第232話 蝉川 ヒスイの正体

 ケモノ系のコンペも無事に終了した。師匠との反省会も終わり、落ち着いてきたのでショコラとして配信をすることにした。今回の配信は、コンペのことについて話す配信にしよう。


「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです、本日は、コンペのことについてお話ししますね」


『ずっと配信を待ってた』

『佳作おめでとう!』


「ありがとうございます。ずっと配信をお休みしていてすみません。お祝いのコメントも嬉しいです。もっと祝ってくれてもいいんですよ?」


『おめでとう!』

『佳作取れてえらい!』

『俺の中では最優秀賞だったよ』


 ショコラブのあたたかい言葉にかなり励まされた。普段はこちらを弄ってくるのに、きちんとめでたいことを祝ってくれるのは本当にありがたい。


「みな様本当にありがとうございます。まあ、めだたいことばかりではないんですけどね。結局、挑戦状を叩きつけられた稲成様は優秀賞を取ったので、直接勝負は負けましたし」


『セフィプロでのコンペでは勝ってたからセーフ』

『1勝1敗ってところかな』

『まあ、あの人の動物モデルを制作する技術はずば抜けている。動物系専門でもないのに、ここまで渡りあえただけでも十分凄い』


「そうですよね。流石稲成様です。やはり、動物系は専門家には勝てませんね」


『え? ショコラちゃんは動物系の専門家じゃなかったの?』


「違いますよ。別に動物専門で売ってるつもりはありませんから!」


 またいつものショコラを弄る流れになった。どうやらショコラブは、ショコラというか俺は動物モデルを作るのが得意だというのが共通認識になってるらしい。俺自身、その説を否定できないのが何とも言えない。


「それにしても、最優秀賞の人は凄いですね。蝉川 ヒスイ様。一体どんな方なんでしょうか」


 コンペでは、登録名(本名でなくても可能)と生年月日(18歳未満かどうかを判断するため)と連絡先の電話番号くらいしか個人情報を渡していなかった。賞を受賞した人は登録名しか表示されないので、蝉川さんの年齢、性別などの抽象的な情報ですら不明なのだ。


 ちなみに受賞者は、賞状や粗品が送られるので住所の情報も渡すのだ。俺も佳作を取ったので、住所を伝えた……匠さんの会社の住所を。流石に、賞状で親バレするわけにはいかないからな。匠さんには許可を取ってあるし、賞状が発送されたら連絡してくれるそうだ。


「作品が洗練されているので、きっとベテランの方でしょうか。少なくとも30代以上だと思いますね」


『いや、ヒスイって人は女子高生だよ』


「え? 女子高生? それってどこ情報ですか?」


『ネットニュースの記事になっていたよ』


「ちょっとそのURL貰えますか?」


 俺はショコラブの民からもらったURLをアドレスバーにコピペしてページを開いた。そこに映っていたのは、茶髪のボブカットの制服姿の少女。記事の見出しは、『女子高生CGデザイナー コンペで最優秀賞受賞』と。


「本当ですね。高校3年生みたいです」


 まさか、俺と同じ高校生だとは思わなかった。稲成さんも虎徹さんも優秀賞を取ったけれど、この女子高生に負けたのだ。現役でプロとして活躍している人たちを下した高校生。とんでもない逸材がいたものだ……って、一応、俺も彼らより上だったこともあったか。アレは本当に幸運に助けられただけだったけれど。


 蝉川 ヒスイ。これは、本名のようだ。17歳の高校3年生。通信制の高校に通いながら、CGについて勉強していた。ネット上で作品公開する活動をしていて、現在はCG制作会社の内定を取得済み。卒業まで、内定先企業にインターン生として働いているようだった。


「きちんと就職が決まっていて、安定したクリエイターの仕事が得られるっていいなあ……」


 俺は思わず本音をぽつりと呟いてしまった。俺も立場上は高校生だから、現時点では一般企業に勤めることはできない。進路決定する時期にもなれば、それこそ蝉川さんみたいに内定先企業で使ってもらえるのに。フリーは本当に仕事を取るのが辛い。作成した3Dモデルを販売サイト経由で売ろうにも、それが売れるとは限らない。恐ろしく安定しないのが俺の現状だ。こんな不安定な状況。普通の親なら反対するだろう。母さんでなくてもな。


