第101話 八城の城

 俺が最推ししているショコラちゃんのグッズが最近発売されたのだ。俺は迷うことなく、そのグッズを一式購入した。だが、家族にそのグッズがバレるのは少し気恥ずかしい気持ちがあった。だから、自室にこっそりと置いて楽しむことにした。


 クリアファイルは別に普段使いしても問題はない。俺は仕事用に使う鞄とプライベートで使うようにバッグを使い分けている。プライベート用のバッグにクリアファイルを入れておけば、職場で誤爆してしまう可能性は低い。


 スマホケースを使うのにも特に問題はない。俺は、趣味でスマホアプリをリリースしている。開発環境はパソコンでやっているし、パソコンにもエミュレータ―は入っているから主な動作確認はそちらでも行える。だが、やはりエミュレーターと実機の挙動は若干異なる部分もある。それをチェックするために、普段使いとは別の実機テスト用のスマホを持っているのだ。


 これに関しては仕方のないことである。スマホのOSのシェアが日本では丁度半々であるから、日本人向けにアプリを出すなら両方対応させる方が好ましい。そのためにはどうしても2つのスマホが必要になってしまうのだ。


 普段使い用のスマホには従来通り、落ち着いた感じのデザインのケースを付けている。こっちの実機テスト用のスマホにショコラちゃんを付ければ問題はない。


 マグカップは少し扱いに悩む。自室で使う用にしても、自室には水道がないから使用後に洗えない。つまり、洗うためにはリビングに行く必要がある。その時に誰かに見られるリスクがあるのが厄介だ。


 となると……これは、観賞用でしか使えないか。少し残念。


 それはそうと、今日は八城と会う用事がある。なんでも、新しくサークルの活動場所を賃貸で借りたから見て欲しいとのことだ。あいつ、本格的に法人化するつもりなのか……我が同級生ながらとんでもない行動力の化身だな。本業では平社員なのによくそんな金があるな。


 俺は八城から送られてきた地図情報を頼りに、八城が構えている事業所に辿り着いた。そこは外観は茶色い外壁のよくある普通のマンションと言ったところだ。マンション名は、ワンダフルフレンド。そこの一室に変態共の巣窟があるんだな。なんだか同じマンションの住民が可哀相になってきた。


 俺は八城の事業所のインターホンを押した。しばらく待っていると八城が満面の笑みで出てきた。


「やあやあ。大亜君。初めまして」


「なにが初めましてだよ」


「ほら、キミが僕の城に来るのは初めてだろ?」


「お前は自分の事業所のことを城と呼んでいるのか。凄い感性だな」


 昔から変な奴だとは思っていたけど、最近は変態っぷりに余計に磨きがかかっている気がする。


「まあ、入ってよ。今は同士と一緒にゲームをしている最中なんだ。良かったら大亜君もやるかい?」


「ゲームの内容にもよるな。獣が獣のように交わるゲームをやらせようって言うんだったら、1年間は絶交するぞ」


「あはは。一生断絶しないところがキミらしくて良いね。そういう厳しいながらにも優しさが垣間見えるのがキミの良いところだよ。そのギャップにやられる女子も少なくないんじゃないかな?」


「相変わらず口が減らない奴だな。そんなことばっかり言ってると小一時間口利かないぞ」


「ごめんごめん」


 全く。こいつは……寛大な俺だから許してやってるけど、モテない男にモテるだろ発言は禁句だぞ。神経逆なでするようなものだ。


 八城の事業所に入ると随分と小奇麗な印象を受ける。玄関も掃除が行き届いているし、嫌な臭いもしない。人が来るからと慌てて掃除したって感じなら、多少の異臭はするものだ。普段から掃除している証拠だろう。


 玄関を抜けたら廊下がある。廊下には左右と真っすぐ進んだ突き当りに部屋がある。俺はまず突き当りの部屋に通された。そこには、ソファとガラス製の机があり、全体的に落ち着いた感じの部屋だ。


「いい部屋だな」


「ありがとう。ここは会議室なんだ。客人の対応もここでやってる。まあ、まだ取引先もないし、そういった用途では使ってないんだけどね」


 思ったよりまともな事業所で安心した。こいつは変態でも、ちゃんと分別がつく変態なんだな。


「じゃあ、僕たちの開発室に案内するよ」


 会議室を出て左右の部屋の一室に案内された。そこの扉を開けると……うん。開けたことを後悔した。いや、見る人が見たら可愛らしい部屋だ。可愛らしい犬や猫の動物のポスターが多く張ってある。しかし、こいつらの嗜好を知っている身としては、健全なものに見えない。


