第17話 名づけ

「ただいま」


 高校の授業を終えて帰宅する俺。玄関には妹の真珠まじゅの靴があった。なんだもう帰って来てたのか。そういえば、今日は真珠の部活が休みだったな。


「あ、ハクにい。おかえり」


 ソーダ味のアイスキャンディーを口に咥えた状態で真珠がやってきた。真珠はとても髪が短くて、中性的な顔立ちをしている。そのせいか、男子とよく間違えられている。運動神経がいいタイプで、陸上部の期待のエースとして活躍している。その影響からか後輩の女子からは慕われている。勉強に関しては、文系はそこそこできるが、理系が壊滅的。絵も音楽も下手で芸術的センスはほとんどない。


「ハク兄もアイス食べる?」


「ああ」


 真珠が冷凍庫をガサゴソと漁り、中からミルク味のアイスキャンディーを取り出した。


「ほい。ミルク味しか残ってなかったよ」


「ありがとう」


 真珠がソーダ味を食べすぎなんだよ。お陰で他の家族はミルク味を食べるハメになってしまう。ソーダ味のアイスなんてここ最近食べてないな。


「真珠。ちょっといいか?」


「なに?」


 リビングにあるソファの上で寝ながら、スマホを弄っている真珠。無防備な状態でスカートの中が見えそうになる。まあ、妹のスカートの中身なんて別に見たいものではないから見ないけど。


「もし、犬を飼うことになったらなんて名前をつける?」


「え? 犬飼うの?」


 先程まで、俺の話に興味なさそうにしていた真珠が急に眼の色を輝かせて、体勢を起こす。


「いや、仮定の話ね。別に実際に飼うわけじゃないから」


 なんか変に期待させてしまって申し訳ない気分になる。俺はただ、ケルベロスの名前候補を集めたいだけなのだ。


「うーん……そうだな。ショコラって名前にしたら可愛くない?」


「却下」


「えーなんでよー」


 ショコラだと名前が被る。というか、ネーミングセンスが妹と被っているとかなんか嫌だ。


「じゃあ、ハク兄だったらどんな名前を付けるの?」


「俺かー。俺なら……ルビーとか?」


 パッと思いついた名前がそれだった。


「ルビーって。ぷふふ。お父さんとネーミングセンス変わらないじゃん」


「悪かったな」


 うちの父親は鉱物学の研究者だ。そのせいか子供の名前は全部、宝石由来のものになってる。まあ、別に俺も琥珀って名前は嫌じゃないけど。初見の人にどういう漢字か説明するのに面倒だというのがある。宝石の琥珀ですと言っても大抵の人は、琥珀とそらで書けない。わざわざ王偏に虎だの白だの言う必要がある。その点、大亜兄さんはいいよな。大きいに亜細亜アジアの亜で通じるんだ。