『ショコラちゃんは無い内定の民だったか』

『ショコラちゃんは実力はあるから就職できるはず』

『あえてフリーランスで活動しているのかと思ってた』


 フリーで活動するのも大変だと現在進行形で実感している。現に活動最初期の頃は、時給計算すると本当に割の合わない仕事だった。バイト禁止でなければ、バイトしていた方がマシな生活を送れるレベルだった。現状の俺は収入面ではそこそこ上手く行っているけれど、この幸運もいつまでも続くとは限らない。明日、急に稼げなくなるリスクがある。その際の保障が正社員よりも圧倒的に薄いから自己防衛が必須。それがフリーの世界なのだ。


「まあ、滅多にないことでしょうが、また彼女と再戦できる日がくるかもしれません。その時にはリベンジしたいですね。その時は私が圧倒的大差で勝ちますよ」


 恐らくそんな状況は2度と来ないだろうから、でかい口を叩いておく。


『いくら業界が狭いとはいえ、再戦なんて奇跡中々起こらんやろ』

『せやろうか』

『せやせや』


 そういった雑談をしながら、俺の配信は幕を閉じた。蝉川 ヒスイ。なんか妙に気になる名前だ。翡翠は宝石だし、俺の名前も宝石に関連している。そのせいか妙に因縁のようなものを感じるんだよな。



「ふー……完成しました。チェックお願いします」


 ボクについてくれている教育係の深山みやまさんに作品のチェックを依頼した。深山さんは頼れるお兄ちゃんという感じがした。一人っ子で、お父さんが海外出張ばかりだったボクにとっては、親しみやすい存在だ。


「どれどれ……」


 隣のデスクからボクの席に立ち寄ってくれて、オブジェクトを回転させてあらゆる角度で見る深山さん。その深山さんは「ほー」とか「おー」とかリアクションをしている。


「ヒスイちゃん。キミ本当に高校生? 年齢サバ読んでない?」


「むー。失礼だなあ。そんなにボクは老けて見えるんですか?」


 年齢を上に見られて怒るような歳でもないけれど、ちょっと深山さんをからかってみる。最初は会社の先輩を弄るのはちょっと抵抗があったけど、仲良くなって打ち解けたから、こうした軽いやりとりもできるようになった。きちんとした関係を築けていると思うから、この会社に正式に採用される日が楽しみだ。


「ああ、いや。見た目の話じゃなくて……ベテランでもここまで表現できる人は中々いないよ」


「本当ですか? それともボクを褒め殺して口説くつもりですか?」


「いやいや。歳が干支1周半は離れている相手にそんな情は湧かないよ」


「恋愛に歳の差なんて関係ないですよ。まあ、深山さんが恋愛対象になるかどうかは別問題ですけどね」


「相変わらずの減らず口だなあ……おっと、そうだ。ヒスイちゃん。今度、俺と一緒に大きな仕事をしてみないか?」


「大きな仕事? どんなものですか? 闇営業ですか?」


「んなわけない。ちゃんと会社の営業が取ってきた仕事だ。なんでも今度撮影開始するドラマの演出でCGを扱うそうなんだ」


「へー。なんてドラマですか?」


「その辺りは、まだこちら側にも情報は開示されてないんだ。ただ、責任者というか演出家の名前は出ていたな。名前は……ド忘れした。その道では、結構有名な人らしい」


「有名な演出家かー。じゃあ、ドラマが大きくコケることはなさそうですね」


「さあ、それはわからないぞ。ヒスイちゃんの腕にもドラマの命運がかかっているんだからね」


「うへー。プレッシャーかけられました」


「仕事というものはそういうものさ。責任があるから給料が発生するんだ」


「はーい。がんばります」

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