第36話 伸びない動画
「はあ……」
姉さんはスマホを見てためいきをついている。そして、ソファの上にダイブして身を預ける。
「伸-びーなーいー」
姉さんは足をバタバタさせて駄々っ子のように暴れている。姉さんの個人チャンネルのチャンネル登録者数は1050人。動画の総再生数は9500。新人ならそこそこ伸びている部類ではある。だが、姉さんのチャンネルは元々ファンを抱えているバンドの公式チャンネルから分離した個人チャンネル。その割にはあんまり伸びてないのである。
「同期のフミカは伸びてるのになー。なんだよチャンネル登録者数8800人って。もうすぐ、1万いくじゃんか」
姉さんは口をとがらせて拗ねている。動画の投稿本数では、姉さんの方が上なのにチャンネル登録者数と再生数共にフミカさんの方が上なのだ。
まあ、実際フミカさんのチャンネルは面白い。日常の疑問や最新のニュースをわかりやすく、解説してくれるし、独自の考察もある。そういった自身の頭の良さを前面に押し出した強みというのがあるのだ。
面白くて教養が身に付くチャンネルということで幅広い層に受け入れられている。やはり、世の中には一定数知識人ぶりたい人間はいるのだ。フミカさんが好きでチャンネル登録している層もいれば、フミカさんのことは別に好きでもない層もチャンネル登録しているだろう。そうでない層は、フミカさんのチャンネルを見ている自分が好きなタイプが多いと俺は思ってる。
「MIYAは元々2万人のチャンネル登録者数持ってるし……世の中不公平だ」
「いや、MIYAさんも最初からその数字だったわけじゃないでしょ。動画を頻繁にあげて視聴者のニーズをきっちり調べ上げて、ようやくたどり着いた数字だと思う」
実際、ゲーム実況をあげているMIYAさんのゲーム選びのセンスはずば抜けている。これから人気が出るであろうタイトルを先読みして、使い古されないうちに動画をアップする。そういう鼻が利くタイプなのだ。
MIYAさんはゲーム人気で再生数を得るタイプなので、彼女の視聴者は一見さんタイプが多い。そのため、チャンネル登録者数の割には、総再生数が多いタイプなのだ。
ちなみに、ゲームの探索中よく歌って美声を披露しているが、それは賛否両論らしい。美声に聞きほれるタイプもいれば、歌が上手いことをアピールするのが気に入らない層もいる。
「ねえ。琥珀ー。どうして私の動画伸びないと思う?」
「そうだなー……」
俺は姉さんの動画についたコメントを見る。ありがたいことに弱小投稿者の姉さんにもコメントを残してくれる人がいたのだ。
「これ、ミラノ風リゾットの動画なんだけど」
【家庭にある材料で誰でも簡単に作れるミラノ風リゾットの料理動画】というタイトルの動画だ。
「うん。動画映えする動画だったでしょ」
「確かに。でも、これって普通にタイトル詐欺じゃん」
「え?」
「このコメント見て。姉さんがどのご家庭にもあるサフランを投入しますって言ってるシーンに対するツッコミ」
『ご家庭にサフランはない!』
至極真っ当なツッコミだ。料理好きな姉さんは各種調味料を揃えているけれど、一般のご家庭にはそんなに調味料はない。
「え? ないの?」
「むしろ、あると思う方がどうかしている」
姉さんは腑に落ちないという顔をしている。ここを受け入れてくれないと先に進めないんだから、腑に落ちて欲しいところだ。
「まあ、別にSNSでミラノ風リゾット作りましたーって写真をあげる分には、イイネが付くレベルの見映えだと思う。だけど、誰でも簡単に作れると銘打った動画でこれはないだろと俺は思うわけですよ」
要は戦っている戦場を間違えているわけだ。タイトルで誰でも作れると銘打てば、今日の献立に困っている主婦が見てくれるかもしれない。でも、実際はミラノ風リゾットをご家庭で作ろうと思う主婦は日本にそんなにいないのが現状だ。つまり、タイトルの時点と料理内容が見事なまでに噛み合っていないのが敗因であると俺は思ってる。
「じゃあ、どうしろって言うの!」
「タイトルを変えよう」
一見の人に見て貰える要素としては、サムネと動画タイトルが目を引くかどうかである。再生回数も指標に入れている人もいるが、そこは自分で変えようがないので放っておこう。