「ちなみにどういう犬なの?」


「毛色は黒で」


「ほうほう」


「立ち耳で」


「ふんふん。垂れ耳じゃないんだ」


「モッサモサで」


「モッサモサ!? もふもふじゃないの!?」


「人の指を食いちぎるほど凶暴で」


「凶暴にもほどがあるでしょ!」


「首が3つあるのが特徴なんだ」


「ふざけてるの?」


 そりゃ、そういう反応になるか。俺としては大真面目に特徴を説明したつもりなんだけどな。


「真珠。お前、俺より国語の成績良かったんだから、なにかいい名前思いつくだろ」


「国語の成績とネーミングセンスって関係ないと思うんだけど!」


「ほら、小説家とか文才ある人って名前つけるのも上手いじゃん。だから、国語の成績が高い方がいい名前を付けられる。これは間違いない」


 俺の理論が正しいかは知らない。けれど、賀藤家で一番国語の成績が良かったのは真珠だ。兄さんは理系だし、姉さんはアホだし、真珠に頼る他ない。


「うーん。ちなみに、犬はオス? メス? どっち?」


「あ。しまった。そっちは考えてなかった」


「考えてなかったってどういうこと!?」


 そういえば、ケルベロスって頭が3つあるよな。じゃあ、下腹部についているアレも3つあるんだろうか。ちょっとその辺の事情が気になってきたぞ。


「んーと。じゃあ、生やしてなかったからメスで」


「生やしてない!? さっきからハク兄おかしいよ! 生やしてないって何!」


 アレのモデリングをしてないってことだよ。


「でも、女の子か。だったら、可愛い名前を付けたいよね。じゃあ、美春みはるでいいかな」


「美春? 名前の由来とかあるのか?」


「うん。ウチの学年で一番可愛い子の名前を取った」


「流石に実在の知り合いから名前を無許可で取るのは流石にまずいだろ」


 というか、俺からしてみたら美春さんは知り合いですらない。


「じゃあ、許可取ればいいんじゃない? 真鈴でよくない?」


「よく、犬に姉の名前を付けようと思ったな」


 姉さんならノリノリで許可しそうだけど、そういう問題ではない。姉を犬扱いする趣味など俺にはない。


「やっぱり、お菓子の名前がいいよね。食べちゃいたいくらい可愛いって意味でも。それで、体毛が黒いんでしょ。黒いお菓子……やっぱりショコラでいいじゃん」


「だから、ショコラはダメなんだってば」


「あれもだめ。これもだめ。本当にハク兄はワガママだね。だから、彼女ができないんだよ」


「うわあ。彼氏持ちがマウント取ってきやがった」


 真珠は、賀藤家の兄弟の中で唯一の恋人持ちである。末妹なのに、解せぬ。


「悔しかったら彼女の1人や2人でも作ってみな」


「お、俺が本気になれば彼女くらい3人や4人作れるし」


「それ包丁で刺されるやつね」


 そんなくだらないことを話していたら、いつまで経っても名前が決まらない。話を本題に戻さないと。


「で、真珠はどうやって彼氏を作ったんだよ」


 本題に戻す気などなかった。


「ああ、うん。言いにくいことなんですが、上3人を反面教師にしてたら、自然とできました」


「やかましいわ!」


 残酷な真実。上がダメなら下は要領よく成長するとは言うけれど……恋愛面においては間違いなく、真珠の方が数枚上手うわてだ。


「ちょっと待って……今、黒い食べ物でなにかいいのがないか調べているから」


 結局食べ物の名前で固定なのか。


「うーん。のり、ブラックベリー、黒ゴマかぁ……ゴマとかでいいんじゃない? ゴマちゃんってちゃん付けにすれば可愛くなるでしょ」


「なんかアザラシみたいな名前だな。それに大抵のものは、ちゃん付けすると可愛くなるぞ」


 でもゴマか。英語で言ったらセサミ……ありかな?


「ゴマを英語にしてセサミって名前はどうかな」


「あー。いいかもね。セサミ。なんか健康に良さそうだし」


 というわけで、ケルベロスの名前は黒いという理由でセサミに決定した。それにしても兄妹揃って、命名に食べ物の名前を用いるとかセンスが似すぎてて怖い。


「とにかく名前決まって助かった。ありがとう真珠」


「どういたしましてー。結局、なんで名前を欲しがっていたのか知らないけど」



 俺は早速、SNSでケルベロスの名前が決まった旨を伝えた。


『ショコラの番犬ケルベロスちゃんの名前はセサミちゃんに決定しました。ちなみにセサミちゃんは女の子です』


 この投稿に5分足らずで3桁のイイネがついた。初期の金がないことを呟いて1イイネしか付かなかった時期と比べると、ショコラも人気になったものだ。


 これでケルベロスの名前問題は解決した。だが、個人的にまだ解決していないことがあった。


 それは、ケルベロスにアレを生やす時、3本必要なのかどうか問題だ。


 リアルな造形のケルベロスを作るとしたらこれは避けては通れない問題だ。今回はメスだということで誤魔化したけれど、オスだったら生やさなきゃ不自然ではないのか?


 だが、俺には獣の性事情についての理解が浅い。調べたところで答えが見つからないだろう。だけど、俺には人脈がある。獣系のエロを追求するサークル『プリンセスデモンズ』彼らに訊いてみよう。


 と言う訳で俺はメッセージを飛ばすことにした。


『突然すみません。ケルベロスって首が3つありますよね? もし、ケルベロスがオスだった場合って、股間にあるモノも3本生えてるんですかね? 今後モデリングする際に重要な要素になりそうなんです。後学のために教えて頂けると幸いです』


 数分後、メッセージが返ってきた。


『ファンタジー世界の生物なんで、抜けるかどうか重視して決めればいいと思います。3本生やしてとやかく言われるようだったら、「俺のケルベロスは3本生えてるんだよ」と返せばいいと思います』


 確かに。実物を誰も見たことがない以上、それは創作者が自由に決めていいことだ。流石18歳以上の大人は言うことが違う。勉強になった。


 なんだか一回り創作者として成長できた気がする。俺は参考になった旨を伝えて、お礼のメッセージを飛ばした。

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