第132話 箱外コラボの打診

「ビナーさん。今週の土曜日の夕方からは空いてますか?」


 私のマネージャーがタブレット端末を片手に訊いてきた。彼女が学業や部活との兼ね合いを調整してくれているお陰で、私はVtuberとして活動できている。やり手の格好いい大人の女性という感じがして、頼れるお姉ちゃん的な存在だ。ウチのお姉ちゃんがアレなだけに、マネージャーにはついつい甘えてしまう。


「土曜日は朝から昼まで部活があるから……それ以降だったら空いてます」


「そうですか。実はコラボの要請が来ています。コラボ相手というのが……その箱外の人を含んでいるんですよね」


「箱外ですか?」


 今までは、同じ箱でコラボすることはあった。同じ会社に所属しているから、融通が利きやすいし、お互いのことも良く知っているから連携が取れやすい。まあ、箱内でも連携が取れてないマルクトさんとケテルさんみたいなのはいるけれど。


 それにしても気になるのは含むという一文だ。コラボ相手は複数いるし、その中には箱内の人もいると受け取れる。


「はい。ウチのコクマーさんも所属しているVtuberグループ【リドルトライアル】。謎解きを生業なりわいにしていて、メンバーの殆どが高学歴というインテリ集団です」


「ああ、聞いたことありますね。コクマーさんが所属しているから一応チェックしてました」


 謎解きやクイズと言ったことを専門としたチャンネルのリドルトライアル。インテリのVtuberを集めて、閃き問題から、知識を問うガチのクイズなどを解く動画を出している。作問も自分たちでやっていると公言している知力の怪物がしのぎを削る環境だ。


「流石です。ビナーさん。実は、リドルトライアルでコラボ企画が出てまして……コクマーさん以外は、個人もしくは、小さい企業でやっているのでコラボ相手を中々引っ張って来れない問題が発生しているんです。それで、コクマーさんが箱内からコラボ相手を引っ張て来てくれと一任されてしまったので、ビナーさんに白羽の矢が立ったのです」


「そうだったんですか。いいですね。前々からコクマーさんとコラボしてみたいと思っていたので、願ったり叶ったりです」


 私の了承を受けて、マネージャーは少し安堵した表情を見せた。


「ありがとうございます。コクマーさんも喜びます。彼は、ビナーさんを巻き込んでしまって申し訳ないって言ってましたから……」


「うーん。そこまで気を遣わなくてもいいのに。困った時はお互い様ですからね」


「ふふ。ビナーさんはいい子ですね。よしよし」


 マネージャーが私の頭を撫でてくる。もう頭を撫でられる歳でもないのに、不思議と嫌ではない。マネージャーのお姉さん的な包容力がそうさせるのだろうか。


「ビナーさんは学校があるので、中々打ち合わせに参加できないと思うので、私が代理で参加します。打ち合わせの内容は後でメールで送りますね」


「はい。いつもありがとうございます。私のマネージャーは大変じゃないですか?」


「そんなことありませんよ。私はビナーさんの力になりたくて、この仕事をしているんですから」


「マネージャー。ありがとう」


「いえ、こちらこそ」


 私はマネージャーに恵まれて幸せだ。この箱に入れて本当に良かったと感じざるを得なかった。



 例のホラーゲームの動画はそれなりにバズった。配信でも結構な伸びを見せたし、切り抜き動画も作られて、話題性は十分だった。例によって、なぜか毎回盛り上がる爆発炎上のシーン。それと、名探偵ショコラのシーンの切り抜き動画は驚異的な伸びを見せた。A君の姉の話題も微妙に伸びている。


 俺はホラー演出でも落ち着いて対処できてしまうし、難だったらその演出もクリエイター目線で見てしまうので、視聴者との意識の乖離かいりがあるんじゃないかと心配していた。でも、フタを開けてみれば、最近の動画では伸びている方だし、これからはホラゲも視野にいれて企画を立てられるかなと新たな可能性を見いだせた。


 俺が配信の反響に浸っていると1通のメールが届いていることに気づいた。“【リドルトライアル】コラボ打診のお知らせ”と書かれた件名。ご丁寧にどこの組織の所属が件名で名乗ってくれるとは……実在するグループ名だし、メールアドレスも偽装された形跡はない。俺は、特に警戒することなくメールを開いてみた。


――

 バーチャルサキュバスメイドのショコラ様

 初めまして。私は、【リドルトライアル】に所属している

 Vtuberの福下ふくしたアウルです


 この度は、当チャンネルの動画に出演を依頼させて頂きたく

 思い、メールを致しました


 出演に関しての可否は、本メールに返信する形でご返事を

 頂けると幸いです


 動画の内容、段取り、報酬などは、添付ファイルに記載して

 おります


 ご不明な点があれば、お気軽にお問合せください


 失礼いたします

――


 このような内容のメールが届いた。メールの下部にはきちんと、チャンネル名、メールアドレス、氏名などの署名があってきちんとしていると感じられた。


 添付されていたpdfファイルを開くと、きちんとした体裁の企画書が表示された。出演者の名前に見覚えのある名前がある。【ビナー・スピア】。俺が作った3Dモデルを使っているVtuber。世間的にはショコラの娘ということになっている。


 動画の企画としては、水平思考クイズというものをやるらしい。水平思考クイズは出演者が提示した真相不明の文章を回答者が質問をして真相を解明するものだ。ただし、質問はイエスかノーで答えられる質問でなければならない。


 この手の問題で1番有名なものが、ウミガメのスープという問題なので、この水平思考クイズのことを【ウミガメのスープ】と呼んだりもする。


 記載されている報酬もきちんと相場分は出ているし、収録予定日も特に用事があるわけでもない。とりあえず詳しい話だけでも聞いてみて判断しようかな。


 俺は前向きに検討する旨の返信をして、今日の作業に移った。



「ビナーさん。動画の詳細が決定しました。出演者はいつものリドルトライアルの4人。それとビナーさんともう1人。バーチャルサキュバスメイドのショコラさんが出演者として決まりました」


「え? ショコラママですか!?」


 私と同じくVtuberのショコラママ。私のVtuberの体を作ってくれた人だ。性別は未だに議論されているらしい。


「ええ。アウルさんがダメ元でコラボ打診してみたら、行けたみたいです。折角だから、初の親子コラボを実施しようってことで話が進んだのですけれど、大丈夫でしたか?」


「はい。それについては問題ないどころか、こちらかお願いしたいくらいでした。なんだかんだで今までコラボの機会ありませんでしたからね」


 念願だったママとのコラボ。断る理由なんてない。


「それにしても、どうしてママが選ばれたんですか? あんまり、そういうのに強そうなイメージなかったんですけど」


「そうですね。でも、彼女は先日のホラーゲーム配信で、高い観察力、推理力を披露しました。それが目に留まって、アウルさんが回答者に欲しいと思ったのがきっかけです」


「ホラーゲーム配信ですか……私、苦手だから見てなかったんですよね」


 お姉ちゃんとハク兄はそういうのは平気みたいだけど、私はホラゲと言ったら罰ゲームでやるものだという認識がある。


「そうなんですか。A君の姉の話は面白かったですよ?」


「A君の姉?」


「はい。切り抜きもあるから視聴しますか? 探索している時だからあんまり、怖い要素もないですし」


 マネージャーに促されるまま、動画を見る……ショコラママの友達の友達の姉の話。この話を聞いた時、なぜか既視感のようなものを覚えた。なんだろう。この姉。他人だと思えない。でもまあ、世間がそんな狭いわけないし、多分気のせいだろう。

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