第102話 高度な心理戦

 動物同士が盛りあうわけのわからないゲームを回避した俺は、会議室で八城と話すことにした。机の上には八城が用意してくれた飲み物と菓子がある。


「まあ、大亜君。折角来たんだからゆっくりしていってよ」


「お言葉に甘えてそうさせてもらう」


 俺は机の上に置いてあったクッキーを手に取り、一口齧った。俺が子供の頃からある商品ブランドで割と食べ慣れている味だ。定番と言えば定番。八城は性的嗜好がおかしいが、こういったセンスは外さないようだ。


「やっぱり頭使うと甘いもの食べたくなるよな」


「あーわかる。だから、僕もこの部屋にはお菓子を常備してるんだ。創作活動も色々と頭を使うからね」


 お互い頭脳労働をしているということもあってか、この会話は共感できた。


「と言っても俺たちは肉体労働じゃないから、エネルギーは蓄積される一方だからな。甘いもの食べた後はきちんと運動しないと確実に太る。俺は週末にランニングししているけど、八城はなにかスポーツしているのか?」


「仕事帰りに軽い筋トレはしているかな。体を使わないと鈍っちゃうからね」


「そうか。それは良かった。運動する習慣があるのはいいことだな


「あ、そうだ。話は変わるけど大亜君。キミは最近ハマっているゲームとかってある?」


「本当に急に話を変えてきたな。ハマっているゲームとかはないかな」


 作っているゲームならあるけど。


「そうなんだ。丁度良かった。僕たちのサークルで流行っているゲームを一緒にやらない?」


 こいつのサークルで流行ってるゲームとか嫌な予感しかしない。


「どんなタイトルのゲーム?」


「その名もムスメ馬」


「ムスメ馬……? 聞いたことのないタイトルだな」


「女性アイドルがもしも競走馬だったらっていうコンセプトのゲームなんだ」


「ちょっとなに言ってるのかわからない」


「僕も最近知ったことなんだけど……この世には歌って踊ったりするアイドルって言うのがいるんだよ。僕は興味ないから詳しくないけど」


「いや、その説明はいらない。アイドルくらいは知ってる」


 こいつは20数年間アイドルを知らずに生きてきたのかよ。本当に現代日本に住んでたのか。有名なアイドルは嫌でも情報が入ってくるだろうが。


「それでそのアイドルって言うのを、獣化して馬にしたのがこのゲームなんだ」


「うん。そのプロセスが意味わからない」


「なんでわかんないんだよ」


 え? 俺がおかしいの? 現実の人間が動物になるわけないじゃないか。馬が喋って、その友人が「その声は、我が友、うんたらかんたら」とか言うのか。


「まあ、とにかく。その馬のデザインがとても愛らしくてね。僕はそのキャラで同人誌を制作しようと思ったんだ」


「ああ。そうね。売れるといいね」


「ところが、売れる売れない以前の問題だったことが判明したんだ。一応、この製作元の会社が二次創作に関するガイドラインっていうのが制定しててね。そのガイドラインによる、アダルトコンテンツは使用不可になってたんだ」


「へー。そうなんだ」


 世の中には馬用のビデオがあるとかないとか、そういう噂を水曜日に聞いたことがある。まあ、馬の同人誌を作ろうとしているやつがいるんだ。あっても不思議ではないかもしれない。


「それで、そのアダルトコンテンツが不可の理由はきちんと存在したんだ……現実のアイドルのイメージを損なう危険性があるので、許可できないって」


「物凄い正論だな。普通にアイドル事務所に怒られるやつだ」


「いやー。本当に惜しい。いいキャラデザだったんだけどねえ。ケモナー界隈でもそのことを惜しむ声が結構あったんだ」


「まあ、それはしょうがないことじゃないのか?」


「そうなんだけどさ。大亜君もこのキャラデザを見たら、絶対に惜しむと思うよ」


 そう言うと八城はポケットからスマホを取り出した。俺はそのスマホを見た瞬間、後頭部を鈍器で殴られたような感覚を覚えた。八城が使っているスマホケース。それが、どこからどう見てもセサミのスマホケースである。俺の最推しのショコラちゃんのグッズをなぜこいつが持っているんだ。


「ちょっとゲームを起動するから待っててね」


「ああ……」


 俺は八城の言葉の意味を半分程度しか理解できなかった。思考のほとんどが八城のスマホケースに持ってかれているからだ。


 こいつもショコラちゃんを知っているのか? いや、でもこいつはつい最近までアイドルという存在そのものを知らなかったような男だ。そんな八城が、バーチャル世界のアイドルのショコラちゃんを知っているはずがない。


 俺の興味はムスメ馬よりも、八城のスマホケースに移った。いや、ムスメ馬の方は最初からそんな興味なかったけれども。俺はこのスマホケースのことについて八城に問いただしたかった。でも、それは俺がショコラちゃんの配信を見ていることを白状するようなものだ。


 俺としては、これまで硬派を気取って生きてきた。高校時代も、学級委員長や生徒会を務めたりして堅物キャラとして同級生からは認識されていた。そのせいかどうかはわからないけれど、女子からはモテなかったけれど。


 大学でも、学部が理系だったからか女子との付き合いはそんなになかった。学部内に女子がいなかったわけではないが、俺のタイプではなかった。別の学部の友人から合コンに誘われることもあったけれど、課題や研究が忙しいことを理由に断っていた。


 そんな俺がVtuberのことに詳しいです……そんなこと言えるわけがない。でも、セサミのスマホケースについては触れたい。もし、八城がショコラブだったら……複雑な気持ちだ。そりゃ、ショコラブ同士で交流することもネットの世界ではないことじゃない。現実世界でも交流できたら楽しそうだなと思うこともある。しかし、それは、ショコラブが友人になるのがいいのであって、友人がショコラブになるのとではちょっと違うのだ。


 八城とショコラちゃんのことについて語りあう……うーん。楽しそうと言えば楽しそうだけど……やっぱりなんか違う。なんだかんだ言いつつも俺は、八城のこのやべえ奴キャラを気に入っているのかもしれない。それがショコラちゃんで中和されると、本当に勝手ながらガッカリしてしまうのだ。


 多分、八城も八城でそういうイメージを守りたいのかもしれない。だから、ショコラちゃんのスマホケースではなくセサミのスマホケースを使っているのかもしれない。できるだけ触れて欲しくない。けれど、推しのグッズを身に付けたい。わかる。わかるぞ八城。そういう隠れファン心理。わかる人にだけわかって欲しいんだろ?


「ん? どうしたの? 大亜君。僕のスマホをじっと見て」


「あ、いや……その珍しいスマホケースだなって思って。それどこに売ってるんだ?」


 ああ、しまった。つい訊いてしまった。話を誤魔化すために適当に言ったら、致命的なことを訊いてしまった。どこで売っているのか自分でも知っている癖になんて白々しい。


「ああ、これね。大亜君はVtuberって知ってる?」


「名前は聞いたことあるな」


 嘘は言っていない。名前以上に色々と詳しいけれど。


「ショコラってVtuberがいるんだけど、そのショコラの動画にたまにセサミって犬のキャラが出てくるんだ。そのセサミのグッズがつい最近発売されてね。中々に可愛らしい犬だったから買ったんだ。どう? シルエットだけでも可愛いでしょ?」


 アッサリと全てを白状しやがった。腹の探り合いとかそういうのが全くない。ある種八城が羨ましい。


 思えば、八城も凄いやつだよな。俺なんかショコラちゃんを推していることをみんなに隠して生きている。Vtuber好きだってバレたらやっぱり少し恥ずかしい。だけど、八城は恥を感じることなく、自分が好きなものは好きと堂々と主張している。そういうところは本当に凄いと思うし尊敬している。


「あれ? 大亜君。そのバッグからはみ出てるクリアファイル」


「あ……」


 しまった。ショコラちゃんのクリアファイルが鞄からこんにちはしている。バッグを開けっ放しにするんじゃなかった。


「なーんだ。大亜君もショコラ知ってたんだ……ってことは、僕たちは、同じくセサミを推す同士だってことだね!」


「え?」


 なに言ってるんだこいつ。


「同担拒否じゃなかったら、これからも一緒にセサミを応援しよう」


「いや、同担じゃねえよ」


 うん。前々からわかってたことだけど、やっぱり八城はイカれてる。

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