい。


「「あの……」」


 また声がハモる。なんなのだこの感覚は。お互い道を譲ろうとした結果、同じ方向に移動して見合う感じだ。


「えっと……ビナーさん。何ですか?」


「いえ、その……ケテルさんがため息をついていたので、なにか悩みごとがあるんじゃないかなって」


「いえいえ。確かに私は悩みごとがありますが、ため息をついたのはビナーさんも同じですよね? 私の方が年上なのでここは先にビナーさんの悩みとやらを聞こうじゃないですか」


「いやいや。人生の先輩を差し置いてそんなことは……」


 お互い遠慮しあって話が進まない。そんな時、この空気感を良い意味でぶち壊してくれそうな人が入ってきた。


「あれー。2人とも来てたんだー。何々? 2人して深刻そうな顔をして何かあったのー?」


 シリアスな空気とは程遠いおっとりとした雰囲気のティファレトさんがやってきた。私はこの人で良かったと心底思った。もし、マルクトさんが入ってきたら、100パーセントややこしいことになる。イェソドさんは、こういう悩み相談には向かないと思う。次に、コクマーさんはちょっと女子に遠慮している部分があるから、あんまり必要以上に気を遣わせてしまうかもしれない。そう考えると、ある意味この人がベストなのかもしれない。


「実は、ビナーさんが悩みがあると言っているのに、中々口を割ってくれないんです」


 やられた。ケテルさんに先手を取られた。ここは反撃するしかない。


「いやいや。ケテルさんも悩みがあるって言ってるじゃないですか」


「なるほどねー。2人ともどっちが先に悩みを相談するかどうかで遠慮しあってたんだねー。かわいいところあるねー」


 事態を飲み込んでも呑気な姿勢を崩さないティファレトさん。正に究極にマイペースな人だと思う。色々と他人に気を遣ってしまいがちな私としては、憧れというか羨望せんぼうの念すら覚える。


「じゃあ、先にビナーちゃんの話から聞こうか。お姉さんに話してみてー」


 多数決の原理。第三者の介入のお陰で、どちらが先に悩みを言うかの問題は解決してしまった。揉め事を解決してくれるタイプの第三者の存在は本当にありがたい。


「はい。すみません。お先に行かせてもらいます……実は、私に彼氏がいるんですよ。社長の指示で配信ではその辺りをボカしていましたけど」


「ふーん。まあ、中学生ならおかしくないねー」


 意外なほどアッサリを受け入れられてしまった。


「それで……その彼氏のことを浮気しているんじゃないかなって疑ってしまって……本当に浮気だったらどうしようって気持ちもあるし、彼氏を信じてあげられないことによる罪悪感もあるし……」


「ふーん。なるほどねー。その不安になる気持ちはわかるなー。ちょっとしたことでも気になっちゃうんだよねー」


「そ、そうですよね。彼女だったら普通気にしますよね!?」


「うんうん。浮気を疑ってしまうって言うと聞こえは悪いけれど、逆に言えばそれは彼氏に対して関心を失ってないってことなんだよ。冷え切った倦怠期のカップルなんかは、浮気を疑うことすらしないからねー。だから、浮気を疑ったことで自分を責める必要はないの。ビナーちゃんは悪くないから」


 自責の念にかられている私に対して、ティファレトさんは優しく諭してくれた。凄い。ただ共感するだけではない。私の感情を理解してくれて、これは普通のことなんだと納得させてくれた。これが大人の女性の包容力というやつなんだ。


 もし、私が男子中学生だったら、コロっと落ちているかもしれない。それくらい温かい何かを感じた。思春期男子でこの色香にやられない人は存在するのだろうか。いたら是非お目にかかりたいくらいだ。


「ありがとうございます。ティファレトさん。お陰で少し楽になりました」


「ちなみにどうして浮気しているって思ったのー?」


「実は。彼氏が女性モノのスカーフを買っているのを目撃したんです。それをギフト包装していて、『店員から彼女へのプレゼントか?』って聞かれた時に肯定しちゃって。でも、私が受け取ったプレゼントは別のモノだったんです。だから、あの時のスカーフは何なんだろうって思っちゃって」


「えー。それなら、浮気を疑っちゃうのも無理はないねー。彼氏はなんて言ってたの?」


「従妹へのプレゼントだって言ってましたけど……」


「ふーん。その従妹の写真は見せてもらったのー?」


「従妹の写真?」


「プレゼントを贈るほどの仲なら写真の1枚くらい持っているはずだと思うけどねー。浮気相手だったら、隠し通したいから写真を見せられないと思うよー」


「あ、いや。急に写真を要求したら浮気を疑ってるって言ってるようなものだし……」


「そこは上手い具合に誤魔化しちゃいなよ。この前、買っていたスカーフをチラっと見た時に可愛かったからそのスカーフの写真が見たい。良かったら、誰かが身に付けている姿を見てどんな感じになるのかもって添えてね。本当に従妹にプレゼントしたなら従妹がスカーフを身に付けている写真を送ってくれるはずだよ」


「そう上手くいきますかね……?」


 なんか急に強引な解決策を持ってこられたような気がした。従妹がスカーフを身に付けている写真を送ってくれるとかは限らないのではないか。


「まあ、ダメ元で送ってみますけど……」


 私はティファレトさんに言われた通りのメッセージを送った。しばらく待っていると、翔ちゃんから写真とメッセージが届いた。意外に早かったな。従妹さんがすぐに身に付けた写真を送ってくれたのか?


 私はその写真を見て、シロだと断定した。なんというか、顔つきというか雰囲気が翔ちゃんに似ている。これだけ似ている相手を他人から見つけてくるのは不可能だと思う。これは絶対に血縁者だ。そして、その子は例のスカーフを身に付けている。だとすると翔ちゃんは何1つ嘘を言ってないことになる。


 翔ちゃんから送られてきたメッセージは『従妹に悪いからその写真は保存しないで。写真を見たらすぐにメッセージを返して。写真を消すから』だそうだ。確かに、写真は個人情報だし残しておくと色々と問題になるかもしれない。私は翔ちゃんの要求通りにして、写真はすぐに消えた。


「どうだった?」


「完全に従妹と言われて納得できましたね。これで浮気の疑いは晴れました」


「それは良かったねー。うんうん。彼氏が浮気をしないのがなんだかんだで1番いいからねー」


 妙にスッキリとした気分だ。今まで心の中に渦巻いていたもやもやとした感情が突風で吹き飛ばされたようだ。ティファレトさんに相談して良かった。


「ビナーさん良かったですね。流石ティファレトさんです。私だったら、こんな解決策思いつきませんでした」


 確かに。ちょっと解決策がパワー感マシマシだった。一見おっとりとしていて、実はちょっと強引な面もある。そういうギャップもありなのか。それで草食系男子需要も満たせるのか。私にはできないキャラ付けだけれど、キャラを演じるVtuberとしては勉強になる。何らかのマーケティングに活かせそうだ。

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