第99話 やっぱり奴は奴だった

 その後は、司会者が質問をして各メンバーがそれに答えるという流れだった。「他メンバーに対する印象は?」という問いに対して姉さんが「リゼ:鬼 フミカ:裏で男漁りしてそう MIYA:こいつ絶対私を見下してる」と回答した。なんともまあ失礼なことを書いたものだ。


 ちなみに師匠は姉さんに対して「21歳児」と評し、フミカさんは「歴代の担任が不憫」と書いていた。それを見て母さんはうんうんと頷いていた。確かに姉さんは絶対、先生にも迷惑をかけていたであろう。


 最後にMIYAさんは「常識にとらわれない天才肌」と書いていた。唯一良い所を書いてくれた人に姉さんはなんてこと書いたんだ。恥を知れ。後、MIYAさん。そいつは常識にとらわれないんじゃなくて、常識知らずなだけです。


「エレキオーシャンのみな様ありがとうございました。そろそろ番組終了のお時間になりました。それでは。みな様。また明日お会いしましょう」


 司会者がカメラに向かってお辞儀をする。俺は姉さんがとんでもないやらかしをする前に番組が終わってほっとしている。良かった。SNSのトレンドで炎上する姉さんはいなかったんだ。


 カメラには姉さんも映っていて、姉さんはそれに気づいたのかカメラ目線になる。


「またねー」


 そう言って手を振りだした。なんでゲストの姉さんが「またねー」って言ってるんだ。意味が分からない。


「まさかね……」


 母さんが渋い顔をしている。俺としては、姉さんが自分がゲストに過ぎないことを理解してなかったから出た発言だと思ったけど。なにか引っ掛かることがあるのだろうか。どうせいつものアホ行動じゃないのか?


「まさかってどういうこと?」


「ん? ああ。ごめん。なんでもない。ただの独り言」


 なんでもないと言いつつ母さんは考え事をしているようだ。母さんはただの杞憂民かな? 俺としてはこっちに飛び火しないで終わってくれて一安心しているところなのに。



 翌日。俺が学校から帰宅するとまたしても母さんがいた。2日連続でこんな時間帯にいるのはかなり珍しい。


「ただいま。どうしたの母さん」


「どうも真鈴が話したいことがあるって言っててね。だから、ちょっとだけ仕事を抜け出して来てやったのさ。話が終わったらすぐに戻るけどね」


「なるほど」


 ピンポーンとチャイムが鳴った。そして、こちらの返答も待たずにドアがガチャリと開く。「ただいまー!」と姉さんの大声が聞こえてきた。声のトーンがやけに上機嫌だ。良いことでもあったのだろうか。


「ママー! 久しぶりー。元気にしてた?」


「そうね。あんたの元気さには負けるけど、それなりに元気でやってるさ」


 もし、姉さんが尻尾が生えている生き物だったら、尻尾振っているような状態だろう。それくらい姉さんのテンションが高かった。


「姉さん。話があるなら、俺は外そうか?」


「ん? いいよ。別に琥珀はここにいても。ふふふー」


 姉さんの含み笑いがなんとも不気味だ。経験上知っている。姉さんが調子に乗っている時はロクなことが起こらない。巻き込まれないうちに退散したいという想いと、姉さんの末路が見たいという邪な考えが拮抗している。その結果、俺はここに留まることにした。


「ねえ。ママ。昨日のテレビ見てくれた?」


「ええ。冷や冷やしながら見てたね」


「そうなんだ。そのね。私はそこの番組のディレクターにお世話になって……えーと。その? これからも仲良くやっていきたい……じゃなくて……」


 姉さんはポケットから1枚の紙を取り出してメモを見た。あんな堂々とカンペ見る人初めて見た。


「まあ、話の内容は予想できるけど、とりあえず言いな」


 え? この要領を得ない話でなにを感じ取ったの? 母さんはエスパーなの?


