2-8 戸倉柊夜との邂逅
親睦会の翌日。桜は学校へ登校してきた空を見て、昨日よりも大分緊張が解れているように感じた。昨日泣いたことが、空にとっていいストレス発散になったのなら、良かったのだが。
桜がそう安堵していると、翔も空を見て、軽く微笑んでいた。翔も空の心の壁に気がついていたのだろうか。翼もだけど、本当に人をよく見ている双子だよなぁ。と、桜は心底感心していた。
そして今日も桜は平穏に過ごし、放課後。桜はいつも通り、翼についての手がかりを探していた。今日は人通りの多い公園付近を捜索しようと決め、早一時間。いつも通り収穫はなく、一旦どこかで休もうと、近くにあった公園へ入り、ベンチで一息つく。
これからどうしたものかと、空を仰ぎながら考えていると、聞き覚えのある声が、前方から聞こえてきた。
「あれ? 君は……昨日の空ちゃんのお友達?」
桜が視線を下げると、そこにはいつの間にか、見覚えのある男性が立っていた。確か、昨日会った空の想い人……だったよね。確か名前は────。
「あっ。ごめん! そういえば名乗ってなかったね。僕は
桜が少しの間、目の前の男性について考えていると、男性──戸倉が、自己紹介をしてくれた。桜もそれに倣い、ベンチから立ち上がり、軽く頭を下げ、自己紹介をする。
「戸倉さんですね! 私は西連寺桜と言います! 杜丘高校の二年生で、空と同じクラスで仲良くさせてもらってます!」
「あはは。桜ちゃんは元気だね。あ、ごめんね立たせちゃって。よければちょっとベンチで座ってお話ししない?」
「はい! 全然大丈夫ですよ!」
戸倉の提案を桜は二つ返事で了承し、二人は並んでベンチに座る。桜が何を話そうかと悩んでいると、先に戸倉が神妙そうな顔で、話しかけてきた。
「……ところで、空ちゃんの事なんだけど……。友達の君に聞くのもアレなんだけど、彼女は学校で楽しくやれてるかな……?」
そう少し心配そうに、戸倉は桜に質問する。前の学校での虐めのことで、やっぱり今の学校での生活も気になるのかな。と、桜は一人納得する。そして、満面の笑みを浮かべ、ポンッ、と自身の胸に手を当てる。
「もっちろんです! 空は元気で楽しそうに学校へ来てくれますよ。これからも、空のことは私達が守りますから、安心してください!」
「……ありがとう。君のような友達が空ちゃんに居てくれて本当に良かった。……もう、あんな思いは空ちゃんにはさせたくないしね」
桜の言葉に戸倉はホッと安堵したように微笑む。
あんな思い、とは、十中八九虐めの事だろう。桜は戸倉の言葉を聞き、本当にこの人は空のことを大切にしてくれているのだな。と、安堵する。
そこまで考えて、桜の中にふと、ある疑問が生まれた。戸倉さんは空のことをどんな風に好きなのだろうか? と。養子を提案するくらいだし、妹のように思っているのだろうか。完全にただの好奇心なのだが、少し探りを入れてみよう。と意気込み、桜は戸倉を見やる。
「本当に、空のこと大切なんですね。でも大丈夫ですよ。空は可愛いし、愛嬌もあるので男子人気高いですよ? 嫌われることなんてないと思います」
桜の言葉に、戸倉はピクリと眉を動かす。その反応は誰から見ても、空が男の人にモテる事をあまり良くは思っていないような反応だった。しかし、これだけでは、妹に悪い虫がつくのが嫌な兄と、区別がつかない。実際うちの兄も、私に彼氏とか出来ても、絶対いい顔はしないだろうし。なら、もう一押ししてみようか。と、桜が考えていると、それより早く戸倉が口を開いた。
「……そっか。空ちゃん可愛いもんね……。彼氏が出来てもおかしくない年頃だしね……」
「やっぱり、可愛い妹だと思ってた子に彼氏ができるのって、複雑ですか? でも、大丈夫ですよ。悪い虫は私達が払いますし!」
「うっ……。そ、そうだね。ふ、複雑だよ? なんせ可愛い、妹分……だし……」
戸倉の言葉に、桜はチャンスだと思い、畳みかけるように質問を続けた。そして桜の言葉に、戸倉はあからさまに言葉を詰まらせ、しどろもどろになる。そんな戸倉を見て、桜は確信した。あ、これ、両想いじゃね? と。桜はニヤつく顔を抑え、なにも気付かないふりをして、戸倉に、わざとらしい口調で声をかけた。
「あっれー。どうしたんですか、戸倉さん。具合でも悪いんですか?」
桜の顔は、まったく顔のニヤつきが抑えられておらず、戸倉の反応を面白がっているのがバレバレだ。
桜の言葉に、戸倉は視線を彷徨わせ、露骨に狼狽える。そして段々と気恥ずかしくなったのか、顔を赤らませ、俯き始めた。流石にやりすぎたかな? と、桜が反省していると、観念したように戸倉は言葉を紡いだ。
「もう……桜ちゃんって意地悪だよね。分かってて言ってるんでしょ。……でも、その通りなんだよなぁ……。うん、そうだよ。僕は………空ちゃんが好き……だよ」
戸倉の答えに、桜は目を輝かせて戸倉を見やる。戸倉は、完全に顔を茹でダコのように真っ赤にし、恨めしそうに桜を見ていた。その様はとても年上の男性とは思えないほど頼りなく可愛らしい。先程までとはまるで別人のようだった。恋する男の子ってこんな感じなのか。と、桜は一人納得する。
「えへへー。ごめんなさい! でも、なんで空が好きなら養子にするって提案したんですか?」
「あはは。いいんだよ別に。僕が勝手に墓穴掘ったってのもあるしね……。というか、養子って。空ちゃんそんなことまで話したんだ。なんか、ほんと恥ずかしいなぁ」
そう言い、戸倉は右手で頭を搔く。そして暫く言葉を選んだ後、桜を正面に見据えた。
「うーん……なんて言うか……。とりあえず、法律的には養子でも結婚出来るよ。まぁ、結婚するかどうかっていうのは空ちゃん次第なんだけど! それに、空ちゃんを施設に預けて、ひとりぼっちにしたくなかったし。あの子、どうも限界まで一人で頑張ろうとする癖があるみたいだしね……。まぁ結局断られちゃったんだけどね」
そう戸倉は恥ずかしげな様子で、桜に胸の内を明かしてくれた。その言葉に、本当に空のことを大切に思って考えてたんだな。と、桜は感激した。きっと私にとってのヒーローが翼なように、空にとってのヒーローは戸倉さんなんだろうな。と、桜は思い、戸倉を尊敬の眼差しで見つめた。
「戸倉さんは、空にとってヒーローなんだと思います。だから、もっと自分に自信を持ってください!」
「……ありがとう。空ちゃんが心を許しちゃうのも頷けるなぁ。桜ちゃんって、ほんとにいい子なんだね」
「えへへ~。なんか照れちゃいますね!」
戸倉の言葉に、桜はなんだが気恥ずかしくなり、軽く頬を赤く染め、右手で頭を搔く。完璧な人かと思ったけど、戸倉さんってなんだか親しみやすい人なんだなぁ。と、桜は思い、顔を綻ばせた。
「あ、もうこんな時間か。桜ちゃん。今日はもう遅いから、また今度空ちゃんの学校の様子とか教えて欲しいな。あぁ、良ければ送るよ?」
「いえ! 大丈夫です。こう見えて結構体力には自信あるので!」
戸倉は思い出したように自身の腕時計を見て、桜に帰るよう促す。ありがたい申し出だったが、桜はそれを元気よく断る。帰り道でも翼の手がかりを探すつもりだったからだ。
桜の返事に、戸倉は少し心配そうな顔をし、眉を顰めた。
「そう……? なら、気をつけて帰ってね?」
「はーい! それでは、失礼しまーす!」
戸倉は引き留めることはしなかったが、複雑な表情をし、桜を気に掛け、言葉をかける。それとは対照的に、桜は元気よくベンチから立ち上がり、大手を振って、その場を去った。そんな桜を、戸倉は少しだけ心配そうに見つめた後、笑顔で手を振り返し、見送る。
結局、翼の手がかりは得られなかったけど、実りある日だったな。と、桜は浮き足立って帰路に着いた。
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