第156話 お前、女だったのか!?(;´∀`)

 里瀬社長にまんまと乗せられるまま、僕は結局コンペに参加するハメになった。セフィロトプロジェクトのママの中で参加していないのは僕だけだと言われたら、プレッシャーを感じてしまう。出ないことにより、逆にみんなから失望されてしまうんじゃないかと思うと……もう怖くて怖くて。


 うう、胃液を吐きそうだ。しかも、テーマが自由だなんて困る。もし、下手な作品を出しても決まったテーマがあるんだったら、テーマと相性が悪かったと言い訳ができる。でも、テーマを自分で決めたんだったらそういった言い訳も使えない。単純に実力勝負で嫌になる。


 僕が部屋に引き籠っていると、インターホンが鳴った。今は誰にも会いたくない気分だけど、もし宅配便の人だったら不在なのは申し訳ない。僕は嫌々ながらも玄関まで行き魚眼レンズで来訪者を確認する。


 僕は来訪者の姿を確認するや否やすぐに鍵とチェーンロックを外し、扉を開けた。


「お姉ちゃん!」


 僕の大好きな加恋かれんお姉ちゃん。わざわざ来てくれたんだ。


「おーす。龍ちゃん。元気だったかー? 元気がないならお姉ちゃんが元気をわけてあげるぞー!」


 加恋お姉ちゃんの男性並みに低い声が僕の心を癒してくれた。お姉ちゃんは僕よりも背が高くて、顔つきも男性よりだ。それに比べて、僕はそこまで背が高くないし、ひょろひょろで女性によく間違えられる。声も高い方だし、それも性別を間違えられる要因だ。昔からお姉ちゃんと並んでいると2人一緒に性別を間違えられてたな。今でもそれは変わらないか。


 加恋お姉ちゃんはとても頭が良くて、運動神経も抜群だ。僕はどちらもダメだったけれど……ただ、僕は幸いにもお姉ちゃんよりも器用だったから、その器用さを活かしてクリエイターの道に進んだけれど……正直後悔している。こんなにもプレッシャーに押しつぶされそうになる世界だなんて。手先の器用さを活かすんだったら、もっと別の仕事で良かったと思う。工場勤務で職人を目指すとか……でも、工場の人って怖そうだな。更生した元不良がいそう。元でも不良は怖い。


「お姉ちゃん。今日はどうしてきたの?」


「んー。龍ちゃんが寂しがっているかと思ってさ……後は、コンペの件、私の耳にも入ったよ。挑戦するんだってね」


 さっきまで、優しい笑顔だったお姉ちゃんが急に真顔になる。


「うん。そうなんだ……」


「偉い! よく決意した。それでこそ私の弟だ」


 お姉ちゃんが僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。お姉ちゃんに撫でられるのは嫌いじゃないけど、ちょっと痛い。


「プレッシャーに弱い龍ちゃんが、あんな化け物たちがいる環境でよく参加を決意したね」


 お姉ちゃんは彼らのことを化け物と形容している。まあ、確かに実際実力者揃いではあるんだけど……


「まあ、でも……ショコラちゃんには勝てるんじゃないか? あの子はビナーのキャラデザ選考で龍ちゃんに1度敗れているんだろ? 龍ちゃんが骨折しなかったら参加資格すら与えられなかった子じゃないか」


「ううん……お姉ちゃんにはわからないかもしれないけど、クリエイターの僕にはわかる。ビナーを制作したショコラさんは間違いなく強敵だよ。もう、ビナーのあの人気を見たら、僕は降板させられて正解だったと思う。僕だったら、絶対あそこまでの人気は出せなかった」


「何言ってるんだい龍ちゃん! 龍ちゃんがキャラデザとモデリングを担当したら、ビナーは今頃、チャンネル登録者数200万人は行っていたさ!」


 そんな非現実的数字を出されても実感が沸かない。そこまで到達できるVtuberは片手の指があれば足りるほどしかいない。


「いや、やっぱり、僕はショコラさんには勝てない。なんなんだよあのビナーのキャラデザ。バタフライマスクをつけて、賞金首って設定で……どうやったら、あの案で行こうって思えるんだ……コケたら大失態の状況の中、あれほどまでにギャンブル性の高いキャラデザを通せる精神力。勝てるはずがない」