 開発室と紹介された場所には机とパソコンが並んでいて、如何にも開発室という感じだった。現在パソコンを使って作業している人はいない。


「あれ? ゲームしている最中だって言ってなかったか?」


「ああ。コンピュータゲームじゃないよ。アナログゲーム。そっちにも手を出そうとしてるんだ」


「へー。随分と多彩なんだな」


「こっちの休憩室でみんなプレイしているから、ぜひ覗いてよ」


 八城に反対側の部屋に案内される。そこの扉を開けると、3人の男女が椅子に座って机の上に動物の絵柄のカードを置いている。まあ、動物のデザインはアニメタッチで可愛らしい感じだ。だけど、この人たちがやっていると如何わしいゲームにしか見えない。


「同士のみんな。紹介するよ。僕の友人の賀藤 大亜君だ」


「よろしくお願いします」


 八城に紹介されたので一応挨拶しておいた。同士と呼ばれた人もわざわざ立ち上がって一礼してくれた。そして、それぞれが自己紹介してくれた。意外にまともな人たちだな。外見も品がある普通の社会人といった感じだ。


「それって一体どういうゲームなんだ?」


「これはね……ずばり交配ブリーダー」


「うん。お前の口から交配って出た時点で嫌な予感しかしないんだ」


「まあまあ、聞いてくれよ。このゲームは動物の家系図を作っていくゲームなんだ」


「うんうん」


「まずは参加プレイヤーに動物の手札を規定の枚数配る。この動物にはそれぞれ種族と雌雄という情報がある。例えば犬のメスとか、猫のオスとか」


「まあ、それはわかる」


「それでゲームを開始したら、スタートプレイヤーから順番にカードを置いていく。この時に置くカードはなんでもいい。例えば犬のメスを置いたと仮定するね。次の人はスタートプレイヤーと同じ高さで隣接しているところにカードを置くんだ」


「ほうほう」


「この時2番目のプレイヤーが隣接する場所に犬のオス以外のカードを置いたとする。そうだね。このケースでは犬のメスの右に猫のオスを置こう。その場合は、3番目の人がこの2枚のカードの左右どちらか隣接する位置にカードを置く権利が発生する」


「なんだ。ただ単に横にカードを置いていくゲームじゃないか」


「そう思うじゃん? でも、ここで3番目の人が、ここ。犬のメスの左に犬のオスを配置する。そうすると交配チャンスが発生する」


「交配チャンス……」


 嫌な予感しかしない。


「次の手番の人。その人が、上段のこの位置。犬のメスと犬のオスの間。犬のカードを持っていればここに犬を置くことができるんだ。イメージとしてはオスとメスの間に子供が生まれるって感じだね」


「なるほど」


「それで、この交配チャンスが発生したら1周は続くんだ。例えば、次の手番の人が犬のカードを持ってなかった時、その次の手番の人が犬を持っていればさっきの位置に犬を置けるんだ。その次の手番の人でも無理なら更に次の手番と言う風にね」


「なるほど」


「そして、交配チャンスにはフィーバーがある」


「フィーバー?」


「例えば、今回のケースだと土台となっている部分に3枚のカードがあるよね? ってことは、ピラミッド的に考えればその次の上の段には2枚のカードが置けることになる」


「うん。それはわかる」


「交配チャンスで犬のカードが置かれた時、置いた次の手番の人がこの位置。犬のメスと猫のオスの間だね。ここにも犬のカードが置ける権利が発生するんだ。本来なら、犬と猫では交配できないから置くことはできないけど、特例で犬を置くことが出来る。イメージとしては、兄弟が生まれたから余った枠に置くって感じだね」


「なるほど。兄弟か。動物は確かに1度で多くの子を産むとかあるもんな」


「そして、ここからが重要。もし、この交配チャンスで2段目にオスとメスが揃った場合……更にインブリードチャンスが発生する」


「インブリードチャンス……」


 最早オウム返しするしかできなくなった感じがある。なんだよこのとんでもカードゲームは。


「ここ、2段目のオス犬とメス犬の間の3段目。ここに新たに犬を置くチャンスが発生する」


「なるほど……これで一気に場に犬が揃うわけだ」


「そういうこと。そして、犬が手札に来ていないプレイヤーは手札を多く抱えることになる。交配チャンスで手札を消費できないんだからね。そして、当然このゲームの勝利条件は手札をゼロにすることだ」


「なるほど。ちゃんとゲーム性はあるんだな」


 動物エロに対する想いがこんなゲームを生み出したのか。八城が開発したゲームでなければ、純粋な目で見られたのに。


「というわけで大亜君。1回やっていくかい?」


「ごめん趣味じゃない」


「そっかー」

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