2-4 二人の転入生

 桜が教室へ入ると、最初に海月が笑顔で出迎えてくれた。


「おはよう。今日も早いね、桜ちゃん。例の同居人さんのおかげかな?」

「おっはよー! あははー。まぁね。うーむ、やっぱり朝ってダメだなぁ」

「確かに。せっかく一人で起きるって翔くんの迎えを断ったのに、結局誰かに起こしてもらっちゃうんだもん。それじゃあ意味無いよね」

「えっ? あ……」


 海月の何気ない言葉に、桜は内心穏やかではなくなる。別に、海月の軽口が嫌だった訳では無い。単に、翼がいなくなったことを思い出させるような言葉だったからだ。

 あれから三日経つが、翼の手がかりは見つかっていない。神の言う盛り上げる方法も特に思いつかず、収穫はなかった。どうすれば、翼に近づけるのか。自分には何ができるのか?  いくら考えても、その答えは出ない。

 と、桜はそこまで考えて、海月が心配そうに桜を見ていることに気がついた。考え事に夢中で、海月と話していることをすっかり忘れてしまっていたのだ。


「あっ! ご、ごめん! そうだね! いやぁー翔に申し訳ないなぁー」


 咄嗟に返事したせいか、桜のそのセリフは、かなり棒読みなものになってしまった。

 そんな桜の様子に、海月は今にも泣きだしそうな顔になる。軽口のつもりが、桜をそこまで傷つけてしまったのか。と、海月は謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、第三者が二人の間に割って入った。


「おっはよー! さくちゃんにみっちゃん。何々、喧嘩? 珍しいね」

「ち、違うよ! 私が余計なことを言っちゃっただけで……!」


 喧嘩、という言葉に海月は顔を青ざめさせる。そしてすぐに翔に詰め寄って、翔の言葉を否定した。

 そんな海月の様子に、桜は本格的に誤解を解かないとまずいと思い、二人の間に割って入る。


「えっ、ち、違うって! ちょっと最近朝早くて、ボーッとしてるだけだったんだよー! 海月ごめんよぉぉぉ!」


 などと、プライドをかなぐり捨てて、海月に泣きついた。海月は泣いた桜を宥めようと、顔を青くしていたことも忘れ、慰めの言葉をかけまくる。

 その光景に、翔は堪えきれないとばかりに、笑い転げ、桜の顰蹙ひんしゅくを買った。


「ぶふっ! あは! あっはははは! いや、二人とも、ほんっとに仲良いねぇ!」

「なっ! 人の泣き顔見て笑うなぁ! 翔はほんっとにデリカシーないなぁ!」

「だいじょーぶ。さくちゃんにしかやんないよ?」

「大丈夫じゃないけど!?」


 二人のくだらないやり取りに、海月は毒気を抜かれたようにポカンとするが、すぐに微笑む。それを横目で翔は確認し、安堵する。そして、今思い出したかのように、翔はすかさず話題を変えた。


「あ、そういえばさ。今日だよね。転入生がくるの」

「うん。確かそうだったよね。転入生が二人なんて、ちょっと贅沢な気分だね」

「可愛い子かな!? げっへっへー! かわゆい子来るかなーー!」


 桜達が転入生たちの話をしていると、他のクラスメイト達もそれにつられてか、話題を転入生に変えた。皆、まだ見ぬ転入生に夢を抱き、期待しているのだ。

 その後、他愛ない会話を交わした後、始業のチャイムが鳴り、三人は席に着いた。


 ガラガラガラ


 そして、ゆっくりと教室の扉が開く音が聞こえ、担任の白浜先生が入ってきた。


「はーい、皆さん。おはようございます。えー、知っているとは思いますが、今日は転入生が二人、うちのクラスに来ます。二人とも、入ってきてくださーい」


 覇気のない声で、白浜先生がそう言うと、再び扉が開き、二人の人物が教室に入ってきた。一人は知った顔の雪月君。彼は特に緊張した様子はなく、真顔で、堂々とした立ち振る舞いで教室に入ってくる。

 しかし、問題はもう一人の転入生の方だった。体をガチガチに固まらせ、まるで機械のような動きで教室に入ってきたのだ。それは、小柄で、サラサラしたショートカットの黒髪に、若干つり目がちな大きな黒目が特徴の少女だった。


零峰れいみね雪月ゆづきです。親の都合でアメリカにいましたが、色々あり、日本へ戻ってきました。まだ慣れないことも多いですが、よろしくお願いします」


 簡潔に、そして礼儀正しく自己紹介をする雪月に、クラスの皆は感心する。一部の女子は小声で黄色い声を上げ、沸き立っていた。翔がイケメン要員なら雪月君は可愛い要員だろうか? と桜は内心面白がっていた。

 さて、問題はもう一人の少女の方だが……。


「あ、あの! 親の都合で急遽引っ越すことになって。で、でも、身内で不幸があって引っ越しが先延ばしになって、今日になってしまいました! 不束者ですが、これからよろしくお願いします!」


 かなり緊張し、自分の名前すら言い忘れた自己紹介ならぬを、少女は行う。しかし、無事に自己紹介を終えたと思っている少女はホッ、と息を吐く。そんな少女に、白浜先生は少し困った顔で、少女に言葉をかけた。


「ごめんね、郡さん。名前も、一緒に言ってくれると助かるな」


 その言葉で、自分が名前を言い忘れたことを思い出したのか、少女──『郡さん』は顔をリンゴの様に赤く染める。そして、暫く金魚の様に口をパクパクと動かしていた。

 その様を凝視していた桜は、


「ご、ごめんなさい! あの、こおりそらです。よろしくお願い致しましゅッ!」


 ────あ、この子天使だわ。と、直感した。


 思い切り噛んでしまい、空は今にも泣きだしそうな顔をし、俯く。そんな彼女に、もはや衝動を抑える気すらない桜は、ガタンッ、と徐に席から立ち上がった。


「可愛いーーー! 天使! 超天使ぃぃぃッ!」


 そして叫び声をあげ、空に抱き着いた。突然の出来事に、空は目を丸くし、雪月は呆れて、白い眼を桜に向けていた。クラスの皆は、そんな桜の奇行に、大爆笑していた。

 

 そんな混沌とした状態を、白浜先生が何とか収め、自己紹介──否、は終わった。

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