 もう戦う前からほぼほぼ勝負が決まっていると思う。僕がビナーのキャラデザの第一候補として選ばれたのは何かの間違いだ。里瀬社長の慧眼けいがんを疑うわけじゃないけど、僕を選んだことに関して言えば、目が曇っていると思う。多分、勤めていた会社が倒産したという情報で同情してくれただけだと思う。でなければ、僕が採用されるわけがない。


「大丈夫だよ。龍ちゃんならやれる!」


「なんでそう言い切れるんだ」


「龍ちゃんは、両手の骨折から立ち直ったじゃないか! それにリハビリだってがんばって、予定より早く退院できた。龍ちゃんもちゃんと執念染みた精神力は持っているはずなんだ!」


「それは……リハビリ生活はお姉ちゃんが応援してくれたから頑張れたんだよ」


 実際、リハビリは辛かった。骨折が治っても、中々元通りに手指を動かせなかった。そのせいで、しばらくの間は自分の技術力が下がったような気がして、本当にクリエイター生命が終わったかと思った。お姉ちゃんが、あの時励まし続けてくれなかったら、僕は立ち直れなかったかもしれない。


「それなら、今回もお姉ちゃんが応援する! 私が付いていれば心強いだろ!」


 お姉ちゃんがぐっと両手を握り脇をしめる。そのポーズを見て、僕もやる気がでてきた。


「うん……そうだよね。お姉ちゃんが付いているなら負けるはずがない。そうだよ! 他のみんなには加恋お姉ちゃんはついていないけど、僕にはついているんだ!」


 そう思うとなんだかやる気が出てきた。よし、お姉ちゃんがいる内に、作業を進めてしまおう。そうすれば、きっとモチベーションが保てるはずだ。


 その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。僕のではない。ということは……


「はい。もしもし。獅子王です。ん? 佐治ちゃん? いや、現場に早く着いたから暇とか知らんがな。私は暇つぶしの道具ではない! いや、そういうことは、コクマーちゃんかアウルちゃんに頼め! ……ああ、もうわかった。今すぐ行ってやるから大人しく待っとけ」


 お姉ちゃんが携帯を切った。獅子王 ツバサ。男性っぽい声のせいでバ美肉疑惑が出ているけれど、魂はちゃんと女性のVtuberだ。男性扱いされることの方が多かったから、お姉ちゃんもそれを否定するつもりはないらしい。それで、リドルトライアルのメンバーは全員男性だと誤解が生まれたのだ。佐治さんはお姉ちゃんの仕事仲間だけど……まあ、ロクな電話じゃないことはわかった。


「ごめん、龍ちゃん。もうちょっとゆっくりしていく時間はあったんだけど、バカが1名いたせいでそっちに行かなくちゃいけなくなった」


 正直心細いけど仕方ない。お姉ちゃんを困らせるわけにはいかない。


「ああ、うん。僕なら大丈夫。だから、心配しなくてもいいよ」


「龍ちゃんは強くなったね。ごめんね。それじゃあ行ってくる」


 お姉ちゃんは僕の住んでいるマンションの一室を後にして、現場へと向かった。


「はあ……」


 正直ため息しか出てこない。でもやるしかない。僕だって、もういい歳した成人男性なんだ。いつまでもお姉ちゃんに甘えているわけにはいかない。このコンペだって、自分を変えるいい機会になるかもしれない。優勝したら……もうこれまでの自分とは決別して、自信に満ち溢れた自分になろう!


 いや、優勝は言いすぎたかもしれない。2位……3位……いや、3位までは流石に低すぎたか? 2位まで……2位以内に入れたら、僕は変われる! そう思ってこのコンペに取り組もう。そうすれば、きっとお姉ちゃんだって僕を頼りがいのある一人前の男として認めてくれるはずだ!


 あのメンツを相手に2位入賞なんて考えただけでゲロ吐きそうだけど……お姉ちゃんが応援してくれるなら、2位入賞……できるかなあ。不安になってきた。やっぱり、僕は1人だとすぐネガティブになってダメだ。本当に僕は弱いなあ……

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