第131話 深夜の3Dホラーゲーム④

 部屋を隅々まで見たけど、手記と指輪の他には何も見つからなかった。俺の探索が甘くなければの話だけれど。


「とりあえず、手に入れたアイテムは調べることができるので、詳しく調べてみましょうか」


 メニューボタンを開き、アイテムの欄を開く。手に入れたアイテムがズラっと表示される……が、今のところはバールとタバコとライターと指輪しかない。バールとタバコとライターを調べても特になにもなかったので、指輪を調べてみた。


 【指輪の内側に、Hannah Bakerと彫られている。】とメッセージが出た。


「ハンナは女性名ですね。ベイカーは……手記に書いてあった医者の名字でしょうか? 流石に、ハンナという名前のパン屋のことを指すミスリードはありませんよね?」


『指輪に自分の職業彫るやついたら変態すぎだろ』


「確かに……私も自分の指輪に【Chocolate Maid】って彫りませんね。そこまで自分の職業に誇り持ってませんし。転職した時に困りますからね」


『ハンナ・ベイカーっていうブランド名の可能性もある』


「その可能性は流石に意地悪すぎませんかねえ。まあいいや。とりあえず、この指輪はベイカー医師に繋がる重要アイテムっぽいですからね」


 とりあえず、この建物から出て再び探索を始める。村を歩いていると道端に1枚のメモが落ちていた。


「出た。野ざらしメモ。屋内ならまだしも、屋外に落ちているのに、全く色あせてない謎。雨降った時点で濡れて使いものにならなくなりますよ」


『昔、近所の河原でしわしわになった雑誌が落ちてたな』


「とりあえず、メモを読んでみましょう」


 【指輪を彼女に……】とあからさますぎるヒントが表示された。


「指輪ってさっき拾った指輪のことですよね? この指輪を持ち主に返せばいいんですか?」


『そうっぽいね』

『かしこい』


 まだ色々と探索してないところはあるけれど、俺はこの指輪の持ち主について心当たりがあった。


「もしかして、この指輪の持ち主って……あの当直室にあった白骨死体の女性じゃないですか?」


 ショコラのその発言を受けてコメントの空気が一気に変わった。明らかに既プレイ勢の動揺しているようなコメントがところどころに流れている。俺の推理はいい線を言っているのではないか?


「当直室には鍵がかかってました。あの場に死んでいた女性が自分で鍵を閉めたのかと思ってましたが……もしかして、他人に閉められて監禁されている状態だったんじゃないですか?」


 俺は勝手に、内側から錠の開閉ができるタイプだと思い込んでいた。だから、前述のような解釈をしていた。しかし、それができないとしたら、外側からしか錠の開閉が行えない。つまり、あの女性は何者かに閉じ込められていたことになる。


『!?』

『マジで?』

『やはり天才か……』

『天才じゃったか!!!』


「そして、監禁と言えば、先程の手記でベイカー医師が村人の怒りを買って監禁されていたとありました。あの白骨死体は骨格の形からして女性のものでした。そして、【ハンナ・ベイカー】と彫られた指輪。もしかして、ベイカー医師は女性で、この指輪をあの白骨死体に返すとストーリーが進むってことじゃないですか?」


『うお!?』

『そうかな? そうかも』

『既プレイ勢としては、ニヤニヤしております』


「とりあえず、ダメ元であの白骨死体のところまで行きましょう」


 俺はプレイヤーキャラを操作して、真っすぐと当直室に向かった。当直室の扉をよく見ると内側からも鍵がなければ錠を開閉できないような仕組みになっていた。


「ほら。見てください。この錠のタイプを。ここに当直室の鍵はありませんでしたから、やっぱりこの女性は閉じ込められていたことになります」


『ざわ……ざわ……』

『ショコラちゃんがポンコツじゃないだと……?』

『これは名探偵ショコラ』


 先程の階段で背景をじっくり見てしまって、リスナーに退屈な思いをさせてしまった。それ故に、扉はじっくり見ていなかったのだ。もし、扉もきちんと見ていれば、もっと早くこの真相に辿り着けていたのかもしれない。


「それじゃあこの白骨死体の前で指輪を使います」


 メニュー画面から指輪を選択して使用コメンドを入力する。すると、主人公が白骨死体の左手の薬指に指輪をはめた。その時、ドスンと言う割と大きめなSEが流れた。【どこかでなにかが開いたようだ】という音だけでよく判断できたなって思うようなシステムメッセージが流れる。