サムネは黄金色に輝く綺麗なリゾットである。それを変える必要もないだろう。今回問題になっているのは、タイトルだ。このタイトル詐欺をなんとかすれば、再生数は少しは増えるかもしれない。
ちなみにこのタイトルを考えたのは姉さんだ。やはり、姉さんに頭を使わせるとロクなことにならない。
「えー」
「とりあえず、映えを意識した料理ってことをアピールすればいいんじゃないか」
というわけで、タイトルを変えた。姉さんは、リゾットは誰でも作れるだろと言い張っていたけれど無視した。アホの基準……じゃなかった、料理ができる基準の人に合わせても世間一般と
「この調子で他の動画も視聴者にアピールできるように、変えて行こう。どの層の視聴者層に合わせるかちゃんと意識してな」
こうして、姉さんの個人チャンネルをバシバシと改造した。これで効果があるかはわからない。でも、何もしないよりはマシだ。
この改造をして数日が経った。
俺は姉さんの個人チャンネルのことなど、すっかり忘れて自分の3Dモデリングの作業をしていた。師匠に教えてもらった通りに子供を作っているのである。
大方完成して、自分の目でクオリティチェックをしていた時だった。俺のスマホが鳴った。表示されている名前は、賀藤 真鈴。姉さんからの着信だ。
「もしもし。どうした?」
「琥珀! 琥珀! 見て見て! 私の動画がバズってる」
「え? マジで?」
俺は急いでブラウザを立ち上げて、動画サイトにアクセスした。姉さんの個人チャンネルを開くと、全体的な伸びはイマイチだが、1つの動画だけ異様に伸びているのだ。その再生数はなんと6万再生……嘘だろ。この前までチャンネルの総再生数が1万すらいってなかったレベルの弱小チャンネルだぞ。
「どうしよう。なんでこんなに伸びているのかわからないよ」
確かに。姉さんが作った動画は何の変哲もない【親子丼】動画である。サムネも姉さんがあげている他の動画と大差があるわけでもない。タイトルだって特に凝っているわけでもない。
なぜ、こんなに伸びたのか。謎だ。もしかしてSNSかなにかで拡散されているのか?
俺はそう思って、SNSの検索機能を使って姉さんの動画URLを検索してみた。すると、ある投稿Vtuberの投稿が出てきた。マルクト・テラー。企業勢のVtuberでかなり人気のある存在である。SNSのフォロワー数も20万を軽く超えている。
金髪でティアラを頭に身に付けた美しい女王様をイメージしたキャラである。高貴で神々しい存在で女王の威厳がある……というキャラ付けであるが、配信内容やSNSの投稿は正に庶民そのものである。
『この動画を見てたら、親子丼食べたくなった。今日の夕食は親子丼で決まりかなー』
正にそんな庶民感覚の投稿が拡散されて、姉さんの動画が伸びたということか。それにしても、凄いな。このマルクトとかいうVtuber。たった一言で再生数をこんなに伸ばすなんて。
「姉さん。マルクトさんっていうVtuberが姉さんの動画を宣伝していた」
「え? また変なVtuberが私の宣伝してくれたの?」
姉さんの認識ではVtuberは全員変人なのか。まあ、興味ない人間からしたらそう映るのも仕方ないのかなと思ってしまう。
まあ、でも今回伸びたのは偶然運が良かったということか。こんな幸運はそう続くものではない。姉さんも浮かれないでしっかりと地固めをして、伸びる動画を作る地盤を整えてほしいところだ。
「いやー。でも、宣伝してくれるってことは私の動画のクオリティが高いってことでしょ? やっぱり私は凄いんだ華がある存在なんだ」
うん。知ってた。姉さんが調子乗るのは完全に予想通りだった。というか、撮影、編集、サムネの作成は俺がやってるんだけど。タイトルやら概要欄などを設定して投稿は姉さんに任せているけども。
俺としては、早くこのチャンネルが収益化して欲しい。そして、姉さんがスタッフを雇えるくらいの収入を得て、俺から離れて欲しい。そう願うだけだった。
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