第203話 大会開始
ついにマサオカートVtuber大会の日がやってきた。レースは第1グループから順番に行われる。ショコラは第4グループだから、4レース目から出番だ。大会前に主催のヨハンさんの点呼に返事をして、開会式を静かに待つ。
開会式が放送されるまで、各予選グループはグループチャットを作り、そこで自由な雑談をすることが許されている。Vtuber同士の親交もVtuber活動の醍醐味ではあるため、6グループは12人全員入っている状態だ。ただ、第4グループはなぜか11人しか集まっていない。いない人は……例の匿名希望という人だ。
このグループチャットでいち早く、その正体を知れると思ったのに正体が明かされるのはまだ先のことらしい。ヨハンさんが言うには、匿名希望の人は既に点呼に返事をしているから、大会には問題なく参加するはずと言っている。
エディ:匿名希望って誰なんだろうねー?
イェソド:ここまで焦らしたからには、隠れた強敵であって欲しいな。圧倒的な実力を持っているのに、何の野心も持たずにひっそりと生活している強キャラってロマンだよね?
エディ:わかるわー
その強キャラの人たちがなんか言っている。このグループは、強い人たちが多いからショコラは完全に場違いな感じになっている。
確かに、謎のヴェールに包まれたキャラというのは、その正体が判明したら確実に強いやつだ。第4グループは強豪が自然と集まっているので、もしかしたら匿名希望さんも強い可能性は十分ある。うーむ……上位陣は上位陣で潰しあってくれないかな。漁夫の利的な感じで予選突破できないだろうか。
そうこうしている内に、ついに大会が始まった。サーキット画面の背景にヨハンさんが映っている。
「はい。みなさん。こんばんは。大会運営系Vtuberのヨハン・セバスティアンです。
本日は大人気ゲームのマサオカートの大会が開催されます。堅苦しい挨拶は抜きに、早速始めていきましょう。では、まず第1グループの選手のみなさん。画面共有をお願いします」
背景がサーキット画面から、12分割された画面に切り替わった。それぞれの配信者と画面共有をして、視点が共有できるようになっている。ポツポツとゲーム画面が出そろい始めて12画面が揃った。
「はい。全員の共有が完了しました。それぞれのVtuberも自分視点の動画をライブ配信していると思うから、気になる人はそちらもチェックしてくださいね」
推しのVtuberが参加している人は、大会運営が出している12分割された小さい画面よりも、推しの大画面の配信を見た方がいいだろう。画面が共有されているのはゲーム画面だけだし、Vtuber特有のキャラクターの立ち絵も大会運営の方では見ることができない。特に音声は共有されないので、推しの実況が聞けるのは、推しのチャンネルだけである。
俺はどうするかな。第1グループで親交が深いのはカミィだけだし、彼女を応援するためにその配信を見よう。
大会運営用の概要欄にそれぞれのVtuberのチャンネルのリンクが張ってある。そこから、カミィの配信に移ると、カミィの姿が表示された。
「大会とか緊張しすぎてマジ無理……胃液吐きそー」
『がんばれ』
『その胃液どこで売ってます?』
『胃液たすかる』
「あーしの胃液欲しいの? 変態じゃん」
カミィが使っているキャラは、自分で作成したキャラである。このゲームは、自分が作成したアバターを走者として使えるのだ。ギャルっぽい見た目でカミィの容姿にかなり寄せている。
『アバターが。カミィにそっくりすぎる』
「でしょー? そっくりだよね。オタク君があーしのために作ってくれたんだ」
嬉しそうに語るカミィ。立ち絵を描いたり、配信環境を整えたりと、彼女のことをアシスタントしているオタク君の存在は未だに謎に包まれている。彼氏説で一時期騒然としたことがあったり、一節ではオタク君女の子説も浮上している。けれど、オタクに優しいギャルを夢見ている視聴者層は、オタク君はヘタレだから恋仲になってない説が支持されている。
「コースは……火山でいいか」
12人がそれぞれ走りたいコースを選び、その中からランダムに1コースが決定する。自分が選んだコースになるとは限らないけど、ある程度は自分の意見が反映される可能性がある。
結果、選ばれたコースはバイラル城だった。マサオシリーズと同じメーカーから発売されているゲームの舞台の1つである。普通のコースでは、コインを集めると加速するけれど、このコースではコインの代わりにルピーを集めることになっている。ルピーはこの元ネタのゲームに使われている通貨なので、原作ファンにとっては嬉しい要素である。
「あー緊張してきた。みんな応援お願いねー」
怒涛のがんばれコメントが流れる。コメントの雰囲気は温かい。カミィの勝利を本気で応援しているのだろう。どこぞのサキュバスメイドのファンとは大違いである。
3。2、1……スタート。12人のレーサーが一斉にスタートダッシュを決めた。カミィは順当な走りだしを決めた。現在3位。そこそこいい順位である。このゲームは、1位の相手が狙われやすい仕様なので、下手に1位を取るのも危険である。まあ、俺はそうやって狙われた経験はほとんどない。
現在1位なのはスイカさんだ。シード抽選で落ちた人だけあって、やはり速い。しかし、カミィも負けてはいなかった。確実にルピーを回収して加速し、2位をあっと言う間に抜き去り、1位との距離を詰めていく。あれ? 普通に上手くないか? 決勝で当たる時の強敵になりそうだ。
そして、最初のアイテムを取得するスイカさんとカミィ。スイカさんのアイテムは不明だけど、カミィはキノコを引いた。キノコは使用すると加速ができる。カミィはそれをすぐに使わずに、取っておいてある。このゲームはアイテムを2つまでストックできるから急いで使う必要はない。
「行くよ……!」
カミィはキノコを巧みに使い、コースのショートカットを成功させた。そして、一躍1位に躍り出たのだ。原理としては、整備されていないコースを走るとカートは減速する。だから、普通は最短距離を進むよりかは迂回してでも整備されたコースを走るのが定石である。しかし、キノコの加速力を利用すれば、減速を実質的に無視できるので最短ルートで突き進めるのだ。
『おお、1位きた!』
『これは勝てるんじゃないのか?』
『勝ったな風呂入ってくる』
チラっと画面に映ったスイカさんが持っているのはバナナだった。バナナはコース上に設置する罠だ。これを踏んだらスリップしてしまう。主に後方にいる人に有効であるために、普通に使うのでは順位を上げる要素にはならない。しかし、自分の後ろにバナナをくっつけていれば、甲羅などの攻撃を防御できる役割がある。意外と侮れないのだ。
その後もカミィは順調に進み、1周目を1位で抜けた。残りは2周。このまま逃げ切れるか……というところで、赤い甲羅がカミィにぶつかった。その後、後ろに張り付いていたスイカさんに抜かれて、復帰するころには5位にまで落ちていた。たった1度の妨害アイテムで順位を落とすことはよくあることだ。
「まだまだ。ここから逆転できるっしょ。3周目のラストで食らわなくて良かった」
確かに、ゴール直前で妨害されて負けるパターンは良く見る光景だ。逆転した方や見ている方としては面白いけれど、やられた方はたまったものじゃないだろう。妨害されて、ネガティブな気持ちになるのではなく、ポジティブに切り替えるカミィ。なんとなく、彼女を推す人の気持ちはわかったような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます