第112話 師匠の弟

 休日に女性と一緒に写真展巡りをする。正に今日俺の身に起こる出来事だけど、その相手は俺の師匠なのでそういった色気のある関係性ではない。更に言えば、これは匠さんの提案で彼も一緒にいる状態だ。デートなどというものでは断じてない。


 今現在、匠さんの運転する車で写真展の会場に向かっている。匠さんは助手席に荷物が置いてあるから、俺と師匠に後部座席に座るように指示をした。4人乗りの車なので、俺と師匠は隣接している状態である。


「琥珀君。折角の休日に来てくれてありがとう」


「いえ。こちらこそ、誘ってくれてありがとうございます」


 匠さんと喋っている俺を見て、師匠はつまらなさそうな表情をして、自分の髪を指でくるくると弄っていた。


「なんだ、操。俺がいることがそんなに不満か?」


「ち、ちがっ! 兄貴! くだらないこと言ってないで運転に集中しな!」


「はいはい」


 匠さんがいることが不満? 師匠と匠さんは喧嘩でもしたのだろうか? だったら、気まずいな。喧嘩している2人に挟まれるのは、あまりいい気分がしない。でも、世の中には職場や学校等の環境でそういう板挟みな目に合っている人もいるんだろうな。


「Amber君。写真の構図や光の加減。そういった技術はCGを制作する上でも参考になるはずだ。ただ、漠然と見るんじゃなくて、撮影者の意図や創意工夫。その情熱に想いを巡らせると自分の作品に反映できる気づきを得られるかもしれない」


「そうですね。媒体は違えど、参考になる部分はありますからね」


 俺は仮にもクリエイターを志す者だ。日々の生活の中での気づき、他の人の作品に触れることで得る刺激。そういうもので作品の技術を向上させていかなければならない。クリエイターは休日を無駄に過ごすなんてことはあってはならないのだ。


 そんな会話をしていたら、写真展の会場についた。この写真展は、プロやアマチュアを含めたコンテストの入賞作品が展示されているのだ。そして、その入賞作品の中に師匠の弟さんの作品があったのだ。やっぱり、匠さんを兄に、師匠を姉に持つだけあって、芸術的な才能を持って生まれたんだろうか。里瀬家の優秀な家系が恐ろしく思える。


 入口で入場料を払った俺たちはパンフレットを受け取り、コンテストの入賞者の名前を確認した。そこには、確かに【里瀬 すばる】の名前があった。師匠の話では将来、冒険家になる夢を持っている大学生だ。


「おーす。兄貴ー、姉貴ー。こっちこっち」


 茶髪で毛先が遊んでいるホストにいそうな髪型をした大学生くらいの男性がこちらに駆け寄ってきた。まさかこの人が師匠の弟?


「お、そこの少年は、姉貴の弟子の子かな? 初めまして。俺は昴。将来、歴史の教科書に載る男だから今の内に覚えておくといいよ。あ、その頃には俺らは死んでるか。あはは」


「あ、どうも。琥珀です。よろしくお願いします」


「うんうん。よろしくね。琥珀お兄さん」


「お、お兄さん……? あの、俺高校生なんですけど……昴さんの方が年上ですよね?」


「うん。知ってる。でも、年下にお兄さんなんて呼んじゃいけない決まりはないだろ。あはは」


 昴さんは白い歯を見せて笑った。でも、笑い方には少し品のようなものを感じられて、あんまり不快感はない。なんだか釣られてこちらまで嬉しくなるような、そんな感じの笑い方だ。師匠が昴さんはコミュ力お化けだと言っていたけれど、彼の雰囲気が人の警戒心を解くのだろうか。理屈じゃない天性の人たらしのような才能を感じる。


「お、おい! 昴。あんまりAmber君を困らせるんじゃないぞ」


「へい、姉貴。琥珀お兄さんに失礼があっては大変ですからね。へへへ」


 昴さんは悪戯な笑みを浮かべて師匠の言葉を軽く躱した。その関係がなんとも微笑ましくて昴さんが羨ましくなる。姉がまともだから。


「それにしても昴さんは凄いですよね。こうして、写真展が開催される規模のコンテストに入賞するなんて」


「ん? ああ、別に凄くないってば。俺が取ったのは佳作だし、このコンテストに限って言えば上には上がいるさ」


「全く良く言うな。昴は。その上の賞を取ったのは本職のカメラマンたちだ。アマの昴が入賞しただけでも快挙と言っていい。それにアマと一口に言ってもレベルが高い写真家も多数応募している。それこそ本気でプロを目指していて、その一歩手前までいる人とかな。そういうコンテストなんだ。俺は弟が入賞したことを誇りに思ってる」


 匠さんは昴さんの発言に対してため息をついた。俺はこのコンテストのレベルがどれだけのものかは知らないけれど、プロも参加するって聞くだけでレベルの高さが伺いしれる。もしかして、昴さんはとんでもない人なのかもしれない。


「まあ、冒険の活動資金を調達するためにもいい写真は撮らないとね。貴重な収入源の1つだし、別に今回だって名を売るためにやったことだ」


 鼻の頭を掻きながら少し照れ臭そうに言う。やっぱり、昴さんも自分の兄の褒められると弱いのだろうか。


「Amber君。こいつは、一見不真面目そうに見えるけれど、自分がやると決めたことに関しては真面目に真摯に取り組むやつだ。写真もお金を取れるレベルにすると決めたからにはきちんと勉強したはずだ。そうした努力が詰まっている昴の作品からは学ぶべき点は必ずある」


「おい! 姉貴! ったく……もう、さっさと写真を見て回るぞ! 俺たちはおしゃべりをしに来たわけじゃないんだ」


 昴さんはさっさと先に進んでいく。俺たちはそれを追いかけるように進んだ。


 ずらりと展示された写真。そのどれもが目を見張る素晴らしいもののように思える。俺には写真のことは良くわからない。しかし、写真家の伝えたいテーマ性を考えながら鑑賞すると、その作品がより味わい深いように感じる。匠さんと仕事した時もターゲットやテーマを決めるのは重要だと教わった。それはどこの業界でも変わらないんだろう。


「これが俺の写真だ」


 昴さんが指さしたのは見る者を圧倒するド迫力の大樹だった。この大樹から生命の力強さのようなものを感じ取れる。何千年も前からこの地球に根を張り、土に還った命を吸い続けて大きくなった。そういう歴史の重みのようなものが感じられた。


「凄い……こんな木がこの世界にあったんですね」


 冒険家を目指している昴さんのことだろう。この木も外国かどこかの観光名所にもなるような凄い御神木かもしれない。


「世界……っていうか、これ撮影したの日本だな」


「え?」


「しかも、その辺の田舎の山。この木も別に特別な木じゃない」


「そ、そうなんですか?」


 なんだか騙されたような気分だ。こんな凄い迫力の木がその辺に生えている木だなんて。


「ほら、別の角度からスマホで撮影した写真がこれだ」


 昴さんはポケットからスマホを取り出して、俺に1枚の写真を見せた。確かに……普通の“木”だ。


「この木が……この写真の木になるんですか?」


「まあな。人間だって、見る角度によって結構違うだろ。その中には写真映りがいい奇跡の角度がある。木だって同じさ。俺はただ、その奇跡を見つけただけだ」


 確かにそれは凄い技術だ。でも、俺には1つ腑に落ちない点がある。


「でも、昴さんは結構色んな所を冒険しているんですよね? なんで日本のなんの変哲もない木を撮影したんですか? どうせいい角度を探すなら被写体がいい方がもっと映える写真は撮れますよね?」


「ああ……実はな、そういう写真も送ったんだ。けど、コンテストで通った写真はこの1枚だけだった。理由は俺にもわからない。この写真は正直受けるとは思わなかったんだ。あはは」


 確かに。その気持ちはわかる。俺も受けると思ってなかった犬のキャラがなぜか人気になってる経験がある。


「え?」


 聞き覚えがある声が聞こえた。この声は毎日聞いている声で、今朝も聞いた声だ。その声の方を向くと、そこには真珠と見知らぬ女性がいた。


「ハク兄……? なんで?」

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