第39話 躍進するセサミ

 俺はセサミの配布の件を師匠に相談することにした。正直、セサミは配布を考えていなかったからクオリティはあんまり上げていない。ショコラはポリゴン数が膨大なものになって細部まで拘っていたから4万円をとる度胸はあったけれど、細部にこだわってないセサミでそこまでお金を取れない。


Amber:師匠。セサミを配布したいんですけど、やっぱりこのクオリティのものは無料が妥当ですよね?


Rize:私は十分お金を取れるレベルのクオリティだと思うぞ。流石にショコラと同じ値段と言うとぼったくりな気がするが。1万円程度が妥当か?


 うーん……1万円が妥当なラインと言われてもイマイチ、ピンとこない。


Rize:Amber君。ハッキリと言ってキミのモデリング技術はかなり高い。逆にキミが技術の安売りをしたら他のクリエイターが可哀相になるくらいだ


Amber:そういうものなんですかね。あんまり自覚がないです


 俺の比較対象は基本的に師匠だ。師匠の技術なら1件で数百万もする案件も自在に取って来れるだろう。そういう人と比べているから、俺は自己評価が低いのかもしれない。それにしても、よく、こんな凄い人に師事できたと思う。ハッキリ言って師匠が教えてくれることは、お金を取れるレベルのことだ。それでも、無料で俺に教えてくれる。本当に師匠はいい人だ。


Rize:キミはもっと自信を持った方がいい。私の一番弟子なんだからな。他に弟子いないけど


Amber:でも、俺は応援してくれる人のためにもっと安くセサミを提供したいんですよね。もっと気軽にセサミを使って欲しいです


 ショコラは利益をあげたいという一心で作ったモデルだ。だから、値下げをするつもりはない。けれど、セサミは彼を使いたいという声が多いから配布を決意したものだ。その声に応えて無料でもいいかなと思ったのだ。


Rize:ふむ。なら、こういう手もある。Amber君が使ってるサイトは販売側が自由に割引セールを行えるんだろ? 期間限定で割り引いてやればいい


Amber:なるほど。感謝の割引セールですか。その手は思いつきませんでした。流石師匠


 師匠は俺が困った時にいい知恵をくれる。でも、師匠はあの姉さんの知り合いなんだよな。一体何者なんだろう。師匠は自分の正体は考えればわかるっていう口ぶりだったけれど……俺にはさっぱりわからんのだ。



「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日の動画は告知動画ですね。なんと、お屋敷で飼っているセサミの販売が開始しました!」


 ショコラが拍手をする。SEとしてドンドンパフパフといった音を入れて盛り上げる。


「セサミは通常価格1万円のところ、なんと今月末まで半額の5000円で販売することに決定しました。この機会にぜひセサミをお買い求めください」


 セサミがショコラの足元にやってきて、スカートの裾を加えて引っ張ろうとしてくる。


「こら、セサミ。いたずらはだめです。ほら、セサミも画面の前のショコラブのみな様にご挨拶をして」


「ドッグ・アジリティのゲームにも使えるバーチャルケルベロスのセサミ。今なら5000円で飼えるでゲス。ぜひ迎え入れてくれると嬉しいゲス」


 俺は裏声でセサミの声を当てた。


「はい。セサミありがとうございます。セサミの販売ページのURLは、概要欄に貼っておきますので、よろしかったらサンプルだけでも閲覧して下さると嬉しいです。以上告知動画でした。それではみな様。さよならー、さよならー」


 ここで動画は終了した。この動画を投稿して、俺は眠りにつくか。



 翌日、俺が学校から帰ってきていつものようにDL数をチェックしていたら、なんとセサミのDL数が125件と100件を超えていたのだ。俺は目を丸くして驚いた。こんなことがあっていいのか? いくら安いとはいえ、たかが犬がショコラの売上数より桁違いの数字を弾きだすとは。しかもたった1日で。


