第12話 お仕事の依頼

 【バーチャルサキュバスメイドのショコラのCG制作・雑談生配信】。俺はその生放送の枠を取った。


 俺はCG制作とVtuber活動を切り分けて考えていた。けれど、CG制作の様子を配信すれば、Vtuber活動はできるし、CG制作は進むしで一石二鳥だということに気づいた。


 ライブ配信前の同接数は760人。まあまあな数字だ。時間になったので、配信を開始しよう。


「あ、あー。聞こえますか? 音量大丈夫ですか? あ、丁度いい? ありがとうございます」


 ちゃんとマイクが仕事してくれていることを確認してから、俺はCG制作ソフトを立ち上げた。


「ショコラブのみな様。夜ですね。おはようございます。今日は、配信に来てくれてありがとうございます。作業を配信していくので良かったらお付き合いください」


 俺はコメントを逐一確認しつつ、モデリングを始めた。


『今日はなにを作るの?』


「今日作るものですか? お屋敷で飼うペットを作ろうと思います。地獄の番犬ケルベロスですね。頭が3つあるワンちゃんです」


『ショコラちゃん犬好きなの?』


「はい。私は犬が好きですよ。お世話すると懐いてくれるので可愛いです」


 雑談をしながら、犬の形を形成していく。犬の制作はCG制作初心者だった頃に、習作としてやったことがある。割とスムーズに形成できていく。


 実物の犬の資料を見ながら、モデリングをしていく。資料を見ながら作品を作っていくのは大切なことだ。プロですら資料集めに時間をかけるほど、重要な工程。そこを疎かにすると成長することはできない。


『ショコラちゃんに犬として可愛がられたい』

『ショコラちゃんに首輪をつけて散歩したい』


 ちょっと目を離した隙に変態コメントがついていた。性的嗜好タイプの違う2種類の変態が出会ってしまった。同接数が1000に満たない配信なのに、このコラボレーションは奇跡すぎる。


『ショコラちゃんがんばれー \1,000』


「わー。ありがとうございます。がんばりますね」


 CG制作の配信は面白いのかどうかわからなかった。けれど、こうして投げ銭してくれる人がいる。一定の需要があるってことでいいのかな?


『ドッグフード代 \2,000』


「ドッグフード代ありがとうございます。助かります」


 まだ完成していない犬のドッグフード代をもらってしまった。まあ、この犬は仮想空間の生き物なんだから、物を食べる必要がないけれど。


 俺は、ファンのみんなと雑談をしながら楽しく作業をしていく。楽しい。いつも、1人で孤独にやっていた作業だったのに。誰かと一緒に喋っているというだけで、みんなで一丸になって作り上げていく感じがする。作っているのは俺1人でも、ファンの声援が力になり、俺の作業効率が少し上がっている。ような気がした。


 とりあえず大まかな形は完成した。頭が3つある犬の形をしたもの。


「ふー。なんとか形にはなりましたね」


『おお! ショコラちゃん。これで完成なの』


「完成ではありませんね。まだディティールを凝ることもできますし、実際に動かしてみて微調整をする。その繰り返しをしてようやく完成ですね」


 俺はふと時計に目をやる。もうすぐ日付が変わるころだ。サキュバスとしてはこれからの時間が本番なのだろうけど、魂の俺は人間だ。明日、学校がある高校生だ。素直に寝たい。


「それでは、キリがいい所ですし、本日の配信はここまでに致しますかね。これからご主人様のお世話をしなければなりませんから」


 これから寝たいので配信を切ります。そう言ってはいけない。ショコラはサキュバス。俺はショコラを演じている。サキュバスが夜に寝るという夢を壊す発言をしてはいけない。どこぞのギャル吸血鬼じゃないんだから。


『ご主人様に夜のお世話?』


「夜のお世話……ふふ、意味深な言い方ですね。私はサキュバスですけど、清純派です。みな様がご想像なさっていることは致しません」


 サキュバスとメイド。それは男のロマンと言ってもいい。その2つを組み合わせれば売れる。このモデルを作った時の俺は本気でそう思っていた。けれど、実際はそんなに売上が上がらなかった。結構モデルの出来もいいと思うのに、残念だなあ。


「それでは、そろそろ配信切りますね。遅くまでお疲れさまでした。さよなら、さよなら」


 こうして、俺の配信は終了した。俺はこのままパソコンの電源を落とし、部屋の電気を消して就寝することにした。



 翌日。学校終わりに、俺はまた活動を開始する。まずは、チャンネル登録者数のチェック1万8000人! 凄い! 2万人が見えてきた。SNSのフォロワー数1万2000人! ん? なんだこれ。メッセージが届いているぞ。


『初めまして。ショコラ様。私は同人ゲームサークル【プリンセスデモンズ】の代表です。先日のショコラ様の生配信を拝見させて頂きました。あなたのモデリング技術は素晴らしい。当サークルのゲームのイメージに合致するデザインセンスです。もし、都合がよろしければ、3Dモデリングの依頼をしてもよろしいでしょうか? もちろん、報酬はお支払いします。ぜひご検討のほどお願いします』


「え?」


 俺は目を疑った。まさか、俺にCG制作の依頼が来るとは思わなかった。しかもきちんとした報酬付きだ。プリンセスデモンズ。どういうサークルなんだろう。調べてみよう。そう思って、俺は検索エンジンをかけた。


 しかし、見つかったのは、SNSのアカウントだけ。その紹介文も現在ゲーム制作中というものだった。新規のサークルでまだ作品を出していないのか。どういう作品を出すサークルなのか知りたかったな。


 そうか……なにも俺自身が3Dモデルを売りに出さなくても、新規に俺に制作依頼をくれるという可能性もあったのか。そういう稼ぎ方もある……そして、このCG制作も俺の実績になる。これで実績を上げれば、ショコラの宣伝にもなって、3Dモデルが売れる! 完璧な論法だな!


 ということは、善は急げだ。待遇とかその辺を確認しないとな。


『メッセージありがとうございます。ご依頼を受けるにあたって、いくつか質問がありますがよろしいですか? 私が企業に向けて提出するポートフォリオに今回の成果物を載せることは可能でしょうか? 次に、ゲームのクレジットに私の名前は載りますか? 最後に報酬についてお聞きします。私は何体の3Dモデルを制作し、いくら頂けるのでしょうか?』


 俺は以上のメッセージを送った。この辺はきっちり確認することは大切だ。著作権や守秘義務等の関係でポートフォリオに載せてはいけない案件もある。それに、クレジットに名前が載らないんだったら俺の存在は秘匿されることになる。つまり、このゲームに携わりましたって宣伝もNGだ。この辺のルールは師匠が教えてくれた。


 しばらく待っていると返信が来た。


『ポートフォリオの掲載はご遠慮願いたいです。申し訳ありません。クレジットについては、掲載する予定です。ご希望なら裏名義でも可能ですよ。現在の予定では、4体で500万円(消費税等抜き)をお支払いする予定です。前向きに考えて下さるのでしたら、打ち合わせをしたいのですが、よろしいですか?』


 4体で500万円!? 1体当たり125万円。ショコラの総売上を軽く凌駕している。4体をどれくらいのクオリティで仕上げるのかは要相談だろうけど、500万は魅力的な金額だ。ゲーム用のキャラだからモーションとかその他諸々がついて大変だろうけど、やる価値はあると思う。


『わかりました。ぜひ前向きに検討したいと思います。今度打ち合わせをしましょう』


『はい。あ、すみません。言い忘れていたことがありました。当サークルは18禁向けのゲームを制作しているのですが、大丈夫でしょうか? ニッチなジャンルでして、獣系のエロを扱う予定なんです』


「え?」


 いやいやいや。無理に決まってるでしょうが! 俺は高校生だ! 18歳未満だ。そもそもこの案件の受注資格がない! 終わった。折角、仕事が舞い込んできたと思ったのに。しかも獣系のエロってなんだよ。そうだよな! あのケルベロスの出来を見て依頼を寄こしたんだから、そうなるわな!


 チクショウ! 俺が18歳未満だから! チクショウ! どうして、18禁なんて概念があるんだ。そんなもの俺の同級生の男子でも律儀に守ってるやつなんかいないのに。


 俺は手にしてもいない500万円を失った気分になり、涙を飲んでお断りメッセージを送った。俺が後、数年早く生まれていればこんな悲劇は起こらなかったのに。

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