第77話 ビナーの初動画

 ついに俺がデザインしてモデリングしたキャラ『ビナー・スピア』の初動画が公開された。その動画を早速見てみよう。


 ビナーのチャンネルを開くと既にチャンネル登録者数が5万人もいる。流石は期待されている企業勢のVtuberだ。スタートダッシュからして勢いが違う。企業の宣伝力、ブランド力は恐ろしいと感じた。


 『新人ビナー・スピアの自己紹介動画【ビナー/セフィプロ】』というタイトルの動画を再生する。サムネのイラストの美麗なものだ。バタフライマスクを着用したビナーが口元に人差し指をあてて、妖艶な笑みを浮かべている。清楚……清楚なのかな? もう、セクシー系のキャラで売った方がいい気もする。



 とある繁華街の路地裏のような場所。そこに堂々と中央に映っているのが、バタフライマスクが特徴的な淑女。


「みな様ごきげんよう。私の名前はビナー・スピアです。これから、Vtuberとして活動していきます。よろしくお願いします」


 柔らかい笑顔を画面に向けて手を振るビナー。凄い。動いている。俺が制作したキャラを他人が動かしている。その姿を見ているだけで不思議と感動してしまう。それにしても声が意外と若い感じだ。10代だと言っても十分通用するレベルだ。大人の女性をイメージしたキャラだったのに、これは少し意外だな。でも、声質は擦れてない感じがして清楚と言われると納得はできるレベルである。


「それでは簡単な自己紹介をさせて頂きますね。自分で言うのも恥ずかしいのですが、私は名家の貴族の娘でした。しかし、その家が没落しまして生活が一変してしまったのです」


 これは俺と匠さんが考えた設定だ。色々と設定をだしあった結果、没落貴族という設定が採用されたのだ。


「その過程で色々とありまして、私は悪い人たちに追われる身となったわけです。だから、こうしてこのマスクで顔を隠しているわけですね」


 ビナーが身に付けているバタフライマスクを指さした。彼女のアイデンティティたるものを強調する。


「ですので、私の素顔はトップシークレットということですね。続いて、好きなものについて説明しますね」


 キャラ設定を説明し終わったところで、次は魂の人の情報についての開示だ。ここから先は俺も知らない設定だ。Vtuberは魂と一体化となってキャラが完成する。基礎設定は制作者サイドが決めることはできるけれど、こうしたプライベートなことは決める権利は当然ながらない。


「まずは私はお魚が好きですね。特に揚げてあるなら最高ですね。アジフライが特に好きです」


 好きな食べ物はアジフライかー。貴族の出なのに随分と日本の庶民的な食べ物を選んだな。


「後は体を動かすのも好きです。スポーツ全般はやるのも観るのも好きですね。球技なんかも好きですが、やっぱり最も好きなのは走ること……ですかね」


 なるほど。中々にスポーティな女性ということか。


「ゲームはあんまりプレイしたことはないのですが、Vtuber活動を機に色々と勉強していきたいと思います。至らない点もあると思いますが、優しく教えてくれると嬉しいです」


 Vtuberは最早ゲーム実況が必須になっているからな。俺も活動を始めてからは、ゲームのプレイ頻度が増えたわけだし。しかし、ゲームのプレイ経験が少ない人を起用するだなんて匠さんも思い切ったことをするものだな。ゲームが上手すぎる必要もないけれど、ある程度の腕があった方が有利になると思う。まあ、下手すぎるプレイを見て楽しむ層も少なからずいるから、一概には言えないけれど。


「後は紹介しないといけないところは、私のママについてですね。私のママになってくれた人は、Vtuberの先輩のショコラさんです。こんな素敵な姿になれたのもショコラさんのお陰です。本当にありがとうございました」


 ショコラについて触れてもらったのは、ありがたい。企業勢のVtuberと強固な繋がりができて損することはないからな。


「ショコラママのチャンネルは概要欄に貼っておくので良かったら、覗いてみてくださいね」


 宣伝までしてもらってありがたい。なんやかんやでVtuberで得られる広告収入等はバカにはならないから。


 次の瞬間、ヒューと風が吹くSEサウンドエフェクトが流れたと思ったら、1枚の紙きれが飛ばされてきた。それがカメラに映る。


 WANTEDと書かれた紙に、金髪で黒いドレスを身に纏った美女が映し出された。どう見てもバタフライマスクを着けていない状態のビナーである。


 ビナーは慌ててその紙を取り、丸めて処分した。


「キミたちはなにも見ていない。いいね?」


 最後にビナーが指名手配犯だということが視聴者にバレて動画が終了するというオチがついた。



 動画の評価は上々なものだった。反響も結構あり、順調な滑り出しとなった。この分では、すぐにチャンネル登録者数10万人を突破するのではないかと予測される。


 そんな人気のビナーだけど、彼女からショコラにDMが届いた。


『ショコラママ。私を生んでくれて本当にありがとうございます。お陰でVtuberとして活動できます。Vtuberの先輩としてもママとしてもショコラママをリスペクトします。だから、これから仲良くしてくれると嬉しいです』


 なんともしっかりとした子だ。きちんとお礼を言ってくれるとは思わなかった。


『ビナー様。Vtuberデビューおめでとうございます。こちらこそ仲良くして欲しいです。一緒にがんばりましょう』


 このメッセージを送ったら、すぐに返信が来た。ビナーもデビューしたてで色々な処理があって忙しい中、このスピードは凄い。


『はい。早く一人前のVtuberになります。ショコラママの看板を背負っている以上は、情けない結果では終われませんからね。ショコラママに親孝行するためにも全力で活動します』


 なんて健気でいい子なんだ。この子は応援したくなる。匠さんもこの子の人柄を重視して選んだんだろうか。自分のためだけではなく、モデル制作者のことまで考えてくれるなんて。やっぱり、中身は成熟した大人なのだろうか。その割には声が若いような気がしたけれど。幼い感じのアニメ声とはまた別な、変に若作りしていない素の声な気がするから、10代くらいかなと思ってたけど。


 魂の人の詳細は気にならないと言えばウソになる。けれど、あんまりプライベートを詮索するのも良くない。活動していることがリアルの知り合いにバレたくないからVtuberの道を選んだんだろうし。匠さんも魂の個人情報はキッチリ守ると言っていた。関係者であるはずの俺にも教えてくれないくらいだからな。



「里瀬社長。ビナーは順調な滑り出しですね」


 ウチの技術担当の青木さんが嬉しそうにそう言った。


「ええ。そうですね。大体予測通りにことが進んで一安心と言ったところですね」


「タトゥーが採用されなかったのは残念でしたが、バタフライマスクも有りですね。こういうコスプレをノリノリでしてくれる女の子と付き合ってみたいなー」


 青木さんがしまりのない顔でそう言っている。俺より一回りほど年齢は上だけど、この人は独身だ。俺が結婚報告した時も複雑な顔で「おめでとうございます」と言われたものだ。青木さんは報われて欲しい。


 それにしても、ウチの新人のビナー・スピア。立ち上がりは上々だ。このまま順調に進めば、収益化もすぐだろう。ビナーを制作するのにかかったコストもすぐに回収できるはずだ。


 しかし……ビナーの魂をオーディションした時には本当に驚かされた。世間とは広いようで狭いものだと痛感したのだ。こんなことがあるのかと応募書類の家族構成を二度見どころか三度見してしまった。


 まさか、3Dモデル制作者と魂が兄妹関係にあるとは。このことを知っているのはプロジェクトの責任者である俺だけか? いや、保護者のサインを貰ったから、彼らのお父さんも薄々感づいていると思う。


 正直言って、こんな面白い……じゃなかったややこしいことになるとは思わなかった。採用は琥珀君の身内だから贔屓したというわけではない。実力的に申し分ないし、なにか特別なオーラのようなものを感じた。この家系特有のなにかがあるのだろうか。


 俺に守秘義務がある以上はこの秘密は墓場まで持っていかなければならない。せめて、渦中の2人には伝えた方がいい気もするけど……やっぱり、秘密厳守の約束を破るわけにはいかないな。暖かい目で見守ろう。

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