第13話 カラオケ
俺は今日も今日とて、作業を行っていた。バーチャルケルベロス(名前未定)を早く世に出したいからだ。
やはり、CGデザイナーとして活躍するには色んなモデルを作れるようにならなければならない。人、動物、背景、その他小物。
今は、ケルベロスが物を食べる時のモーションを作っているところだ。ケルベロスは頭が3つある。その辺の事情も考えて、どう食事シーンを描写するかを考えている。
実際に、犬が食事をする動画を見て参考にしよう。俺は、動画投稿サイトで「犬 食事」で検索して望みの動画を探した。
マルチーズがエサ皿の前でお座りしている動画が始まった。飼い主と思われる人の手が映り、エサ皿に犬用のベッチャベチャしている謎の肉が盛られる。エサが盛られた瞬間、マルチーズがエサにかぶりつこうとする。が、飼い主の「待て」という声にピクっと止まり、切なそうな目でエサを見ている。
飼い主のご機嫌を伺うような上目遣いをする。そして、媚びるように「くぅーん」と泣く。なんだこの可愛さ。お持ち帰りしたい。
飼い主の「よし!」という声に反応して、マルチーズが餌を食べ始める。マルチーズが食べる様子をカメラが色んな方向で撮影する。これが見たかったんだ。
マルチーズがエサを食べ終わる頃に動画が終わった。それにしても、やっぱり犬は可愛いな。よし、動きは大体わかった。これを参考にモーションを作って行こう。
そう思ったその時、動画終了時に出る、関連動画。それが俺の心を掴んだ。色んな可愛い動物のサムネイルが一覧として表示される。サムネイルだけでこんなに可愛いのに、動画で見たらもっと可愛いに違いない。
いや、ダメだ。動画を見ていたら時間が取られる。特にアニマル動画は時間泥棒だ。彼らの可愛さに負けて、次々に関連動画を再生する無限コンボを叩きこまれる。あのコンボを叩きこまれたら最後、2度と沼から抜け出すことができない。
抜け出すなら今しかない。俺は、自身の感情に従い、マウスを操作してクリックした。そして、再生されるアニマル動画――
大丈夫。1動画だけなら。1動画だけならまだ引き返せる。
玄関から家に帰ってくる飼い主。それに気づいた犬がピョコピョコと気づいて、出迎える。犬が床にゴロゴロして、甘えたいオーラを出してくる。しかし、飼い主はそれを無視して、進もうとする。すると、犬は飼い主の後をついていき、めげずにお腹を見せるポーズをとる。それがまた可愛らしい。
そして、動画は終了した。またもや表示される関連動画。しかも今度は気になる動画が2つある。いや。ダメだ。開いてはいけない。動画を見たら時間が吸われる。しかし……
俺は、別窓を使い動画を2つ開いて1つずつ見ていくことにした。その動画も見終わった頃、また関連動画表示される。
ふと、俺のスマホが鳴った。この音は着信だ。俺に電話をする人間なんて少ないけど、誰だろう。そう思って、スマホの画面を見るとそこには【賀藤
流石に姉さんの電話を無視するわけにはいかないので、電話に出ることにした。
「もしもし。姉さん? どうしたの?」
「琥珀。あんたヒマでしょ?」
「ヒマなわけないだろ」
電話してきて開口一番に言うセリフがそれか。こっちはアニマル動画を観ていて忙しいんだ。
「ちょっと今日カラオケに付き合いなさいよ」
「やだ」
「なんでよ」
「友達と行けよ」
「誘ったんだけど、どういうわけか、みんな用事があるんだよね。彼氏がいないとか言ってた子もデートがあるとか言い始めるし」
「じゃあ、
真珠とは賀藤家の末妹。賀藤家の兄弟構成は、社会人の大亜兄さん。バンドマンという名のフリーターの真鈴姉さん。高校生の俺(琥珀)。そして、中学生の真珠の4人兄弟だ。
「真珠もデートだよ! チクショウ! 姉の私を差し置いて、中坊の分際でデートに行きやがって」
真珠は賀藤家の中で唯一の恋人持ちだ。社会人、バンドマン、高校生が揃いも揃って、女子中学生に先を越されている。世の中とは世知辛いものだ。
「仕方ないなあ」
「行ってくれるの!?」
「ヒトカラ専門店紹介するから、そこに行きな」
「既に行ってるわ! だから、たまには誰かと一緒にカラオケ行きたいのー。おねがーい。一生のお願いだから。ねえ!」
なんだこのウザい生き物は。
「大体にして、俺がお金ないの姉さんも知ってるだろ」
姉さんも賀藤家の方針によって、高校生の頃からお小遣いをカットされている。そういう辛い境遇を味わった仲間じゃないのか。
「奢るからー。カラオケ代奢るからー。山盛りポテトも付けるからー」
「お供します。姉上殿」
ということで俺は姉さんと一緒にカラオケに行くことになったのだ。山盛りポテトの誘惑には勝てなかった。俺の若い肉体は今、無性に塩と油を欲しているのだ。
◇
駅で待っていると、改札口から姉さんが出てきた。前髪だけ金髪に染めたスタイルと両耳に付けたピアス。黒一色の服装はかなり目立つ。
「やっほー。琥珀。元気だったー? あんた、また背が伸びたんじゃない?」
「この前測った時、全然伸びてなかったから。いい加減なこと言うのやめてくれ」
中学までは健康診断の度に順調に身長が伸びていたけれど、高校に入ってからは伸びなくなってきている。もう、成長の限界を感じている。
「それじゃあ、いこっか」
俺は姉さんと付かず離れずの距離を保ちながら、カラオケ店に入った。店員に案内されるがまま、俺たちは個室に入る。
「私が先に歌っていい?」
「ああ。好きにどうぞ。俺は飲み物とポテトを注文するから。姉さんはなにか飲む?」
「ウーロン茶がいいな」
「あいよ」
俺は壁にかかってある電話を取り、ポテトとメロンソーダとウーロン茶を注文した。その間に姉さんの選曲が終わり、曲が流れ始めた。
いきなりの爆音から始まる曲。姉さんの口から漏れ出すデスヴォイス。音程があっているのかあってないのかすら判断がつかないほどの声量。鼓膜が破壊されそうだ。なるほど。みんなが姉さんとカラオケを行きたがらない理由が分かった。俺も2度と姉さんとカラオケに行きたくない。
4分ほどの拷問に耐えたその後に、ようやく曲が終わった。だが、それは始まりの終わりに過ぎない。今日は姉さんと2人きりのカラオケ。ロングフリー。まだまだ地獄の時間は数時間も続く。
「ふう。スッキリした」
姉さんが歌い終わった後に、俺が選曲していた歌が流れ始める。姉さんが激しい曲を入れたので俺は落ち着いた曲調の曲を入れた。ああ。もう美しい音色のピアノソロの前奏だけで心が癒される。先程の騒音で荒んだ心が洗われていくようだ。
俺はマイクを手に取り、歌った。この曲は初めて歌うけれど、何度か聴いたことがある。だから、音程とかは掴んでいると思う。
俺が歌い終わる頃、姉さんは目を瞑って、静かにしていた。どうしたんだろうか。
「ん? もう終わり? 琥珀。あんた歌上手いじゃない。姉さんに歌が上手いの隠していたな?」
「そうかな? 自分じゃそうは思わないけど」
「正直、歌声だけなら、私の好みのタイプなんだよねえ。歌っているのが琥珀じゃなかったら、惚れてたわ」
「なんだそれ」
別に姉さんに惚れられても全然嬉しくない。むしろ気持ち悪い。
「だから、琥珀の情報を出来るだけ断つために目を瞑ってた。視界に入れると萎えるから」
「失礼にもほどがあるだろ!」
「なんだよ! 歌声がいいって誉めてるんじゃないの!」
「褒められた気がしないんだけど」
不貞腐れた姉さんは山盛りポテトにケチャップを付けて、バクバクと食べ始めた。
「ねえ。琥珀。あんたさ。ネットに歌声上げてみたら? きっと人気になれるよ」
「は?」
いや、本当に「は?」なんだけど。え? このタイミングで俺にその話するってことは、俺がVtuber活動していることに気づいている? まだ家族にも打ち明けていないのに。
「ほら、歌ってみた動画とかあるじゃん? 琥珀の歌声は綺麗なんだからきっと人気出るよ! だから、配信始めてみたらいいんじゃないかな?」
この言い方なら、俺がVtuberやっていることに気づいてないようだ。
歌配信か。考えたこともなかったな。俺は姉さんとは違って、音楽をやっていこうとは思わなかったから。
「まあ、考えておくよ」
別に肯定も否定もしない。そういうニュアンスの発言をする。その瞬間、姉さんの目が輝きだした。
「おー! やってくれるの!」
「いや、やるとは……」
どういう解釈をしたらそうなるんだ。
「それじゃあ、毎週土曜日は琥珀の特訓だ! あんた声質はいいんだから、後は技術の問題。私がみっちり叩き込んでやるんだから」
「えぇ……」
勝手にスケジュールを入れられてしまった。どうしてこうなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます