第233話 アカシアがハチミツを舐めるだけ

 噴水。地面から水が噴き出て来るアレ。俺の創作意欲が正に噴水のように湧き出る。そんな使い古された表現でしか言いようがないものが俺の心の中の感覚としてあった。


 2回のコンペを経て、俺は燃え尽きるどころかますますやる気が出てしまったのだ。しかし、精神は前進していても体がついていくとは限らない。また、ガッツリと創作活動をしたら、気力、体力が大幅に削られてしまうのは容易に想像できる。


 だからこそ、俺は大きなコンペとかコンテストのようなものには参加をせずに自分が個人的に楽しむための作品制作をしようと思った。


 新規の3Dモデルを作ることも考えたけれど、現状ではアイディアが出てこない。創作意欲は湧き上がってもアイディアが湯水のように出るとは限らないことを痛感してしまう。


 それに、習作や模倣をするにしても、その活動はいつもやっていることと大して変わらない。そう考えると俺は3Dアニメーションの方にも少し力を入れた方が良い気がしてきた。


 前回のコンペでも全体的なアニメーション技術をみれば俺は周囲よりも劣っていた。それこそ審査員との相性の良さで上位に食い込めたようなものだ。それがなかったら、俺は間違いなく下位に沈んでいた。


 今後、仕事でアニメーションの技術を求められる時が来るかもしれない。そう考えたら技術を磨いていて損はない。この行き場のない創作意欲をアニメーションに振ってみよう。


 となると、アニメーションに使う3Dモデルを選ばなくてはならない。現状、俺が使える3Dモデルは、ショコラ、セサミ、アカシア、名前はまだない猫。猫の飼い主。これくらいか。


 ビナーとユノーの3Dモデルの権利は既に譲渡済みだ。データのバックアップは一応、保管してあるけれど権利がないモデルを勝手に使用したことが発覚したら問題になりそうだし、モラル的にもやめた方が無難だろう……


 後は真珠の国の王女も従者の女装少年もあるか。その3Dモデルを作ったのは俺だけど、キャラ設定を作ったのは俺ではない。こちらも原作者のSPさんの許可がないところでの使用は気が進まないな。俺が許可をもらったのは、あくまでもコンペで使うためだったし。こんなことなら、コンペ以外での利用。ちょっとした二次創作にも使用許可を取るべきだったか? いや、でも原作使用料は安めだったから、そこまでお願いするのは厚かましいような気もする。


 となると……やはり、ショコラと愉快な動物なかまたち。いつものメンツしかない。ショコラとセサミは古株ということもあってか、使用回数は多いし、猫も直近で使用したばかりだ。ということは、最近触れてなかったアカシアの出番か。


 俺はアカシアのデータを開いた。熊。見事なまでの熊。アカシアはある意味罰ゲーム企画で生まれたようなものだ。俺があの時、マサカーの大会で優勝していたら、アカシアの存在はなかったかもしれない。そう考えると負けて良かったのかもしれないな。やはり、自分の手で生み出しただけあって、愛着もあるし。


 さて、アカシアを使ってどんなアニメーションを作ろうか。まずは四足歩行で歩かせてみるか……って、これは兄さんの物理エンジンを使ってやったな。なぜか動物にも対応しているという謎の自動車用の物理エンジン。


 流石に他人が作った物理エンジンを乗っけただけで出来るものは練習にならない。こう、自力で一から作る動作をしてみたい。


 アカシアを見ていると声が聞こえてきた。「ハチミツ食べたい」。俺の心の中でアカシアの声が反響する。そうか。ハチミツが食べたいのか。


 天啓てんけいにも似た何かを感じ取った俺は、早速ハチミツを舐めるアカシアを作ることにした。楕円の壺のような形をしたビンを作る。これくらいの小物だったらササっと作れる。そして、そこに黄色い液体のようなものを入れる……なんかイマイチだな。野性味あふれる熊がガラス製品を使うのか? そういう疑問が俺の中で浮かんだ。


 なんかこう透明感がお洒落すぎる。熊ってもっと野性味溢れるイメージじゃないのか? そりゃ、確かにハチミツは瓶の中に入ってるイメージはある。もしくは、プラスチック。そのどちらか。でも、熊にはどちらも似合わない。どちらかと言うと土の匂いが感じられるワイルドな素焼きの焼き物……そのイメージしか沸かない。


 アカシアに素焼きの壺を持たせるイメージをしてみた。イメージにぴったり合う。これほどまでにイメージに合うのならば無意識レベルでどこかしらで刷り込みをされているとしか思えない。だが、俺にはその心当たりがない。あってはいけないのだ。


 というわけで、ガラス瓶はなかったことにして、間口の広い壺を持たせる。アカシアの手が入るくらいの大きさでなければ意味がない。こう、壺の中に手を突っ込んで、その中に入っているハチミツを掬い取り舐めるイメージ。


 そんなワイルドなアニメーションを作成した。ただ、アカシアがハチミツを舐めるだけの動画。非常に短いものである。ループ再生も容易だ。


 俺はこの動画を延々と見ていた。気に入った。物凄く気に入った。もしかしたら、俺が今までで作った作品の中で1番出来がいいかもしれない……否、それは流石にないか。


 この作品を誰かに見てもらいたい。こう、1人2人とかそういうレベルじゃなくて、不特定多数に見て欲しい。そう思った俺……動画としてアップロードすることに決めた。背景は緑一色。所謂、グリーンバックというやつだ。クロマキーを設定すれば簡単に動画の合成できるから、素材として人気だ。


 俺は本当に軽い気持ちで、その動画をアップロードした。ただ単に熊がハチミツを舐めるだけの動画なんてそこまでの需要はないだろ。まあ、明日1000再生行けばいい方かな。アップロードした時刻は夜だった。もう遅いしそろそろ寝るか。



 翌日、目が覚めた俺はスマホを開いて昨日アップロードした動画の再生数がどんなものになっているのかチェックすることにした。


 再生数は既に1万を超えていた。たった一晩放置しただけでこれである。俺は困惑しかなかった。そりゃGBグリーンバック動画だから、動画クリエイターの人の検索に引っかかったりするし、その人たちには需要があるとは思う。実際、俺も概要欄でこの動画はフリー素材として配布する旨を伝えたから、報告なしで遠慮なく使ってくれても構わないレベルだった。


 しかし、素材動画が一晩でここまで伸びるとは思わなかった。ちょっとコメントを見てみよう。


『丁度切らしてた』

『アカシアの素材たすかる』

『ハチミツ舐めるアカシアかわええ』


 おいおいマジかよ。これまた予想外に伸びたな。短い動画なんで広告はつけてない。というか単なる素材動画で付ける気にもなれないし。


 もしかして、3Dモデルのアニメーションを作って、それをGBの動画形式でアップロードするのって意外と需要があったりするのか? なんかまた新たな需要というか鉱脈を発見したような気がする。


 しかし、なんだろう。違和感のようなものを覚えている。俺はまだ何かを見落としている。そんな気がする。その答えはスクロールをした瞬間に判明した。


『アカシアを買わせて頂きました。大事にします』


「あ!」


 俺は思わず声を出してしまった。そうだ。元は3Dモデルを販売しているから、こういう動画が伸びればそれが宣伝になって売上が伸びる可能性はあったんだ。


 新たなる宣伝方法を手に入れた気がする。ちょっとした俺の創作意欲がこんなことになるなんて。


 後日の結果、アカシアの売上がそこそこ伸びて、それについていく形でセサミの売上も微増した。しかし、ショコラの売上はほぼほぼ伸びてない。動画の効果が全く見受けられなかった。まあ、嬉しいは嬉しいけど……本命は動物そこじゃないんだよ!

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