第117話 V界随一のゲーマー

 イェソドさんからのメッセージが来た翌日。ついにその地獄級の配信が始まった。【ショコラのホームランダービー。クリアするまでトイレに行かない配信】配信タイトルだけ見ると正気の沙汰とは思えない。俺がこんな配信したら間違いなく膀胱炎になる。


 肩までかかった銀色の髪で紫色の目をした男性Vtuberが画面に表示された。顔立ちは少し幼く、服装は紺色のパーカーを着ていてデザインは少し可愛さの方に寄っている。


「オース。イェソドです。よろしくお願いします」


 無駄に凝った挨拶をするVがいる中で非常に簡素な挨拶をするイェソドさん。まあ、俺もあんまり人のことは言えないけれど。


『タイトル正気か?』

『あの鬼畜ゲーをクリアできるわけないだろ』

『絶対この配信中にクリアできないよ。もし、クリアできたら木の下に埋めてもらっても構わないよ』

『アンチ乙。イェソドは例のゲームがサービス終了する前にクリアしてるから』

『ついにイェソドきゅんのお漏らしが見れると聞いて』


 例のゲーム……ってことは、元になった森の動物たちと野球をする楽しいゲームをクリアしたということか。一部変態的なコメントが散見されたけど、この程度の変態では最早動じなくなってきたから慣れというものは怖い。


「前置きのトークとかなしにいきなり始めるよ。僕にトーク力は求めないでね」


 俺はこの配信を見る前にイェソドさんのことについて調べた。なんでもVtuberになる前から配信活動をしていたようだ。と言ってもこれは公式が発表している情報ではないから不確かなものではあるが……いわゆる前世と呼ばれる前歴は、かなり凄腕のゲーマーだったらしい。ゲームの腕ももちろん凄まじいけど、ゲームの細かい仕様の検証力というのも群を抜いている。ダメージ計算式を割り出し、武器やスキル等でかかる倍率を算出する等、ゲーム中では明かされないマスクデータも彼のお陰で判明したものもある。正にゲームのやりこみ界隈に多大なる貢献をした人物ということだ。


 プロゲーマーのチームにスカウトされたこともあったけれど、本人曰く「勝ち負けで賞金が関わってくるようになると、純粋にゲームを楽しめなくなるので断った」そうである。


 ただ、それほどの腕と実績を有していても、同期のマルクトさんと比べてチャンネル登録者数は見劣りしている。それはイェソドさんがマルクトさんと比べてトーク力や場を繋ごうとする意識のようなものがないからだ。


 ゲーム中はコメントを拾うことをほとんどせずに淡々とゲームをして結果を残す。その少し不器用なところが気に入っている層もいれば、その反面視聴者を楽しませる意欲がないと批判的な意見を言うものもいる。


「はい、それじゃあスタート」


 イェソドさんの合図とともにゲームが開始した。既に見覚えのある光景。ゲームをロードし終えたら表示されるショコラとセサミ。セサミがボールを投げて、ショコラが打った。ボールは高く高く飛び、当然のようにホームランを叩き出したのだ。


 それに対してイェソドは一切のリアクションをしない。Vの表情も動かないし、発言も一切ない。普通の配信者ならここで一言なにか言うはずである。しかし、彼は言わない。


 続いてセサミが2発目を投げる。画面内のショコラがバットを大きく振り、またもや高く飛ぶ。そして、表示されるホームラン。


『おお! 連続ホームラン』

『なんかリアクションして』

『ホームラン打ったんだからもっと嬉しそうにしなよ』


「ホームランの1本や2本程度で騒ぐことなくない? 僕はこれから100本以上打つことになるんだから」


『草』

『強い(強い)』

『さらっと100本以上とか言ってのけるとか凄い』

『いつもの狂気』

『しゃべって』


「喋るようなことはないんだけどな。じゃあ、今から10秒間みんな適当な1桁の数字をコメントして。その数字全部足した数言うから。あ、ちなみに1人1回ね。2回以上コメントした人は2回目以降は無視するから」


