第45話 真相

 俺はそのメッセージを見て頭がどうにかなりそうだった。尊敬している師匠の正体がリゼさんだったなんて。今まで違う人物であると思い込んでいただけにこの衝撃は物凄かった。刑事ドラマで、長年一緒にやってきた相棒が黒幕だったという使い古されてはいるけど、それなりにドラマチックなオチを食らった気分だ。


 俺はしばらく返信できないでいた。既読がついているのにしばらく返信が来ない俺に痺れを切らしたのか師匠が追撃をしてくる。


Rize:正直、私の方が驚いたよ。まさか、キミがマリリンの弟だったなんてね


 師匠は俺の発言から、姉がいることを推測して見事に当てていた。だから姉さんの知り合いで、俺の正体は既に知っているものだろうとは思っていた。だけど、こうもハッキリと特定されるとなんだか気持ち悪い感覚になってくる。


Amber:師匠は……どうして、俺が姉さんの弟だってわかったんですか?


Rize:最初の根拠は、キミが血塗られたお茶会を歌ったことだな。自分で言うのも悲しくなるが、マイナーバンドがリリースした曲を知っている方がおかしい。最初はバンドのファンかと思っていた。けれど、私も数少ないファンの顔と声は覚えている。今まで交流してきたファンにキミと似た声は全くなかった。そこが少し引っ掛かってたんだ。


 確かに。あの姉さんですらファンの顔は覚えている。それよりも頭の良い師匠が覚えていないわけがないだろう。


Rize:次の根拠は、キミのHNだ。Amber。日本語訳すると琥珀。別になんてことがない名前ではある。だけど、私の知り合いに兄弟全員の名前が宝石から付けられているという人物がいた。兄弟の名前を訊いたらあっさりと教えてくれた。弟に琥珀君がいるってな。その時は単なる偶然かと思ってた。けれど、状況証拠の1つにはなったな


 Amber。HNが思いつかなかったから適当につけた名前だ。そのせいで、俺の情報がバレてしまったのか。


Rize:そういった疑念が積み重なって、キミの正体に気づいたわけだ。身内なら血塗られたお茶会の存在を知っていてもおかしくない。琥珀が本名から取られている可能性を考慮。そして、急にキミが動画を上げなくなった時期がマリリンが個人チャンネルを開設した時期と重なっていた。単なる偶然で済ますのは無理がある


 俺は師匠の推理力に脱帽した。そんな根拠から俺を特定しただなんて。元々共通の知り合いがいる近しい人物ではあったが、それでもこんな風に特定されてしまうなんて。インターネットの恐ろしさが垣間見えたような気がする。


Amber:流石師匠です。俺は師匠の正体に全く気付きませんでした


Rize:私のデフォルメしたモデルで察せただけAmber君は偉い。ちゃんとしたいい目を持っている証拠だ。だから、そのご褒美に私の正体を教えた。これからもその観察眼を磨こう。それがキミにとっての武器になるから


Amber:はい。ありがとうございます師匠。精進します


 正直言って、ある意味俺の眼のせいで師匠の正体に気づくのが遅れてしまった。意図的に寄せてない場合に気づけないなんて俺もまだまだだな。


Rize:それにしてもキミが私を推しているなんてな


 師匠を推している? そんなこと言ったっけ? 全く身に覚えがない。


Amber:ん? どういうことですか?


Rize:前ショコラが言ってただろう。エレキオーシャンのメンバーの中ではリゼ推しだと


Amber:ああ、話を合わせるために適当に言っただけです


 師匠からのメッセージが止まった。師匠も忙しい人だし、きっと急な仕事が入ったとかなんとかだろう。あんまり気にしないでおこう。



 師匠の正体が判明したけれど、どことなくモヤモヤした感情を抱えた俺。なんか妙に納得できない。いや、勝手に3Dモデルの特徴から勘違いした俺が悪いんだけど、背中から急に発砲された気分だ。


 そんな思いを抱えたまま、俺は夕食の席についた。兄さんと真珠は既に帰宅して席についている。久しぶりに家族5人揃う夕食だ。なんか1人足りない気がするけど気のせいだ。今日は父さんが帰ってきたということで、出前で握り寿司を頼んだ。


『いただきます』


 その合図と共にみんなが寿司を食べ始める。


「なあ。大亜。最近仕事の方は順調かい?」


 父さんが兄さんに対して質問をする。兄さんは口の中に入っていた寿司を飲み込み、父さんの質問に答えようとする。


「まあ順調かな。主任になってから任される仕事も増えたけど、その分給料も上がったからな」


「そう。それは良かったね大亜。お金は大事だから」


 母さんが目を細めている。兄さんは割と大きい企業の正社員で収入も安定している。正に母さんの理想とする生活を送っているのだ。


 だが、どことなく兄さんの表情が曇っているように感じるのは気のせいだろうか。給料も上がっているし、かといって残業で夜遅くまで帰って来れないほどでもない。それでもなにか待遇面で不満でもあるのだろうか。社会人はよくわからないな。


「まあ、仕事の方は順調でよかった。それで、恋人の方はどうなんだ?」


 父さんの言葉で、兄さんの箸が止まる。お、ついに恋人ができたことを言うのか? 兄さんに付き纏っている謎の女の影のヴェールが剥がされる時が来たか?


「ははは。今は仕事が忙しくて恋人とかそういうのは考えられないよ」


 兄さんは笑って誤魔化した。うーん。この様子だと彼女がいるってわけでもなさそうだ。俺の勘は外れたのか?


「そうか。俺と母さんがお前くらいの時にはもう結婚して子供もいたんだけどなあ。やっぱり晩婚化の時代か」


 父さんはお茶を飲みながらしみじみと言った。


「早く孫の顔が見たいものね」


 母さんが禁止カードを切った。親からの最強のプレッシャー。孫の顔が見たい。俺はまだ高校生だから、そんなにダメージがないけど、長男で社会人の兄さんにかかる重圧が半端ない。現状、兄弟姉妹の中で孫の顔を見せられる可能性があるのが真珠だけという悲しい現実。真珠はまだ中学生だから、最低でも10年ほどは待つことになる。


「職場でいい人はいないのか?」


「まあ、生憎と現場は男性社会なものなので……」


 IT業界は一般的に男女比は男性に大きく傾いている。兄さんの会社も例外ではないのだろう。職場恋愛を求めるのは絶望的な状況だ。


「琥珀。社会人になってから出会いを求めるのは難しいぞ。高校生の内にがんばれ」


 兄さんが真っすぐと俺の目を見て、訴えかけてきた。確かに同年代の男女が多く集まる高校は恋人作りには最適の環境かもしれない。けれど、その最適な環境ですら、恋人を作れない人間は一定数存在するわけで……その一定数に俺が含まれているのだ。


「俺もダメかもしれない……」


「いやいや。大亜兄は手遅れかもしれないけれど、ハク兄はまだ可能性があるんだからがんばって!」


 妹から謎の励ましを受ける。くそう。これが彼氏持ちの余裕ってやつか。


「琥珀。無理に高校生の内に彼女なんて作る必要はないの。一生懸命勉強して、いい大学に入ってそれから考えなさい。どうせ一流大学の肩書きがあれば女の方から寄ってくるんだから」


 母さんが釘を刺してくる。母さんは俺を大学に入れたがっているんだよな。でも、俺自身大学に入る意思というのは今のところない。


「まあ、そこは琥珀の好きにさせてやろうじゃないか。琥珀の人生なんだからさ」


 父さんがフォローを入れてくれた。父さんは俺の好きなようにさせたい派なんだよな。


「好きなように生きていたら、そのツケを払うのは結局自分自身になるの。私は、ただ琥珀に収入面で苦労して欲しくないだけ」


 なんか少し空気が悪くなる。父さんと母さんの意見がぶつかってしまったせいだろう。


「あ、そうだ。私ね。最近部活で自己ベストタイムを更新したんだ」


 真珠がその空気をぶち壊すべく話題を変えた。ナイス真珠。


「おお、凄いじゃないか。その話をもっと聞かせてくれ」


 父さんが話に食いついたことで、完全に話題がそれる。それ以降、空気が険悪になることはなく夕食を終えた。

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