第98話 不安だらけの生放送

 今日は姉さんが生放送でテレビに出る日だ。楽しみという感情より不安の感情の方が大きい。やはり、アレがテレビに出るということは何かしらのことをやらかす危険があるからだ。身内としては、心配でしかない。刑を執行される囚人のような気分で待っていると「ただいま」と母さんの声が聞こえた。


「母さん。こんな時間帯に帰ってくるなんて珍しいね」


「まあ、今日は早く帰るために前もって調整をしといたからね」


「やっぱり、母さんも姉さんがやらかさないか気になる?」


「正直心配な気持ちもある。けれど、あの子ももう大人なんだ。しっかりとやってくれなきゃ困る」


 姉さんはアレだけど、母さんを説得して認めさせたことに関しては凄いと思う。真似したくないけど。それだけに、母さんも姉さんのことを買っているのかもしれない。


 そうこう待っている内に姉さんが出演する番組【夕闇ワールドワイド】の放送開始時間になった。真珠は部活。父さんと兄さんは仕事があるから、俺と母さんが2人きりで見ることになる。


 タイトルコールが流れた後に番組が始まる。


「さあ、今日も夕闇ワールドワイドが始まりました。みな様こんばんは。アナウンサーの小寺です」


 スーツを着た男性アナウンサーの下に【小寺 正彦】とテロップが出た。彼が司会進行役のようだ。


「それでは、本日のラインナップを発表します。本日の夕闇食道は天井市にある老舗の名店を紹介します。その後は、明日のスター候補のお時間です。地元で活躍するガールズバンド『エレキオーシャン』彼女たちはスターになれる逸材なのか。スタジオにもお越しいただいてます」


「そんな老舗の名店とかどうでもいいから、早く真鈴を出しな。全く。この番組の構成を考えたのは誰だい」


「演出家の母さんがダメ出しするとそれっぽく聞こえるからやめて。娘を先に出せって、それ、ほぼ個人的な意見だから」


「ははは。確かに」


 もうすぐ夕食時の時間帯に、老舗の名店の定食を見せられる。そんな飯テロを食らってしまったが、耐え抜いて次のコーナーに移る。お待ちかね。エレキオーシャンの出演だ。


「本日は、エレキオーシャンの方々にお越しいただいてます。みな様よろしくお願いします」


 エレキオーシャンの4人がスタジオに登場した。師匠は比較的落ち着いていて、きちんとカメラに視線が向いている。他の2人のメンバーも多少緊張は見て取れるが、大丈夫そうな雰囲気は出ている。問題は姉さんだ。明らかに1人だけ浮足立っている感じがしている。


「それでは、自己紹介をどうぞ」


「エレキオーシャンのギター担当の……」


「エレキオーシャンのベース担当のマリリンです! リーダーです。よろしくお願いします」


「おい。あんたの順番は最後だろ」


「あ、そうだっけ? ごめんリゼ」


「あはは。初めてのスタジオに少し緊張しているようですね。大丈夫ですよ。スタッフのみなさんは優しいので、緊張せずリラックスしていきましょう」


 アナウンサーの人が優しくフォローしてくれる。小寺さん。そいつは優しくしたらダメなんです。調子に乗って余計にダメになります。厳しくしないと物事を覚えないんです……すみません嘘つきました。厳しくしても、何も覚えません。ただのバカです。


 それにしても初手からやらかしてくれたな。この駄姉は。どうやったら、最初と最後を間違えるんだよ。


「では、改めまして。エレキオーシャンのギター担当のリゼです。エレキオーシャンの公式MVを作ってます。よろしくお願いします」


「ほう。MVを作っているのですか。それは凄いですね」


「ええ。本職が映像関係なもので」


 アナウンサーの小寺さんに凄いと言われても、師匠は表情を崩さずにしっかりとカメラを見据えている。なんというか、これくらい当然だと言わんばかりの格好良さがある。もしかして、師匠ってクール寄りの人なのか? 俺の前ではたまにおかしくなる時があるけど。