 コメントが適当な数字で流れる。その間イェソドさんが数をカウントしている。本当にそんなことができるのだろうか。


 ちなみにそんなことしている間にもセサミがボールを投げて、イェソドさんは平然とホームランを打ってた。


「はい、ストップ。人食いカナリアさんからDeliciousさんまでの数字の合計は1310だね」


『え?』

『ガチなん?』

『合ってるの?』


「ウソ、適当な数字を言っただけ」


『こやつめ』

『ビックリした。そんなわけないよね』

『草』

『なんでウソついたの』


 そんな小粋なネタを挟んでいたら、ついにセサミがあの鬼畜ボールを解禁してきた。セサミの3つの首がボールを咥えて、その1つだけが放たれる鬼畜な魔球。画面内のショコラはそれを難なく打ち返してホームランを打ち取った。


 しかし、当のイェソドさんは無表情でそれを見つめている。その表情がなんとも言えない味を出していてある種のシュールさを演出している。


『魔球を打ったんだからもっと喜んでもろて』

『言っておくけど、この魔珠を引き出すだけでも大変だぞ』

『最初のステージの相手じゃないんだわ』


 そして、セサミの魔珠の2投目。ショコラがバットを振る。その弾は高く打ちあがった。


「あー。やらかした」


 イェソドさんがそう呟いた。ボールは高く飛んだが、ギリギリホームランにならない位置に落ちてヒットとなった。


「こんな初歩的なミスをするなんて悔しいな。次から気を付けなければ」


 しかし、真に恐ろしいのはイェソドさんはボールが打ちあがった瞬間に「やらかした」と発言したことだ。常人ならば、その時点ではまだボールがどの位置に落ちるかはわからない。だが、イェソドさんは一目見ただけで失敗だと気づいたのだ。


『悔しいとか……イェソドに感情あったのか』

『この人成功した時はあんまり喜ばないけど、失敗したら凄く悔しがるよ』

『なお滅多に失敗しない模様』


「失礼な。僕だって、成功して喜ぶことはあるよ。タイムアタックでタイムを更新した時とか、世間的に未発見の裏技や戦術を発見した時とかね」


 この人は多分、ゲームに関しての成功体験のハードルが高すぎて、ちょっとした成功程度では喜ばないようになっているのかな。それこそTAの更新だとか未発見の裏技の発見は、生涯で1度も経験しないまま終えるゲーマーもいる。


 結局イェソドさんがセサミ相手に外したのはそれだけだった。後は全部ホームランを打って、セサミを見事に撃退したのだった。


 その後もなぜか車が投手になって、剛速球を放ってきたり、ショコラの色を変えたキャラが爆発する魔球を投げてきたり、その辺の少年がそれら全ての魔球を投げると言ったとんでもない難易度が待ち受けていた。


 しかし、イェソドさんはそれらのキャラを全て倒して、何事もなく配信を終えたのだった。



 ショコラのホームランダービーの配信を終えた僕は所用があって事務所に訪れていた。そこで偶然、里瀬社長とすれ違った。


「社長おはようございます」


「ああ、イェソド君。おはようございます。先日の配信を見させてもらった。とんでもない反響だったね」


 例の配信は瞬く間に有名になった。V界隈で初めてショコラのホームランダービーをクリアしただけあって注目度がそれなりにあった。


「ありがとうございます。僕はみんなみたいにトーク力もなければ、演者としての華がありませんから。歌も上手くないし、ゲームで貢献するしかないんです」


「そうかな? イェソド君はゲーム以外にもとんでもない特技を隠しているんじゃないか? 例えば……人並外れた計算能力とか」


 社長が最後の一言を放った瞬間、和やかな空気が一瞬ピリっとしたものになるのを感じた。


「わざわざアレを検算したんですか? 社長も物好きですね」


「ちょっとした好奇心ってやつさ」


 この社長はどうも苦手だ。苦手と言っても嫌いという意味ではない。むしろ尊敬できる人物ではあるけれど、底が見えない不気味さというものがある。ゲーマーの勘というか、この人とは読み合い勝負で勝てる気がしない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る