第207話 熊「で、俺が生まれたってわけ」

 マサカVtrber大会予選敗退から翌日。ショコラブの一部からは、イェソドさんやエディさんのファンがショコラを恨んでいるのではないかという杞憂をしていた者がいた。放送直後には、そうしたお気持ち表明のメッセージは来たものの、それはすぐに収束した。


 イェソドさんやエディさんがSNSのアカウントで、ファンを上手い具合に諫めてくれたお陰である。


【マサカVtuber大会お疲れ様。予選敗退したけど悔いのない走りができて良かった。ショコラちゃんが最後まで諦めずに爆弾を投げた姿勢は良かった。ああいう不確定要素があるからこそゲームは楽しいからね】


【予選敗退するなんて俺もまだまだ修行が足りないな。対戦相手のみんなもお疲れ様。勝負ごとは勝っても負けても恨みっこなしだ。対戦相手を不当におとしめるなんてことをせずに、素直に本戦に進んだ選手を応援しようじゃないか】


 当のイェソドさんは、爆弾を投げられて嬉しそうにしているし、エディさんは対戦相手を叩かないように注意喚起をしてくれた。彼らの消火活動がなければ、ショコラのSNSは炎上していた可能性がある。彼らには感謝をしなければならない。


 まあ、それでも煙が立たないところに火をつける輩は現れるわけで……まとめサイトでショコラが炎上中だとか、でっちあげ記事を書いた人もいた。しかし、コメント欄は「ショコラが炎上しているのはいつものことだろ」と呆れながらツッコミ全く火がつく様子はなかった。


 さて。問題なのはこれからのことだ。マサカVtuber大会で負けたら、新規の3Dモデルを作ると豪語してしまった。俺の技術力もVtuber活動を始める前に比べたら格段に上がっていると思う。しかし、新しい商品には必ずアイディアが必要だ。技術力だけあっても、需要を満たせなければそれまでである。


 そして、もう1つ商品を発売するのに必要なものがある。それは、スケジュールだ。おおよその発売時期を決めて、それに向けて完成に向けて努力をする。それが基本的な流れだ。俺は個人でやっているから、スケジュールはいくらでも調整できるはずだった。しかし、俺はその個人故の融通が効くメリットを潰してしまったのだ。


 一言で言えば追い詰められている状態。アイディアさえあれば、それを形にできるのに。


 それにスケジュールの問題もある。あんまり複雑な形の3Dモデルの制作を着手したら、約束の日時までに間に合わない可能性がある。それだけは避けたい。クリエイターが自ら定めた締め切りを破ることはあってはならないのだ。


 そんな悩みを抱えながら、俺は登校した。授業中とか休み時間にアイディア出しでもするかと軽い気持ちでいた。


「はい、それじゃあホームルーム始めるぞ」


 いつもの通りの朝が来た。ホームルームの9割は大したお知らせがない。


「そろそろ生徒会選挙の時期が近付いてきたな。各クラスから1名、選挙管理委員を決めることになっている。今日は、ウチのクラスの代表を決める。誰かやりたい奴はいるかー?」


 先生が俺たちに手を上げるように促す。しかし、誰1人手を上げようとしない。当然、俺はそんな面倒な委員会はやりたくない。中学時代にやったことあるけど、選挙の段取りを決めたり、司会進行を誰にするとかどうのこうのの会議もしたり、票の集計とかもやらなきゃいけない。非常に面倒な仕事だ。なんで、選挙は未だに紙ベースなんだよ。もう電子投票でいいだろ。そうすれば、少なくとも集計の手間は省けるのに。


「誰もいないか。まあ、そうだよな。大体の生徒は放課後に部活や委員会があるからな……どっちもやってない生徒なんて……あ、いた。賀藤。お前、帰宅部だし、委員会にも参加してなかったよな?」