「ほら。やっぱり正解だったみたいです……それにしても、このギミック。ノーヒントすぎません?」


『88888888』

『いや、既プレイだけど、この謎を解くにはもう少し探索が必要だよ』

『他の場所を道なりに調べると、当直室に監禁に使われていた記述が出る。そして、その後にベイカー医師の本名や性別といた個人情報やらが出るから、それで推理できるようになってる』


「ああ。そういうことですか。私は白骨死体が女性だって先に気づいていたから、指輪の持ち主がこの白骨死体かもって推理が先に出来ましたからね。それから、監禁されてるかもって状況で、この死体がベイカー医師本人だと推定できました」


 確かに、ベイカー医師のファーストネームや、性別は不自然に伏せられていた。医者は男性の比率が高いイメージがある。昔の人物ならば猶更である。そうしたフィルターのせいで、ベイカー医師=男性というイメージが先行してしまう。彼女の本名が作中で明かされる前に、ベイカー医師が監禁されていたって情報が出たら誤解するかもしれない。あの白骨死体は指輪の持ち主ではない。どこかにベイカー医師の家族や血縁がいるかも? ってミスリードになっていたんだ。


 それにしても、ベイカー医師の白骨死体を指輪の前に出す判断も何気に凄いな。指輪を入手して、あのメモを見た後に白骨死体を見つけた場合。それを意味ありげなオブジェだと判断した結果、とりあえず指輪を使ってみるプレイヤーはいるかもしれない。実際は順序が逆なので、単なる恐怖演出だと認識された白骨死体は、この頃には頭の中から抜け落ちているプレイヤーもいることだろう。


 初見プレイヤーは、特に指示がない限りは、先にマップを全部探索したいという欲の方が先に来る。だから、引き返すことはしないだろう。そして、次に手に入る情報が当直室の白骨死体がベイカー医師のものだと気づき、性別のミスリードに嵌って心理的に真実を見失うように設計されているのか? おっと、いけない。つい、またクリエイター目線で考察してしまった。


 とにかく先に進もう。当直室を出てすぐに扉が開いてる箇所を見つけた。どういう理屈で開いてるのかは知らない。そこを探索すると梯子はしごを見つけた。


「説明文にはご丁寧に【穴が空いた階段でも通れるようになる】って書いてありますね」


 親切極まりない説明文を受けて、俺は最初に穴が空いて通れなかった階段を目指した。階段の前で梯子を使用すると、道ができた。主人公がその梯子を昇っていく。すると、なにやら大きな物音が聞こえた。主人公が振り返ると、大きな熊が現れた。熊は体のところどころが溶け出ていてまるでゾンビのようだった。


 熊が思いきり叫んで主人公の方に走ってくる。


「わあ、熊が出ました。これ逃げなきゃまずいやつですかね?」


 コントローラーに触れるが、操作を受け付けない。ムービーが入ったようだ。なら、大丈夫だ。ムービー中はQTE(クイックタイムイベント)が入らなければ、操作ミスによるゲームオーバーはない。ある意味安全が保障されている時間だ。


 主人公は慌てて梯子を登りきる。そして、熊が梯子に手をかけてある程度進んだところで、主人公は梯子を外して熊を下に落下させた。


 そのまま主人公は大慌てで病院の2階を目指した……ところで、画面が暗転。そして表示される文字。CHAPTER1 CLEAR。


「あ、チャプター1をクリアしましたね。残念ながら配信できるのはここまでなんですよね」


 まあ、これについてはしょうがない。配信可能範囲はCHAPTER1までが配信する条件。ゲームの配信する際の規約は守らなければならない。制作側がダメと言ったらダメなのだ。


「というわけで、今回の配信はここまでですね。さよならーさよならー」


『乙』

『気になるところで終わったなー。あの熊の正体は何?』


 謎の生命体。公式ホームページにあるゲーム説明では、【コードK-UMA】とキャラ紹介されていた。UMAと熊を掛け合わせた造語なんだろうけど、センスが思いきり日本人的すぎる。一応、西洋の話だよなこれ……


 このゲームのエンディングは……俺自身の目で確かめるしかない。配信ではどう足掻いても映せないので、このゲームを買えない人には一生真相がわからないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る