第159話 資産運用は大事だよねえ
「それでは、始め」
英語の小テストを順当に解いていく。全10問で、制限時間は10分だけど、ものの3分程度で終わった。まあ、この程度の問題なら見直さなくてもいいだろう。残りの7分は、コンペのテーマのことについて考えるか。
今回のコンペのテーマは自由だ。CGアニメーションなら特に制限は設けられていない。つまり、何しても良いということだ。それが逆に厄介なのだ。
決められたテーマは詳細であればある程、制作コストは安くなる。例えば、テーマが【夏】だった場合、そこから連想されるのは、【虫取り】【海】【山】【花火大会】など多岐に渡る。つまり、そう言った連想したもの中からチョイスする工程が作品制作の時間に加算されるのだ。
更にここから【海】を選んだ場合も海の中から更に詳細なテーマを決める必要がある。【海の生物】【浜辺】【深海】【水着】等、まだまだテーマを詳細に絞らなければならない。でも、これが最初からテーマが【水着】として設定されていた場合、先程の工程はばっさりカットされる。精々、水着のデジインの方向性をテーマとして決める程度か?
つまり、テーマは大まかであればあるほど、クリエイターの負担になる。そして、その最上位に位置するのがテーマ自由。全く、テーマを考えた人も嫌なことをしてくれる。ちなみにこのテーマを設定したのは匠さんではない。匠さん自身が“先にテーマを知ると、考える時間が増えてその分他の参加者に比べて有利になる”ことを嫌って他の人に考えさせたらしい。匠さんもテーマを知ったのは、あの生放送中に出されたカンペだったと後に語っていた。
アニメーションを作るとしたら何が必要だ? まずはもちろん画面に表示する絵が必要だ。それを構成するための3Dモデル、背景、エフェクト。それらも作っていかなければならない。後は音楽や効果音と言った音関連。主軸となるストーリーとかも作って行かないといけないか。
音楽に関しては、フリーのものがあるからそれを利用すればいい。しかし、ストーリーにフリー素材は基本的にない。例外的に著作権切れの物語はあるにはあるが……
だとしたら、俺が一からストーリーを考えないといけないということか。うーん。動画用の台本なら書いたことがあるけど、ガチの物語を考えたことはないな。読書感想文ですら、ネットから拾って来たものを断片的に継ぎ合わせたキメラ感想文で凌いでいた俺。そんな奴に物語を構築するだけの構成力、筆力はあるのだろうか。
ここで母さんが味方になってくれていたら、母さんのツテを使って脚本家の人に弟子入りするなんてことはできたんだろうけど……現実は厳しい。母さんに隠れて仕事している以上は、そのルートは塞がれているようなものだ。
「はい、そこまで。黒板に解答を書くから、隣の人同士で交換採点してくれ」
ああ、もうそんな時間か。俺は隣の席の女子と答案用紙を交代して、点数をつけた。隣の女子の点数は10点満点中7点……悪くないけど別に良い点数でもない。
「はい、賀藤君。惜しかったね。dogが複数形になってなかったよ」
「なに!」
本当だ。確かに、【Nancy likes dog.】と書かれている。単数形では、ナンシーが食材として犬が好きみたいなニュアンスになってしまう。与えられた情報では、ナンシーは愛玩動物として犬が好きなので当然誤答だ。
きちんと見直ししていれば気づいていたはずなのに、やってしまったな。
「ぷすーくすくす」
隣の席の女子が笑ってる。いや、お前7点だぞ。俺9点だぞ。俺の方が点数高いのに良く笑えたな。
◇
学校が終わって家に帰宅した俺。真っ先にテキストファイルを立ち上げて、そこにアイディアを適当にぶち込んでいく。
テーマ設定用に色々な単語を打ち込んだ【サバンナ】【雨】【花畑】【宇宙】。なんの統一性もない。いっそのことこれを全部つなぎ合わせるか? サバンナが雨季になり雨が降りました。そこに花が咲きました……ダメだ。宇宙が邪魔すぎる。
こんな阿呆なアイディア出しをすること2時間。全く進捗がないまま、昴さんからビデオ通話が来た。
「オッス、お兄さん。制作は順調?」
「いえ、まだテーマすら決まってません」