「え? 俺ですか?」


 急に俺に弾が飛んできた。確かに、俺は帰宅部だし、委員会にも参加してないから暇だと思われても仕方ない。しかし、俺は放課後仕事しているんだ。決して暇人ではない……とは言えない。校則ではアルバイトが禁止されている。俺はアルバイトではなく、個人事業主ではあるが、それは屁理屈をこねているだけだ。校則では問題ないかもしれないけれど、グレーなことをしているのは間違いない。いらない揉め事を避けるために、このことは秘密にしておいた方が良い。


「そうだ。立候補がいない以上は賀藤。お前しか任せられる人間はいない。お前は任せられた仕事をきっちりこなせるからな」


 調子の良いことを言っているけど、要は暇(そうに見える)だからやれという圧だ。クラス全員の視線が俺に集まる。俺を生贄にして丸く収めようという魂胆が見える。まあ……仕方ない。今まで他の委員会活動は他のクラスメイトが引き受けてくれていた。散々他人に押し付けておいて、自分の番になったら断るなんて虫のいい話もないだろう。


「わかりました。やります」


「そうか。それじゃあ、早速、今日から打ち合わせがある」


「え? 今日“から”ですか?」


「ああ。数日間は放課後が潰れると思ってくれ」


 おいおい。マジかよ。ただでさえ、スケジュールがきつい時期に嫌な委員会が入ったな。



 放課後、3年生のメンバーが中心になってあれこれと話し合っていた。1年生の俺はその議論を聞いているだけで特に発言することはない。決定事項をメモするだけで、俺がこの会議にいた意味があったかどうかは不明である。というか、決まったことだけを教えてくれれば済む話である。学生時代から、会議に無駄な人員を割くようなことをしているから、会社でも無駄な会議があるんだろうな。と社会の闇を見たような気がした。


 こんな時間の浪費を数日続けなければならないのか。3Dモデルを作っている時間が着実に削られていくのを感じた。このままでは、時間を割けずにまともな3Dモデルを販売できる気がしない。


 完全に追い詰められた。俺は1人で自室の机にて頭を抱える。俺は自分の言ったことを守れないのか。そういう絶望感を覚えた時、俺の頭の片隅に希望があったことに気づいた。


 そうだ! ユノーさんのモデルを作る前に、熊の3Dモデルをある程度作っていた。完全に習作のつもりだったけれど、ブラッシュアップをすれば販売できるクオリティに仕上げられるかもしれない。


 ただ、これは賭けだ。最初から販売目的で作っていなかったものだけに、成功するかどうかはわからない、失敗すれば大幅に時間を奪われるし、残りのスケジュール的に他の作品制作に切り替えることもできない。


 でも、ここまで来たら、やるしかない。限られた時間内で作品を完成させるには……熊の力を解放するしかない――



「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日は、新作の3Dモデルの発表をします」


『待ってた』

『大会で負けたからしょうがない』

『大会含めて手の込んだプロモだったんでしょ?』


「今回制作した3Dモデルはヒグマですね。こちらをご覧下さい」


 ショコラの隣にヒグマを表示させる。両手を上げて大きく見せる威嚇のポーズや、四足歩行で歩きだしたりと、予め設定しておいたモーションをする。


『おお!』

『熊を丁度切らしていたから助かる』


「このヒグマには秘密があります。ちょっと後ろを向いて下さい」


 ショコラが指示を出すとヒグマは後ろを向いた。何の変哲もないモフモフした背中である。


「普通のスキンでは何ら変哲はありませんが、スキンを変えると……」


 熊の背中にチャックが付いているスキンに変更された。明らかに中に大きいオッサンが入っているであろう子供の夢をぶち壊す設定だ。


『草』

『子供には見せられない』

『背中にチャック……』

『この熊がスタンド攻撃受けてる件』

『新手のスタンド使いがいるなら仕方ない』


「現在、販売サイトにて申請中です。発売日が決まりましたら、また告知しますね」


 こうして、熊のお披露目は終わった。背中にチャックとかいう、ベタすぎる設定は深夜テンションで思いついたものだった。まあ、色んなスキンがあった方が、汎用性は高くなるしこれはこれで良かったと思う。

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