第34話『バイトをしていたら。-対峙編・前編-』
6月2日、火曜日。
今日も空には晴天が広がる。季節が夏になったと思い知らされる日差しの強さだ。このまま夏本番に向かうんじゃないかと思ってしまう。
しかし、天気予報を見ると、週末の日曜日から雨予報が続く。そろそろ、今年も梅雨がやってくるのかな。
登校して2年1組の教室に行くと、向日葵は自分の席に座っており、福山さんと談笑していた。
「おはよう、向日葵、福山さん」
「桔梗、おはよう」
「おはよう、加瀬君」
向日葵と福山さんは挨拶をすると、僕に可愛い笑顔を見せてくれる。こうして向日葵と話し合えることに安心感を覚える。
「向日葵。登校中は大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だった。花村の姿も見ることもなかったし。それに、お姉ちゃんが一緒だから心強かったわ」
「それは良かった」
昨日は放課後に花村と会ってしまった。万が一のこともあり得るので、向日葵は百合さんと一緒に校門の近くまで送ってもらうことになったのだ。
ちなみに、百合さんからは昨日の夜にLIMEで『花村君から向日葵を守ってくれてありがとう!』という旨のメッセージをもらった。同様のメッセージを福山さんからも。こういうメッセージを送る人が向日葵の側にいると分かって安心した。
「ねえ、桔梗。昨日の放課後はバイトがあるんだよね?」
「うん、あるよ」
「じゃあ、放課後になったら、一緒にサカエカフェに行ってもいい?」
「もちろんさ」
「部活が終わったら迎えに行くね、ひまちゃん。もし、その前に誰かと一緒に家に帰るときは一言メッセージ入れてくれるかな?」
「分かったわ。ありがとう」
そう言って、福山さんに向ける笑顔はとても嬉しそうで。3年前に花村の一件があった直後もこうして支えられてもらっていたのかな。
そして、今日も学校生活が始まる。
うちの高校に花村がいないからか、昨日の放課後のことが嘘であるかのように、向日葵はいつも通りに僕らに振る舞っていたのであった。
放課後。
撫子は部活を含めて特に予定はないので、彼女と向日葵と3人でサカエカフェに向かった。その道中で向日葵は花村とのことを軽く話した。そのことで、撫子も向日葵を守る気満々に。そんな撫子と一緒にお店の中にいれば、ひとまずは大丈夫だろう。
サカエカフェの入り口前で2人とは別れ、僕は横にある従業員用の入り口から中に入る。
更衣室で高校から店員の制服に着替え、ホールへと向かう。
向日葵と撫子の注文でも聞こうかと2人を探すと、彼女達は2人用のテーブルに座っていた。そこにはなずなさんがおり、3人で楽しく話している。撫子もいるから、なずなさんは向日葵ともさっそく打ち解けられたのかな。
それからすぐになずなさんは2人に頭を下げて、僕のところにやってくる。
「桔梗君。学校お疲れ様」
「なずなさんお疲れ様です。2人と楽しく話していましたね」
「注文を取った流れでね。撫子ちゃんもいたから、向日葵ちゃんともさっそく楽しく話せたよ! ツンツンしていそうな感じだったけど、話してみると結構気さくな子なんだね」
「そうですね」
大学生のなずなさんもいれば、向日葵もより安心できるんじゃないだろうか。いざとなったら、凜々しい副店長もいるし。
なずなさんはキッチン担当の人に注文を伝える。2人はホットケーキを注文し、セットドリンクに向日葵はアイスティー、撫子はアイスコーヒーにしたそうだ。
僕はホールでの仕事を始める。たまに、向日葵と撫子に小さく手を振りながら。
このまま、今日は平和に時間が流れていってほしいな。向日葵と撫子がとても楽しそうに話しているから。そんな2人を見ているだけ、僕も楽しい気分になってくるし。
でも、そんな願いは長くは続かない。
「いらっしゃ……おや」
「ちーっす。……何だよ、お前がバイトしているのかよ」
仕事を始めてから20分ほど。
昨日と同じく、高校の制服姿の花村が店内に入ってきたのだ。花村は嘲笑しながら店員姿の僕のことを見る。予想通り、花村とすぐにまた会うことになったか。
今の花村の声に気づいたのか、向日葵と撫子はデーブル席からこちらを見ている。花村の姿を見て、向日葵は怯えた表情になっている。
「何のご用です?」
「道を通ったら、窓から宝来の姿が見えてさ。昨日はお前のせいであんまり話せなかったし。だから、宝来と久しぶりにゆっくりと話したいと思ってさ。あっ、一緒にいる女の子もかなり可愛いじゃん! オレも同席させてよ」
「それはできません。あちらの金髪のお客様の様子を見る限り……あなたと同席することを拒むでしょう」
あと、花村に撫子と話す機会を与えたくないという私情もある。昨日の向日葵の話や、今の花村の様子からして、彼が撫子に手を出す可能性がありそうだ。
花村の目つきは段々と鋭くなっていく。
「おい、オレは客だぞ。店員がそういう態度を取っていいと思ってんの?」
「えっ、あなた……自分が当店のお客様だと思っていたんですか?」
「何だって……」
「あなたは店員を嘲り、一部のお客様を怖がらせる高校生に過ぎません。少なくともサカエカフェのお客様ではありません」
「ふざけんなよ!」
――ドンッ!
顔に怒気を浮かばせた花村は、僕にそう激昂すると右手で僕の胸を突き飛ばす。そのことで僕は後ろによろめき、尻餅をついてしまう。
近くにいたなずなさんが心配そうな様子で駆け寄ってくる。
「大丈夫? 桔梗君」
「……お尻が少し痛いだけですよ」
なずなさんに手を貸してもらい、僕はゆっくりと立ち上がる。なずなさんのすぐ後ろには副店長の姿もある。
「昨日からオレに向かって生意気な態度取りやがって。ちょっとツラ貸せよ」
「……いいですよ。僕もあなたに話したいことがありますから」
ちょうどいい機会だ。ここで僕が話して、花村が二度と向日葵に関わらないようにさせよう。
「副店長。この人とお話がしたいので、休憩をいただいてもいいですか? 長くなるかもしれませんが」
そんなお願いをすると、副店長は落ち着いた笑みを浮かべ、頷く。
「もちろんさ。君の言う通り、こちらの男性はうちのお客様ではないからね。君達と、撫子ちゃんと一緒にいる金髪の子の様子を見て何となく察したよ。お客様を守るのも店員の仕事。行ってきなさい、加瀬君」
「頑張ってね、桔梗君」
「ありがとうございます。……外で話しましょうか、花村さん。いい場所があるので」
「……分かった」
僕は出入口から、花村と一緒にお店の外へ出るのであった。
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