「ああ。そういうことでしたか。音楽もできて、映像も作れて多彩な人ですね。ありがとうございました。では、次の方どうぞ」


「エレキオーシャンのドラム担当のフミカです。私が真のリーダーです。さっきの変な生き物は忘れて下さい」


「ちょっとフミカ! なんてこと言うの! 私がこのバンドを始めたのに!」


「あはは。フミカさんがリーダーでいいのかな?」


「はい。登記上は違いますが、実権を握っているのは私です」


 まあ、世の中には実権を握らせてはいけない人物はいる。姉さんとか。フミカさんが色々と支えてまとめてくれてるお陰でバンドが維持できているんだと思う。


「エレキオーシャンのボーカルのMIYAです。同じ活動ネームでゲーム実況もやってます。チャンネル登録よろしくね」


 カメラに向かってウィンクをしてみせるMIYAさん。俺も配信者の端くれとしてわかることがある。これで彼女のチャンネル登録者数は増えるだろうということに。


「はいはーい! 私がエレキオーシャンの本当のリーダー。マリリンです。ベース担当の21歳です。よろしくお願いします」


「それでは、本当のリーダーのマリリンさん。エレキオーシャンの結成秘話を教えてもらってもいいですか?」


 いや、なんで姉さんに訊くんだよ。他の人に訊いてくれ。


「そうですね。あれはまだ私が高校生だった頃、中学時代の友達に会うために他校の学園祭に行ったんです。そこで出し物としてリゼがギターで演奏してたんです」


 今のところの語りはまともだ。だが、この滑り出しでも油断できないのが姉さんだ。


「私は演奏会を見て衝撃を受けました。だって、あんな小さい子でもギターを弾けるんだと。今まで楽器を難しいイメージがあったけど、小さい子でも弾けるんだったら私も挑戦しようと思ったんです。まあ、後で知ったことだけど、実はリゼの方が年上だったんだよね。小さいのに」


「おい、真鈴。後で話がある」


「ん。今生放送中だから後でね」


 十中八九姉さんは師匠に怒られるだろうけど、姉さんはまだ気づいてない様子だ。


「そこで私も音楽活動を始めてみようと思ったんです。その時、私の中にメロディが浮かんできたんですよね。私はこのメロディを逃がさないと思って、持っていた手帳にメロディを書き記したんです」


「え? ちょっと待ってください。マリリンさん。あなた、当時は音楽の経験はないんでしたよね?」


「はい。学校の授業でやった程度です。ただ、私は音楽の成績は良かったので、そのついでに興味本位で色々調べたんです。譜面の読み方や作曲のコツ。小学生の時の記憶なのでうろ覚えでしたが。それでも、メロディを書き記すことができたんです」


 サラっと言ってのけたけど、これはとんでもないことである。悔しいけれど、姉さんは得意分野に関しては他の追随を許さないくらい素質に溢れている。と言っても姉さんは大半のことが得意ではないのだけれど。その反面苦手なことはとことん苦手と両極端な人間である。


「私はすぐにリゼにこの譜面を見て欲しいと思いました。だから、勇気を振り絞って声をかけました」


「演奏会の途中にな」


 姉さんの発言に師匠が捕捉をする。いや、演奏会の途中に声をかけるのはダメだろ。常識がないのかこいつは。親の顔が見てみたい。あ、隣にいた。


「私は真鈴からこの譜面を見せられた時は正直困惑した。私の演奏を中断してまで見てもらいたいものの出来がこれかと落胆したものだ。しかし、即興で作曲した。それまで音楽経験がなかったと聞いた時に驚いた。確かにあの曲は不出来なものだった。だけど素人が即興で作れるものでもなかった。だから、私はこいつの可能性に賭けたんだ」


「あはは。確かに今の私からしたら、なんであんな出来のものを見せたんだろうって思うよ。それから私たちは組むようになったんだよね」


「まあな。その後に私の中学時代の同級生フミカとフミカの妹の友達のMIYAが加わって今のバンドになったんだ」


 そういう経緯があったのか。確かに姉さんと師匠の接点は謎だった。それがわかってスッキリした気分になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る