第226話 動物園デート①
俺は未だにコンペに使う動物を決めかねていた。テーマが決まらない以上は、制作のしようがない。しかし、インスピレーションのようなものは一切湧いてこなかった。いや、正確には母さんが見ていたサメ映画を観て、サメを作るのを考えた。しかし、それではいつもの俺のスタイルと同じだ。変化球で誤魔化しているだけで直球では勝負できない弱点は克服できないのだ。
こういう時は色々な動物を見に行った方が良いのだろうか。だとしたら、動物園に行くしかないな。1人で行くのも寂しいし、高校生にもなって親に動物園に行きたいとねだるのも恥だ。男友達を誘って行くようなところでもない。ということは、やっぱり……師匠とデートという形しかない。
俺はスマホを持ち、師匠といつでも連絡を取れるような状態にした。生まれてこの方異性をデートに誘ったことなど1度もない。どうやって切り出していいのかわからない。普段と同じ感じでいいのか? うーむ。師匠が恋人でなかったのだったら、そこまで意識せずに誘えていたと思うけど……やはり異性として認識している以上は、その辺は違ってくるな。
俺は深呼吸を数回繰り返して、意を決してスマホをタップして師匠に電話をかけた。数コールの後、電話が繋がった。
「もしもし」
「もしもし。えっと……師匠。その……」
頭の中で何度かシミュレーションしたはずなのに言葉に詰まってしまう。自然な流れに誘いたかったのに出鼻をくじかれた。ここからはどう立て直しても不自然にしかならないな。
「どうした? Amber君。キミが言葉に詰まるなんて珍しいな。また、作品のことで何か悩んでいるのか?」
「はい。そうなんですよ。コンペの作品のことで悩んでいて、何の動物をテーマにしていいのかまだ決まってないんです。だから、動物園に行って色んな動物を見て決めたいんです。師匠も一緒に行きませんか? 師匠の意見も聞きたいですし」
よし、自然な流れでデートに誘えたな。
「ど、動物園!? それはもちろん2人きりだよな……?」
「あ、やっぱりダメですか? 俺と2人きりが嫌なら匠さんも呼びましょうか?」
「呼ばんでいい! 呼ばんで! えっと……デートの誘いでいいんだよな?」
「はい。俺はそのつもりで誘ってます。今度の日曜日とかどうですか?」
「あ、ああ。大丈夫。その日はスケジュールが1日中空いている」
「おお。良かったです。それじゃあ待ち合わせ時間と場所を決めましょうか」
こうして、お互いのスケジュールの擦りあわせをして、昼食を食べた後に動物園に向かうスケジュールになった。
◇
デート当日。俺はデートということもあってか、普段着ではなくきちんとしたお洒落をして行くことにした。服がヨレてないかをきちんとチェックして出発。待ち合わせ場所に行くと師匠が既に待っていてくれた。
「師匠。おはようございます、すみません。待たせてしまいましたか?」
基本的に女性の方がデートの準備に手間取るものだから、待たせてしまうのは良くないこと……だとなんかの本に書いてあった気がする。初っ端からやってしまった感が凄い。
「いや。大丈夫だ。私も今来たところだ」
師匠は、はにかんだ笑顔でそう答える。師匠の服装は歩きやすさを重視したパンツスタイルで靴もヒールのような歩きにくいものではなかった。やはり動物園を見て回るなら歩きやすいに越したことはない。流石は師匠だ。
「師匠。そのコーデいいですね」
「そ、そうか? 変……じゃないかな?」
「変か変じゃないかの二択なら変じゃありませんね」
「ははは。Amber君らしい回答だな」
近くのファミレスに入り、俺たちはそこで食事をとることにした。それぞれが料理を注文している間の待ち時間。俺はドリンクバーのレモンスカッシュを、師匠はカプチーノを飲みながら会話をする。
「さて、Amber君。これからデ、デートだけど。その前に少し、この前の配信について触れてもいいかな?」
「ああ。あの辛口添削の配信ですか。はい。ぜひお願いします。師匠の意見も聞いてみたいです」
「うん。わかった。まずは、キミは他人の作品をきっちりと見て、それを対してアドバイスをする。その能力については、初めてにしては良く出来ていると思った。正直、キミが思っている以上に、人の作品の良いところ、悪いところを論理的に指摘するのは難しい。個人の感想レベルではなく、技術面での解説は、それこそプロでもできない人がいる」
「そうなんですか? プロならみんなできるものだと思ってました」
「ただ単に他人に嫌われたくないから、強い言葉で指摘できない人もいるし……そもそも、自分の作品のブラッシュアップは得意でも、他人の作品の粗を見つけるのが苦手な人もいる。主観と客観による違いだな。その辺は本当に別の技術だ」
確かに自分の作品だと、どこをどう意識して作ったのかはわかるけれど、他人の作品のそういった工夫の跡を見つけるのは難しいのかもしれない。黒ーン髪ロングの癖を見つけるのには苦労した。
「確かにAmber君は基礎的な技術的なことをきっちり指摘できていた。そこから先の発展や応用も指摘できるようになれば、より良くなれるかもしれない」
「うーん。その辺の指摘は結構難しいと思うんですよね。クリエイターの応用部分って結局のところ、その人の個性の部分が色濃く出るというか……俺が良いと思っている方向性で修正したとしても、当の作者が好みではなかったりするかもしれないし」
「それはもっと経験を積めば解消できる問題かな。多くの作品に触れれば作者が本当は何を作りたかったのか。表現したかったのか。そういうものが見えてくるようになる。それに寄せるようにしてあげれば双方納得がいく結果になるさ」
「なるほど……やっぱり、その域に到達するには俺はまだまだ経験が足りませんね。師匠の背中は遠いな」
「ふふふ。そう簡単には追い越させないさ」
やっぱり師匠とこういう話をするのは楽しいな。俺は師匠と付き合って良かったのかもしれない。だって、もしこういう話ができない女性と付き合ったら、ハッキリ言って会話が持つ気がしない。こうした共通の話題があって、お互い盛り上がれるのは本当にありがたい。
「まあ、添削や批評については……絶対に予め“辛口”であることを相手に伝えてくれ。それが絶対条件だ」
「そうですね。コメント欄の死屍累々を見ていたら、辛口前提がなかったらどうなっていたかわかりません」
「そういう甘口での評価もできるようになれば、それはそれでいいんだけど……私から言わせてもらうと、キミは絶対に甘口評価には向いていない。歯に衣着せぬ物言いもそうだし、そもそもの作品制作に対する熱意が高すぎる。熱が入れば人の言葉は強くなるもの。その相乗効果がキミの刃の鋭さを余計に増すんだ」
「刃ってそんな大袈裟な。初めてやるものだから、あれでも抑えたほうですよ。そこまでバッサリ切ってませんって」
「え?」
「え?」
前々から、俺は触れる者みな傷つけてきたと薄々感じていたけれど……どうやら、その傷は俺の予想より遥かに大きかったようだ。評価は辛口だったけれど、俺の見立ては甘かったということか。
師匠との配信の反省会は料理が来たと同時に自然に終了した。その後は他愛もない話をして、ファミレスでまったりとした時間を過ごした後に動物園へと向かう。既に有意義な時間を過ごしたような気がしないでもないけれど、デートはここからが本番なのだ。初の動物園デート。成功させたいな。師匠との恋人面での関係性作りはもちろんのこと。今後の作品制作に活かせるように……きっちりと観察をしてインスピレーションを受けるんだ。
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