2-6 全力投球、親睦会!

 空と雪月が転入してから一週間。特にこれといったことも無く、平穏に日常が過ぎていた。

 親睦会はとりあえず空や雪月の環境が落ち着いてから、ということで、もう少し後に行われることとなったのだ。

 長門と玲一は、雪月と空が転入した次の日から、普通に昼食を一緒に食べるようになったので、その時に紹介した。

 今では長年連れ添った仲良しグループの様になっており、親睦会の前にかなり仲を深めていたのだ。


 しかし、翼に関する手がかりや、ゲームを盛り上げるために何をするかなど、肝心なことは何も進展していない。桜なりに、誰にも気づかれないように必死に探しているのだが、手がかりはなし。正直、かなり厳しい状態だ。雪月も特に助言してくれることはなく、桜もまた、無理に聞き出すことはしなかった。


 そんなこんなで、結局何も起きることなく一週間が経った今日。翔が、親睦会を今日にしよう。と言い出したのだ。今日は特に全員予定はなく、放課後、急遽親睦会が開かれることとなった。

 参加者は、桜、海月、空、翔、雪月、長門、玲一の七人。桜達は学校が終わった後、一旦家に帰ってから、高校近くのカラオケ店で待ち合わせをすることにした。


「……と、言うわけで。ゆっきーと空ちゃんの転入を祝して! かんぱーい!」


 翔の掛け声とともに、皆一様にグラスを掲げ、乾杯の声を上げた。

 その後、歌を歌って歌唱力を競ったり、他愛ない雑談などをしたりして過ごした。

 初めて聞く空の歌声は、点数的には八十くらいだ。しかし、桜には天使のように澄み切った、透き通るような歌声に聞こえていた。やはり彼女は天使なのでは? と、桜は空の歌を聴きながら真剣にそう考えていた。

 雪月はと言うと、百点ではなかったものの、九十八点を叩き出す程、洗練された歌声を披露したのだ。これには桜は悔しいより先に、素直に感動した。ただ普通に悔しかったので、何度か点数対決をしたが、当然全敗。桜の歌声は平均的なもので、得意な歌なら九十前後の点数は取れる。しかし、高得点しかとらない雪月に、その程度で勝てるはずもなく、桜は膝をつくこととなったのだ。

 そして一通り全員が思い思いに楽しんだ後、玲一の提案で、王様ゲームをすることとなった。長門の提案で、簡単かつ相手を不快にしない命令のみ。という制限付きで、ゲームは始まった。制限付きではあったものの、かなり盛り上がり、皆、笑ったり騒いだりして遊んだ。空も最初は戸惑っていたものの、最後はかなり慣れてきた様子で笑っていた。


「うーん、じゃあ三番と六番の人。みんなの飲み物を取ってきて欲しいな」


 そして最後の王様に、長門が選ばれ、命令を下す。その命令の後、露骨に桜は嫌そうな顔をして、自分の手元にある『六』と書かれた紙を見下ろした。


「うげぇ! 私六番じゃーん!」

「あっはっは! 頑張れさくちゃん! あ、俺コーラね」


 心底愉快そうに、翔は手を叩いて桜を笑う。その反応を見て、絶対翔のドリンクにやばいもの混ぜてやる。と、桜は心に固く誓った。そして桜はもう一人の相方を探すべく、周りを見渡す。


「えーっと、三番は誰かな?」


 桜がそう問いかけると、とても不本意そうな顔をした雪月が、ゆっくりと立ちあがった。


「……俺だ。いくぞ、桜」


 そう言って、雪月は桜より先に部屋を後にする。……誰からも飲み物のリクエストを聞かずに。


「ちょっ、待ってよー!」


 桜は全員の飲み物リクエストを聞き、急いで雪月の後を追いかける。

 桜が雪月に追いつくと、彼はドリンクバーの前で険しい顔をしていた。誰からも何を飲むか聞いていないから、持っていくものを悩んでいるのかと思い、桜は駆け足で雪月に近づく。そして雪月の真横まで行き、桜はわざとらしく唇を尖らせ、雪月を軽く睨んだ。


「もー! なんでリクエスト聞かずに出てっちゃうの!」

「……あぁ、すまない。……少し思うところがあって、考え事をしていた」


 桜の言葉に、雪月は素直に謝罪する。しかし、謝罪する時ですら雪月は何処か上の空だった。一体何を考えているのやら。と、桜は呆れたように溜息を吐く。

 桜が全員のリクエストを伝え、飲み物を入れている時も、雪月は険しい表情のまま。桜は、ずっと険しいままの雪月を流石に心配し、声を掛けようとする。しかし、それより先に雪月が小さく声をかけてきた。


「随分と余裕、なんだな」


 雪月の若干怒りの混じった呟きに、桜は困惑する。

 余裕、とはいったい何のことだろうか? 何故雪月は怒っているのだろうか? 様々な疑問が浮かんだが、正直、桜には思い当たることがなかった。桜は小首を傾げ、ドリンクバーのところに向けていた視線を雪月に移す。考えても分からないなら直接聞くしかないと、なるべく雪月を刺激しないよう、問いかけることにしたのだ。


「えーっと、ごめん。余裕って何が?」

「……東雲翼のことだ。何も手がかりが得られてないって言うのに、こんな所で油を売っていていいのか? それとも、もう諦めたのか?」


 いつになく低い声で、雪月は桜を睨む。その様子はまるで、桜よりも翼を心配しているようにも見える。雪月は神の側なのだから、翼を利用している側のはずなのに。

 桜は少しだけ返答を考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「えーっと、諦めてないよ? ちゃんと毎日探してるし。あと今日の親睦会は油売ってる訳じゃないよ?」

「じゃあなんだって言うんだ? 俺にはただ遊んでいるようにしか見えないが?」


 桜の気の抜けた返事に、雪月は挑発的に言葉を返してきた。その言葉に桜はムッとしたような表情をし、雪月を睨み返す。


「ただ遊んでるんじゃなくって、仲良くなるために遊んでるの! それが親睦会でしょ? 翼のことだって、ちゃんと探してるよ。でも、雪月君や空とも仲良くなりたいし。根詰め過ぎてもみんなに心配かけるだけだって、なんでわからないかな」

「はぁ? そんなもの、わかりたくもないねッ! こうしている間にも、翼は誰かに殺されるかもしれないんだぞッ!? お前はそれでいいのかッ!?」


 桜の不機嫌そうな返しに、雪月は今までにないくらいの剣幕で怒鳴り返した。

 そして、完全に翼を思いやる言葉を吐いた雪月に、桜は目を丸くする。

 雪月も失言に気づいたのか、自分の口を手で押え、気まずそうに俯いた。お互いかける言葉を失い、しばらく二人の間に沈黙が続く。しかし、その沈黙を桜の呟きが破った。


「……雪月君がなんで翼の心配するのかわかんないけど、ありがとね。でも、私は翼を信じてる。簡単には死なないって」


 桜の言葉に雪月は、ゆっくりと、下げていた視線を桜の方へ向け、弱弱しく言葉を紡いだ。


「……どうして、そう言いきれる? 根拠はなんだ」


 桜はその質問に、満面の笑みを浮かべる。そして迷うことなく、焔の如く燃え滾る深紅の瞳を雪月に向け、言い切った。


「だって翼は、私の『ヒーロー』だもん」


 桜の答えに雪月は少しだけ目を見開いた後、ふっ、と軽く微笑む。そして澄んだ灰色の瞳に憂いを帯びさせ、桜を見つめ、言葉を紡いだ。


「そう……か」


 雪月がどうして翼を心配するのか、桜は気になりはしたが、あえて聞かないことにした。それは、いつか雪月の口から教えてもらえる事を期待したからだ。

 その後二人は個室へ戻り、それからしばらくして七人は解散した。

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