俺と鎧武者と渡辺さんの、恋と部活とハッピーエンド。
椎堂かおる
第1話
武士が現れた。
「やあやあ我こそは○○○○○、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ」
武士だった。
名前のところは伏せよう。いまいち聞こえなかったし。それに、本名が知れ渡ると武士の
俺はコンビニから出てきたところに、いきなりその武士と遭遇した。
夕方の、うっとおしく小さな虫が飛び回る時刻で、俺は部活の帰りだった。それで、弓を背負っていた。それがまずかったのか。
弓道部だった。
「名うての
武士が馬上から言った。
「いいえ、ただの高校生です」
俺は
成績は中の中、身長も中の中、顔はというと、集合写真から自分で自分の顔を見つけられないくらいの、平々凡々で、存在感の希薄な青少年だった。
「ここで
やる気まんまんの武士は顔が濃かった。
それに対する俺は猛烈に顔の薄い男だ。
「手合わせとか無理っす。だって俺、弓しか持ってねえし。それにこれ、別に上手いわけじゃないんす。部活だから、持って行ったり持って帰ったりしてるだけで。第一、矢がねえし」
それ以前に、人間に矢なんか射掛けて、万が一当たったらどうすんだよ。死ぬかもしれねえじゃん。そんなことしたら俺はどうなるの。平々凡々な高校生生活に終止符が打たれちまうじゃんかよ。
「逃げるとは卑怯なり」
別にまだ逃げてねえのに武士にはそう言われた。
「いや、だって、ほんとに下手だし。その
「無論」
それって殺すってこと?
「
「渡辺さんとは誰ぞ」
武士が真剣に俺の恋愛相談に乗っていた。
「中学ん時から、好きで。ちょっといいな、って思ってた女の子っす。子供の頃からずっと弓やってるとかで。高校も、弓道部あるところをって志望して受験してて。俺、その時は別に渡辺さんとどうこう、って思ったわけじゃないんすけど……高校とか、別にどこでもよかったし。でも、その割には、けっこー頑張って、勉強もして。なんとか受かったんで良かったですけど。それで弓道部入って……」
ぶつぶつ
「入ったのはいいけど。渡辺さん、すっげー上手くて。そりゃそうですよね。子供の頃からやってんですもんね。ぽっと出の俺とは違って当然っすよね。それで何か、
段々落ち込みながら、俺は語っていた。どうしようもなく
「かわゆいのか」
武士然とした顔つきで武士は硬派に言い切る。
「かわゆいです……」
俺は渡辺さんの、ポニーテールにしたまっすぐな黒髪や、きりっとしててもサクランボ色で可愛い唇とか、ばら色のほっぺたとか、弓道部の紺色の
渡辺さんはたぶん可愛すぎる。
「渡辺の、なんと申す姫じゃ」
「姫って、別に姫じゃないですけど。渡辺、
女子たちには、はるっちとか呼ばれている。
はるっちって雰囲気じゃねえじゃんと思うけど。ガサツな女子どもに、はるっちオハヨーとか言われて振り向く時の渡辺さんの、控えめだけど美少女そのものの笑顔が俺の胸に毎朝ガツンと来る。
でも通りすがりのエキストラのふりして、俺はいつも通り過ぎる。たぶん渡辺さんに実在の人物として認識されてすらいない。
「そなたはその、春奈姫を、我が物にせんと欲するのじゃな」
「我が物にっつーか、そんな……」
我が物にした場合のことがいろいろ
もちろん内心だけだ。人通りのない田舎のコンビニ前とはいえ、本気でじたんばたんしてたら通報される。武士が通報されないのが謎なくらいだ。
「
武士がまた断言した。
「えっ、
ポカーンな俺の前で、武士はきりっと夕日を
「これも何かの
宣言する武士に、俺は
「いやっ、そんなっ、いいっす!
「いざ
俺は武士に
待っていてください、渡辺さん。今行きます。
渡辺さんはまだ、部活のあとも居残って、自主練しているはずだった。
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