 何事かと思って、俺は動画のコメント欄を確認してみた。


『セサミでドッグ・アジリティするの楽しいー!』

『ショコラちゃんモデルは流石に買えなかったから、セサミだけでもモデル変更した』

『ショコラブガチ勢マンの俺は、ショコラちゃんとセサミを両方モデルに適応した』


 なんと。例のドッグ・アジリティゲームも流行っているではないか。ショコラが実況する前は日本ではそんなに流行っていなかった。それは、動画を上げる前に動画検索かけたからわかる。日本での実況は再生数が少ない底辺実況者の動画しかなかった。


 なるほど。ドッグ・アジリティのゲームが流行ったことで犬のモデルを変更したい人が現れてセサミの需要が増えたのか。こうして具体的に使用例を出したことで売上に繋がったってことか。


 それにしても、恐ろしい。俺がもし、セサミを無料配布していたら、大金を逃すところだった。そう思うと師匠には感謝しかない。師匠に相談して良かった。


 姉さんの宣伝をしてくれた企業勢のVtuberのマルクト・テラーさんもドッグ・アジリティをクリアするまで終わらない生配信を始めているという。あのゲームをクリアするまで終わらないって相当だぞ。俺もかなり苦戦した末クリアできなかったゲームだし。それがVtuberの覚悟なんだろうか。


 そして、この配信がきっかけかVtuber界隈にドッグ・アジリティのゲーム実況が流行るようになった。もう、このゲームの実況動画が配信・投稿されない日はないといった感じだ。


 Vtuberのファン界隈では、マルクトがこのゲームを流行らせた派とショコラがVtuberで最初に始めた派が喧嘩したとかしてないとか。渦中のVtuberとしてはそんなことで喧嘩しないで欲しい。


 そもそも、俺はゲームを実況しただけだし、本当に凄いのはこのゲームを作った海外の作者だ。俺は所詮ゲームが持っている力を借りただけに過ぎない。



 仕事を終えて家に帰ってきた私。私と兄の生活を支えるためにもがんばって働かなければならない。最近ではカミィのチャンネルも収益化したので、多少金銭的には余裕が出てきた。けれど、まだまだ仕事をやめるわけにはいかない。Vtuberを専業にできるほどの稼ぎはないし。


「くそ!」


 兄が部屋の中で叫んでいる。一体なにがあったのだろうか。


「お兄さん。どうかしたんですか?」


「どうもこうもない。ショコラってVtuberが実況したゲーム。このゲーム、俺が過去に実況動画をあげたゲームなんだ!」


 兄はパソコンのディスプレイの前で項垂れている。それほどまでにショックだったのだろうか。


「そんなたかが、実況したゲームが被ったくらいで……」


「被ったことはどうでもいいんだ。でも、ショコラが実況した時は滅茶苦茶流行っているのに、なんで俺が実況した時は流行らないんだ」


 同じゲームを実況したのに、その反応が全然違う。ゲーム実況をした者なら経験したことがあるだろう。


「しかも、マルクトとかいう企業勢も参入してきたし、これじゃあ国内で最初に実況動画をあげた俺が報われないじゃないか」


 こういうのはタイミングも重要だ。同じゲーム実況でもあげるタイミングによって、その後の伸びに大きく関わることになる。基本的に最初にあげた方が有利ではあるが、後発組が有利に働くことがある。いわゆる、インフルエンサー的な人物が上げた後に上げた方が伸びるケースもある。


 そういう意味では兄は動画をあげるタイミングを失敗したのだ。1度沈んだ動画は中々浮上しにくい。兄もショコラの後に実況動画をあげていれば、注目度はあがったのかもしれない。


「くそ! なにがVtuberだ。カミィ!」


「は、はい!」


 兄が私を本名ではなく、Vtuberでの活動ネームで呼んだ。


「ショコラやマルクトよりも人気になるんだ。俺はそのための協力なら惜しまない」


「い、いや。無理ですよ。ショコラさんは個人勢にしては人気だし、マルクトさんも企業勢で箱推し勢を抱えているから勝てません」


「そうか……無理言ってすまなかった。俺らは俺らのペースでしっかりと地盤を固めて行こう」


「はい」


 兄が熱くなってくれるのはいい傾向だけど、少し過激になっているだけな気がする。でも、私を応援してくれる気持ちがあるのは少し嬉しかったりする。

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