「そうそう。今度、キー局の方でママに密着取材したドキュメンタリー番組を作ろうって企画があるんだって」


 急に話が飛んだな。カンペを見た結果がそれか……


「だろうね。まあ、放送局を聞いた時点でこうなることはある程度予想はしていたさ。随分と前だけど、私にこの話を持ってきた局の系列だったんだよ。あんたの出演した番組は」


 なるほど。母さんに媚を売るために娘を利用したってことか。急にテレビ出演が決まるもんだからおかしいと思った。


「お願いママ。お世話になったディレクターさんの顔を立てるためにも、番組に出演して」


「真鈴。私はね。表舞台の人間じゃない。裏方の人間なの。私はフォーカスされたいと思ってない。だからこの話は断らせてもらう」


「そ、そんな!」


 姉さんの顔が青ざめている。ディレクターの顔を立てられないことがそんなにショックだったのか。


「ごめん。ママ正直に白状する。ママが出演してくれたら、私たちは準レギュラーになれるの。そういう約束なの!」


「やっぱりね」


 母さんの顔が険しくなる。これはいつものパターンだな。


「真鈴。アンタさ、私の名前を出さずに頑張っていくんじゃなかったのかい?」


「違う。私からは出してない。向こうが勝手に調べただけだもん」


「同じことだね。相手が利用しようとしてきても、結局その仕事は私ありきで得た仕事じゃないか。それは私のコネを使ってるのとどう違う?」


「それは……あ、そうか。これもママのコネ使ってることになるの!?」


 今気づいたのか。こいつは。


「どうしよう。私……ママのコネ使って仕事取ろうとしていた。私はそんな気がなかったのに」


「まあ、娘の仕事がかかってるんじゃ余計に受けるわけにはいかなくなったね。親の地位とコネも当人の実力の内だと言う人もいる。確かにその思想は否定しない。コネを使った結果、親以上に成功した人もいる。けれど、真鈴には……私の子供には、そのカードを最初から切って欲しくない。コネは確かに誰でも持てる力じゃない。だけど、その反面、まっさらな状態で勝負するという誰にでもできる経験を失うことになる。だから、自力で地固めをするまでは親子関係を伏せて欲しい。アンタは特に調子に乗りやすいから自力でがんばった経験が必要なの」


 確かに姉さんの場合は、親のコネを使った日には調子乗ってすぐに身を崩すだろう。これに関しては俺も母さんに同意見だ。


「うん。私だって、親の力で成功したんだろって言われるのは悔しいよ」


「そう。お互いの意見が一致しているから、私の名前を使って仕事は取らない。そう約束したはず。だったら、その話を断りな」


「いや……そうなんだけど。困ったことがあって……」


 姉さんはもじもじしている。多分まだロクでもないことを抱えているんだろう。


「なんだい。ハッキリ言いな」


「実は、バンドのメンバーに準レギュラーが決まるかもって言っちゃった」


 こいつ……こいつ……


「そう。じゃあ土下座でもなんでもして謝りな」


「えー。無理だってば。リゼとフミカは仕事の調整が難しいから、あんまり出演できないかもって言ってたけど……MIYAはやる気まんまんだったもん。あんなキラキラした目のMIYA見たことないよ」


「なんで不確定の情報を言うんだい。このおバカ! 本当にアンタは……! 2度と同じことするんじゃないよ!」


 エレキオーシャンのみな様。ウチの姉が迷惑をおかけしてすみませんでした。こんなどうしようもない生物ですが、どうか見捨てないでやって下さい。


「ごめんってばママ。私本当に反省しているから」


「よし、わかった。真鈴。今回の件で悪かったと思う点、反省しなければならないところを挙げてみ?」


「えっと……うーん……その……」


「うん。まあ、ゆっくり1つずつ振り返って考えな。すぐ答えが出るとは思ってないから。そういうのは自分で考えた言葉で示すのが大事だからね」


 流石母さん。姉さんを説教しなれている。


「えっと……ディレクターの甘い誘惑に乗っちゃってすみませんでした」


「気を付けなよ全く……よく知りもしない相手からの言葉を真に受けるんじゃない。小さいころから言ってるでしょ。知らない人にはついていってはいけないって。それと同じ。初対面の人は警戒するくらいが丁度いいのさ」


 姉さんは、そのセリフは高校卒業するまで言われてたな。


「はい。気を付けます」


 その後もお説教は母さんが仕事に戻るまで続いた。この家に来た時はテンション上がっていた姉さんも、すっかり意気消沈していた。

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