「あー。確かに、テーマが自由だと言われたら何していいのか迷うからね。山登りでも山を自由に歩いていたら遭難してしまう。登山ルートが確保されていれば、頂上まで登れる。創作の世界でも同じなんだねえ」
「そうですね。その登山ルートを自力で用意しなくちゃいけない。それが今回のコンペの厄介なところですね」
登山に例えるとは、昴さんらしいと言えばらしいか。
「まあ、姉貴が言っていた通りのことにはなってたね」
「え? 師匠が?」
「そう。お兄さんがテーマ作りで悩んでいたら相談に乗ってやれって言われた。だから、こうしてまたコンタクトを取ったんだ」
そこまで師匠に見透かされていたのか。
「まあ、俺もどうやって相談に乗っていいのかはわからないだけどね。他の人が現在どうやってテーマを決めているのか全く知らないわけだし」
「ははは。そうですよね」
昴さんは別にスパイでもなんでもない。他の参加者たちの制作状況など知る由もないのだ。
「ただ……姉貴がどうやってテーマを決めているのかは想像つくけどね」
「本当ですか?」
「うん。姉貴の得意分野と人脈を考えればね……姉貴は恐らく、楽曲をベースにして作品作りをしている。それが姉貴の戦闘スタイルだからね」
「あ……そういうことか。なるほど。エレキオーシャンの楽曲を使って、歌詞の世界をアニメーションで表現する。確かに師匠の得意技ですね」
「歌詞の内容に沿って作れば、自動的に詳細なストーリーは決まる。テーマをうだうだ考えている時間も節約できるってこと」
「うーん……その手があったか。やっぱり、ストーリー性を持たせた方が強いんですね」
ただでさえ、師匠は強敵だ。その強敵が俺にはない楽曲という武器を使って殴りかかってくる。生半可な作品では師匠に通用しないだろう。
「お兄さんはどうしますか? 一からストーリーを考えますか?」
「うーん。ストーリーを創作するプロだったら、それで行けたかもしれない。けれど、俺は3DCG制作くらいしかできることがない。そんな俺がストーリー性を持たせようと思ったところで付け焼刃にしかならないと思います」
「うーん……そうなってくるとシナリオ制作のプロに頼むしかないかな。出版社に知り合いがいるから、プロの作家に取り次いでもらえるかきいてみようか?」
「うーん……お願いしたいところなんですけど、それっていくらくらいかかりますか?」
「うーんと……前に似たような質問をした時に相場の表をもらったなあ。ちょっとPDFファイルを送るんで見てみて」
昴さんから添付ファイル付きメッセージが送られてきた。そのファイルをクリックすると……
「あー。すみません。1番安いモデルケースでも払えません」
「ええ……お兄さん、兄貴から300万円もらってるよね? それどこにやった? もう使ったとかないよな?」
「いや、使ってはないんですよ。ただ、税金分と個人的小遣い分を合わせて、ある程度余裕を持たせたプラスアルファ以外は、定期預金にぶち込みました。だから、すぐには引き出せないんですよ」
どうせ、お金を使う予定はないし、そのまま普通預金に漬けておくよりかは将来のことを考えた方がいいと思っての判断である。
「ええ……何してんの……なんでよりによって定期預金」
「投資信託も考えましたが、俺は未成年なので証券口座を開設するのも面倒だし、制限も多いので定期預金の方がいいのかなと思いました」
「いや、そういうことを訊いてるんじゃなくて……まあ、浪費じゃなくて安心したけど。外部に色々と委託するお金には制限があるってことかー」
「ですね。一般的なアルバイトをしている高校生程度の財力しかないです」
大まかな部分をクリエイター本人が作れば、素材をある程度外部委託をするのは認められている。その場合は、委託部分を審査対象から外すため、どの部分を外部に委託したかを記載する必要はある。審査に影響しないのに外部の人の力を借りるのは、自分の制作物をより良く魅せるため。言わば、主役を立たせるための捨て石を作ってもらう形だ。
とどのつまり、ある程度資金があった方が審査員にアピールしたいところに制作コストを割けるから有利ということだ。そして、現状俺は自由に使える金がない。うん。今更ながら、俺って本当に不利でやべえ状態におかれてるんだな。
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