第196話 受肉作業

 俺はとりあえず、サンプルとなる素体のボディを作った。銀色のメタリックなボディの女性型のっぺらぼう。とりあえず、この素体の設定でユノーさんの環境で動くかどうか実験して欲しかった。


『ユノーさん。とりあえず、仮のボディを作りました。1度これを使って、モーションと同期しているか確認してみてください』


 そのメッセージを送って、俺は一旦ユノーさんに素体のデータを送った。俺はユノーさんからの確認メッセージを待ちながら、V界隈の情報収集をしていた。そうしたら、名前も聞いたことがないVtuberが炎上しているというニュースが舞い込んできた。


 でも、そのニュースにつけられたコメントは少ないし、あんまり反響がない。無名のVtuberの炎上など、界隈以外の人には興味がないのが現実。火は燃料があって始めて燃える。無名には燃料すらないので、すぐに鎮火したようだ。当人からしたら、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちかもしれない。俺も万単位の登録者を抱える配信者だから炎上には気を付けないとな。


 そんなこんなしていたら、ユノーさんからのメッセージが届いていた。


『あの……これが私の体ですか? イメージと全然違うんですけど』


 うん。この人アレだ。奴と同じにおいしかしない。大丈夫。俺はこの程度ではまだ怒ったりしない。悲しいことにこの手の人の対処には慣れている。


『すみません。こちらの説明不足でしたね。僕が送ったデータは、絵で言う所の下書きの状態のものです。1度その下書きの状態で、Vtuberとして動くかどうかのテストがしたかったのです。なぜなら、きちんとした本製品を作った後に、動作不良が発生して、作り直さなければならなくなったら、今までの苦労が水の泡になりますよね? それを防ぐために、まだ労力がそれほどかかってない状態のものでテストをしたいんです。それで問題なく動きが同期していたら、ユノーさんの肉体をきちんと作ります。なので、これは完成品ではありません』


 本来なら打ち込む必要性が感じられない長文で説明する。頼む。これで伝わってくれ。


『あー。そういうことですか。ありがとうございます。私、これで完成品だと思って勘違いしてました。疑ってすみません』


 良かった。伝わってくれた。まだ、話が通じる相手で良かったな。後は、ユノーさんの確認報告を待つだけか? いや……ついでに1つ注文つけておくか。


『すみません。ついでなんですけど、素体を動かしている様子の動画を送ってもらってもいいですか?』


 ちゃんと素体が無事に動いているかどうか、俺自身の目で確かめてみないことには安心できない。ユノーさんが「ヨシ!」って言っても、とんでもないインシデントが含まれている可能性を捨てきれない。


『ええ。いいですよ』


 余計な手間をかけさせて申し訳ないと思うけれど、ユノーさんからアレと同じにおいを感じるから仕方ない。これも全ては未来の爆発を防ぐためだ。


 1時間ほどが経過した頃だった。ユノーさんから動画データが送られてきた。


『無事に動きました!』


 その動画データを開いてみると……ジャージを着た黒髪ポニーテールの女性が、モーションキャプチャの装置を付けて色々動かしている動画だった。顔にモザイクの編集など一切ない。正に個人情報漏洩……俺は、彼女のためにその動画を削除した。


『ユノーさん。動かしているあなたの動画ではなくて、動いている素体の様子が欲しかったのですけど』


『あれ? そうなんですか?』


『後、Vtuberなんですから、あんまり顔バレの動画を出さない方がいいですよ。顔だしを嫌うファンもいますからね』


『え? 顔映ってました?』


 この人……本当にVtuberになっていいのか? 普通に配信の事故で顔バレしそうなんだけど。


『ええ。バッチリ映ってました』


『ええ。恥ずかしい。メイクしてないのに』


 問題点はそこなのか……? 女性にとっては重要な問題かもしれないから、俺が口を出していい領域かはわからないけど。


『大丈夫です。動画はきちんと削除しましたから』


『良かったです。ありがとうございます。動画を撮り直しますね』


 次はちゃんと素体が動いている動画が送られてきた。よし、問題なく動く。


『確認しました。ありがとうございます。これから、受肉していきますね』


『はい! お願いします!』


 こうして、俺はユノーさんの肉体を作っていく作業を開始した。ユノーさんはちょっとアレだけど、まだコミュニケーションが取れるレベルだし、間違いを指摘したら素直に受け入れてくれるから、なんとかなった。こちらがいくら間違いを指摘しても、理解する脳みそを持ち合わせていないのが身内にいると、ユノーさんレベルはまだ可愛く思える。


 俺は住職の資料を参考にして、受肉作業を続けていく。住職作成のビジュアル設定資料集は正に痒いところに手が届くと言った感じで、色々な角度から色々な表情を描いてくれてあるので、イメージがしやすい。そりゃ、大きなファイルすぎて1度の添付できないなと納得せざるを得ない。


 作業開始から1時間。そろそろ夜も更けてきたし、今日はこれくらいにしておくか。明日は学校だし、あまり夜更かしをするのはよくない。クリエイターとして長く活動するなら、それこそ体を壊さないように睡眠時間をしっかりとるのが重要だ。体を壊すくらいなら無理なスケジュールを組むな……これは師匠の教えだ。


 翌日、普通に学校に登校して、普通に授業を受けた。特に変わったことがない日常だ。フィクションの世界じゃないし、学校で変わったことがそう頻繁に起こるわけがない。校庭に迷い込む犬、襲い掛かるテロリスト、そんなものは存在しない。もちろん、学校でラブコメ展開なんて起こるのはもっとありえない。だって、俺には既に学校外で付き合っている恋人がいるのだから。


 放課後、帰宅部の俺は真っすぐ家に帰った。早く家に帰って受肉作業がしたい。家に帰ったら、宿題もやらずに速攻でパソコンを起動させる。師匠からメッセージが来ていないかを確認する。これは最早習慣化された作業で、例え忙しい状況でも欠かさない。


Rize:Amber君。仕事は順調かい? 困ったことがあったらいつでも相談に乗るぞ


 師匠のメッセージを見て、俺は励まされた。現状は特に困っていることはない。俺の実力でもなんとかなる範囲内だ。でも、師匠が後ろにいてくれるだけで精神的に楽になれる。頼れる存在が味方でいてくれるのは安心できる。


Amber:ありがとうございます。師匠。お陰様で今は困っていることはありません


Rize:そうか。キミも成長したな。もう一人前のクリエイターだもんな。いつまでも私の助けを必要としないか


 うーん……師匠のこの言葉になんて返すのが正解なんだ? 確かに俺は技術面で師匠の助けを求める場面は減ってきた。しかし、助けが必要ないとイキってしまえば、師匠を傷つけてしまうかもしれない。けれど、まだ師匠の助けが必要なんですって言ったら、いつまでも師匠離れできない情けない弟子……じゃなかった彼氏にならないのだろうか。悩みに悩んだ末に出した俺の返信は……


Amber:何言ってるんですか師匠。恋人はお互いを支え合って助け合うものだから師匠の助けが必要に決まってるじゃないですか


 師匠からのメッセージが返ってこない。失敗したか? うーん。やっぱり恋愛は難しいな。世の彼氏諸君はどうやって彼女の機嫌を取っているんだろうか。謎だ。



 Amber君!? そ、そんな急に迫ってきて。ああ、もう。キミはいつもそうやって不意打ちを仕掛けてくる! 本当に心臓がいくつあっても足りない。そうだ。このメッセージをスクショして保存しておこう。ログはいつか流れてしまうからな。

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