1-11 東雲翼という存在

 前提として、世界には『神』が存在しており、その神こそ自分だ、ということだった。そして、神はある程度なんでも出来る。

 しかし、万能は時として、暇なものらしい。そこで人間を使って暇をつぶそうと、様々な事を試したという。

 しかし、ネタも尽きてきた頃、人間の書いた娯楽を読み漁り、閃いた。


 ────これと同じことを、実際に人間たちにさせてはどうか? と。


 人間からしたらはた迷惑な思いつきだ。しかし神は早速デスゲームや脱出ゲーム、バトルロワイヤルなど、その時の気分で様々なゲームを催した。

 因みに、運営の役に立つようにと作られたのが、仮面の少年達のような『使徒ヴォイド』だと言う。元々いた使徒ヴォイドたちだが、このはた迷惑な思い付きが始まってから、フル動員されるようになったそうだ。

 しかし最近になって神は、ただ普通に勝者の願いをひとつ叶えてやる、ということに面白みを感じ無くなっていた。なので、こう考えたのだ。


 ────勝者を、新たなる『神』にしてしまえばいいのでは? と。


 そろそろ悠久の時を生きることに飽きてきた頃だった神は、あっさりとそう決め、準備に取り掛かった。


 ────というのが、『神』の言い分で、説明だった。


「──と、言うわけだ。なので今回は少しばかり大規模なものでな。いつもは人数制限を設けるのだが、今回はそれを撤廃し、素質あるものを使徒たちに選ばせている。そして私の用意した『最高傑作』を殺したものに、神となる資格を与えると伝えさせたのだ」


 神はここまでの説明をゆっくり、噛み砕いて桜に教えた。途中、あまりの横暴さに、桜は何度ぶん殴りたいと思ったか、数え切れなかったが。

 しかし、そんなことをしてしまえば、聞きたいことすら聞けなくなる可能性がある。なので、説明が終わるまで、桜は拳を握りしめて耐えていた。


 神の説明からして、今回起こっている出来事の参加者……ピューパというらしいのだけど。その人たちは何人もいる。そしてこれからも増える可能性がある、ということだ。終わらせるためには、神の用意した最高傑作とやらを殺さなければいけないらしい。しかし、ここで桜の中にある疑問が生まれた。


「でも、じゃあなんで私が毒嶋って人に殺されかけたの? 人違い?」


 そう。今までの神の説明だと、最高傑作以外殺しても、神になれるわけではない。では、何故毒嶋は他の異能者をわざわざ殺そうとしたのか。人数減らしにしても、参加者ピューパが増え続けるというルールなら、無駄に体力を消費するだけのように、桜は感じた。もし、毒嶋がただの快楽殺人者だったとしても、桜に、何人殺した? と、さも当然のように聞くだろうか? 別に殺す必要のないルールなのだから、殺すことを当然、などと普通思うだろうか? 

 自分が参加者ピューパだと間違われたのだとしても、どうにも殺されそうになったことに釈然としない。

 なので桜は神に問いかけたのだ。すると神は、桜の質問に薄く笑みを浮かべ、桜をしやり顔で見やった。


「まぁそう急くな、と言っても無駄か。毒嶋遼真がお前、ひいては他の参加者ピューパを殺した理由は至って単純。力を増幅させるため、だ。他の参加者ピューパを殺せば、そいつの持っている異能スキルを奪うことができる。まぁ、適合できれば、だが。また、適合しなくても、元々の異能スキルを強化することも可能だ」

「な……ッ!」


 それを聞いて、桜は先程まで毒嶋が喚いていた言葉を、ようやく理解することが出来た。毒嶋は、透明化(インビジブル)の異能スキルはそもそも別のやつの異能スキルだ。と言っていた。きっと、透明化できる誰かを殺して手に入れたのだろう。そして、桜に殺した人数を聞いたのは、どれだけの人の異能スキルを手に入れたか、知りたかったのだろう。しかし、桜は誰も殺していなかった。つまり自分よりも劣っている、と毒嶋は判断したのだ。

 毒嶋に襲われた経緯や、謎の異能スキルについては理解した。しかし事の発端、翼はどこへ行って、なぜ忘れられたのか、をまだ知れていない。

 桜の思考がまとまり、その考えに至った頃、神は全てを見透かしたように言葉を紡いだ。


「理解出来たか? なら次だ。これがお前にとっては一番重要な『東雲翼』について、だな」


 その名前が出た瞬間、桜は歓喜で体が震えた。ようやく、ようやく翼について分かる。たった一日の出来事のはずなのに、桜はそう感じた。それは、こんな非日常に巻き込まれたということもある。しかし、それより知り合いの誰一人として、翼を覚えていなかったという絶望感が大きすぎた。今までの人生の中で、最も絶望した日は今日だと言えるほど、濃厚な一日だったのだ。そのせいで、桜は酷く疲弊していた。既に頭の中がパンクしそうなほどの情報量で、今立っていられるのは、翼のおかげだろう。

 そんな翼の話題だ。桜は早く聞きたくて、口から催促の言葉が出かけるが、余計なことを言っては、何も聞けなくなる可能性がある。何より、全てを答えてくれるとは限らないので、神の説明を待つことにした。

 桜のそんな複雑な心境を知ってか知らずか、神は少しだけつまらなそうな顔をして、桜を見やる。


「……ふむ、噛みついては来ないか。まぁいい。東雲翼についてだが、簡潔に言うと、もうお前たちの所へ戻ることは無い」

「なッ……!? どういうことッ!?」


 桜は神の返答に目を見開き、叫ぶ。しかし、神は桜の反応は既に予想済みだったのか、特に声色を変えることなく、無情に桜を突き放した。


「そのままの意味だ。理解しろ。東雲翼はもはや普通の人間ではない。なんせ、奴は今回のゲームにおいて重要な役割を担っているからな」


 理解できるようでできない神の台詞回しに、桜は疲弊した頭をフル回転させ、思考する。ただの参加者ピューパなら、神はわざわざ重要な役割、なんて言い方しないはずだ。参加者ピューパは、言わば使い捨てのコマのように増え続けるから。ならば、翼は神のなんだ? 今まで出た情報の中から考えるのではあれば────?

 そこで、桜はある『可能性』が頭によぎる。まさか、そんなはずは無いと思うが、一度生まれた可能性は消えることは無い。なので、桜は思い切って自分の疑問を神へぶつけることにした。


「……ねぇ。もしかして……さ。貴方の言ってた『最高傑作』って翼のこと……?」


 震える声で、しかし神にしっかり届く声量で、桜は尋ねる。すると、神は一瞬の硬直の後、ニンマリと厭らしい笑みを浮かべた後、高笑いをし始めた。


「フ、フハッ! フハハハハッ! お前! 勘が鋭いにも程があろう! そうだ! 私の『最高傑作』こそ東雲翼だッ! なんせ奴の存在する池袋を中心に、このゲームは開催されているのだからなッ!」


 そして、桜に衝撃の事実を突きつけたのだ。神の言葉に、まさか自分の予想が当たるなんて思いもしなかった桜は、驚愕する。

 何故なら翼が神の最高傑作ということは即ち、


 


 という事実に他ならないのだから。

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