第30話『中間試験』

 それからも、休日を含めて僕はバイトのない日に向日葵達と勉強会を行った。勉強会では教えることの方が多いけど結構捗る。

 そして、5月19日から、2年生初の中間試験が始まった。撫子にとっては高校生初の試験。全教科ではないけど、4日間に渡って行われた。


 ――キーンコーンカーンコーン。


「そこまで。筆記用具を机の上に置いてね。各列の一番後ろの席の人は、答案用紙を回収してください」


 5月22日、金曜日。

 最終科目の数学Bのテストも終了し、これにて中間試験が終わった。だからか、「終わったー!」「やったー!」と歓喜の声を上げる生徒が何人もいる。その中の一人は、僕の一つ前の席に座っている岡嶋海斗である。

 試験期間中は出席番号順に座るため、僕は一番後ろの席。なので、僕のいる列の生徒の答案用紙を回収し、試験監督の先生に渡す。

 席に戻ろうとすると、岡嶋は津川さんと話していた。岡嶋は僕の右手、津川さんは僕の左手をぎゅっと掴んでくる。試験が終わったからか、2人の顔にはとても爽やかな笑みが浮かんでいる。


「加瀬のおかげで、何とか数学Bも乗り越えられたぜ! たぶん、赤点はないんじゃないかと思えるくらいの手応えだ。解答欄も間違えなかったし」

「間違える方が難しいと思うよ、カイ君。それぞれの問題の下に答えを書くんだから。あたしも加瀬君が教えてくれたから、赤点はないと思う。もしかしたら平均点くらいまで行くかも!」

「2人とも、そう思えるほどにできて良かったよ」

「おう!」

「ありがとね!」


 2人とも凄く嬉しそうだ。数学Bは赤点を取ったら、特別課題か追試をやると担当の先生が言っていたからかな。

 部活動が禁止され始めた頃から勉強会を開いたからか、岡嶋も津川さんも苦手な科目でもそれなりにできたそうだ。勉強会では、分からないところがあったら、すぐに誰かに訊いていたし。それが良かったのかもしれない。

 僕はどの教科も手応えがあった。勉強会で岡嶋達に教えることの多かった理系科目は特に。学年1位になるかどうか分からないけど、高得点は期待にはなると思う。

 自分の席に座って向日葵の方を見ると、向日葵は福山さんと冴島さんと一緒に談笑している。勉強会に何度か参加したことで、冴島さんは2人とも仲良くなったみたいだ。

 3人の笑顔を見ていると試験の疲れが取れてくる。特に向日葵の笑顔には。

 それから数分ほどで、担任の涼風先生が教室やってきて、終礼が行われる。試験お疲れ様という労いの言葉と、もう少しで6月となり制服が夏服となるので、夏服を準備しておくことが伝えられた。


「それでは、これで終礼を終わります。また来週会いましょう。冴島さん、号令を」

「はい。……起立、礼」

『さようならー』


 こうして、今週の学校生活が終了。僕と岡嶋は今週が掃除当番なので、教室の掃除が残っているけど。

 今日の放課後から部活が解禁されるので、終礼が終わるとすぐに荷物を持って教室を後にする生徒もいる。


「桔梗。廊下で待っているわ」

「ああ、分かった」

「掃除頑張ってね。岡嶋君も」

「おう、ありがとな」


 向日葵は僕らに軽く手を振って教室を出た。

 今はまだ正午過ぎなので、これから向日葵とお昼ご飯を食べる予定だ。

 これまでたくさん勉強会をしたので、当初は勉強会メンバーみんなで軽く打ち上げをするかと計画していた。ただ、撫子と冴島さん、岡嶋、福山さんはさっそく部活。津川さんも結構早めの時間からバイトがある。なので、予定がフリーの向日葵と、夕方からバイトの僕の2人でお昼ご飯を食べることになったのだ。


「宝来と2人きりだな、加瀬」


 ニヤリとして、岡嶋はそう言ってきた。実質デートだなと言わんばかりの顔をしている。


「みんな予定があるからね。向日葵とのお昼ご飯を楽しもうと思ってる」

「そっか。ちーと話していたんだけど、週末の間にちーのバイトしているスイーツ店で、お金を出し合って、何かお菓子を買ってくるよ。加瀬達には勉強を教えてもらったし、撫子ちゃんとは一緒に勉強できて楽しかったからな。来週の月曜日に持ってくる」

「分かった。楽しみにしているよ」

「ああ。さあ、宝来も待っているんだし、さっさと掃除終わらせちゃおうぜ」

「そうだね」


 僕らは教室の掃除をする。向日葵を待たせているので、いつも以上にテキパキと。それでも、中間試験が終わったからか疲れは感じなかった。

 掃除を終えたので、僕は岡嶋と一緒に廊下で待っている向日葵と合流。3人で一緒に教室を後にして、昇降口までは岡嶋と一緒に向かった。


「2人とも、試験お疲れ。また月曜日なー」

「ああ。またな、岡嶋」

「またね、岡嶋君」


 校舎を出たところで岡嶋と別れ、僕と向日葵の2人きりとなる。


「向日葵。どこか行きたいお店ってある?」

「そうね……サカエカフェがいいかしら。お店で桔梗に接客されたことはあるけど、一緒にお客さんとして行ったことはないから」

「ああ……確かにそうだね」


 サカエカフェでの向日葵の思い出はいくつもあるけど、それは僕が店員として働いているときのこと。彼女と一緒にお客さんとして行ったことはないのだ。


「でも、夕方からバイトなのに、そこでお昼ご飯を食べるのって嫌かな」

「ううん、そんなことないよ。サカエカフェの料理や飲み物が好きだし」

「そうなのね。じゃあ、サカエカフェにしよっか」

「そうだね」


 僕らは武蔵栄高校の校門を出て、サカエカフェに向かって歩き始める。

 教室の掃除をして、終礼が終わってから少し時間が経っているからか、うちの生徒の姿はそんなに多くない。


「桔梗。今日のテストはどうだった?」

「今日のテスト……現代文Bに世界史B、数学Bか。どの教科も手応えあったよ。勉強会では向日葵達に教えることが多かったから、数学Bが一番良くできた気がする」

「分かりやすく教えていたものね。さすがは桔梗だわ」

「向日葵達のおかげだ。教えるのもいい勉強になるって改めて思ったよ。向日葵はどうだった?」

「現代文と世界史はバッチリ。数学Bも桔梗のおかげでなかなかできたよ。平均点は取れていると思う。いや、もしかしたら80点か90点くらい取れているかも」


 向日葵は自信ありげにそう言う。数学Bはなかなか幅のある得点予想だなぁ。数学Bは簡単な問題ばかりじゃなかったので、平均点はそこまで高くないだろうし。


「そうか。数学Bも高得点が期待できる手応えで良かった」

「一安心だわ。赤点取ったら課題か追試をやらなきゃいけないもの」

「どっちになっても大変そうだもんね」


 さすがに、向日葵が赤点を取ってしまう展開にはならないと思うけど。

 向日葵の話だと、福山さんも冴島さんも今日のテストはよくできたらしい。福山さんも勉強会での頑張りが発揮できたようだ。冴島さんはさすがといったところか。

 中間試験の話をしたからか、あっという間にサカエカフェに到着。

 お店に入ると、先輩店員が2人用のテーブル席へと案内してくれる。その際に店内を見渡すと……お昼時だから賑わっているな。2人用や4人用のテーブル席には、武蔵栄高校の生徒のグループがいて。その中には、こちらを見てくる生徒もいて。おそらく、向日葵のことを見ているのだろう。

 席に座り、出された水を飲みながらメニュー表を見る。お客さんとして来ているし、まかないでは食べない料理にしようかな。


「あたし、ピザトーストのアイスティーセットにしようっと」

「ピザトースト美味しいよな。僕は……ハンバーグのパン・アイスコーヒーセットにしようかな」

「ハンバーグも美味しいわよね。じゃあ、注文しましょうか」


 向日葵が注文ボタンを押し、席を案内してくれた店員さんが来てくれる。僕らは注文したいメニューを言い、飲み物は先に持ってくるようにお願いした。


「ねえ、桔梗。お客さんとしてサカエカフェに来るのっていつ以来?」

「確か……撫子の中学卒業祝いで家族で食事したのが最後だね。だから、2ヶ月ぶりかな」

「そうなんだ。ご家族で」

「撫子の希望でね。小学生の頃から、家族4人でたくさん食べに来たからね。美味しいし、お店の雰囲気もいいから」

「なるほどね。いい話だわ」


 3月に来たときは、店長と副店長が撫子の卒業祝いで代金を半額にしてくれたっけ。

 注文してから2、3分ほどで飲み物が先に運ばれてきた。


「桔梗。中間試験も終わったし、乾杯しよっか」

「おっ、いいね」

「じゃあ……中間試験お疲れ様。乾杯!」

「乾杯」


 グラスを向日葵が持っているグラスに軽く当てて、僕はアイスコーヒーを一口飲む。あぁ、苦みがしっかりしていて美味しい。


「美味しいわ。ほんと、冷たいのがよくなってきたわね」

「あと10日くらいで夏だからね。これからしばらくの間は冷たいのがメインだな」

「そうね」


 そう言って、向日葵はアイスティーをストローで美味しそうに飲んでいる。可愛い。

 正面から彼女がドリンクを飲む様子を見ると、お見舞いと看病のお礼にタピオカドリンクを奢ったときのことを思い出すな。あのときは一口交換したっけ。

 それにしても、つい1ヶ月ほど前まで、試験の順位のことで僕を鬱陶しく思っていた向日葵と、試験明けに2人きりでお昼ご飯を食べに来ているなんて。感慨深いな。


「どうしたの? コーヒーも飲まず、あたしのことをじっと見て」

「試験が終わって、向日葵と2人きりで食事をしに来ているのが不思議でさ。2年生になってすぐの僕に話しても、信じてくれないかもしれない」


 そう話すと、向日葵は「ふふっ」と上品に笑う。


「同じ頃のあたしに言っても信じてくれないかも。当時は成績のことで絶賛鬱陶しく思い中だったから」

「鬱陶しく思い中って。2年になって同じクラスになったから、睨みと舌打ちがそれまでよりも増したよな」

「そうだったわね。……今回は桔梗に教えてもらったし、結構いい点数取れるかも。1位も取れるかもしれないわ。じゃあ、順位で下だった方が、上だった方に何か奢るのはどう?」

「試験が終わってから言うとは。……まあ、ナノカドーのフードコートか、駅周辺の飲食店で何か一つ奢る程度ならいいよ」

「じゃあ、決まりね。もし、同じ順位だったらなしで」

「分かった」


 中間試験は全て終わってしまったので、今からできることはない。せいぜい、答案が返却された際に、採点ミスがないかどうかチェックするくらいだ。

 それから程なくして、僕らの注文した料理が運ばれてきた。僕の目の前にはハンバーグとパンが置かれる。デミグラスソースのいい匂いがする。

 向日葵も目の前に置かれたピザトーストを見て「美味しそう……」と小声を漏らす。柔らかな笑みを浮かべ、スマホで撮影していた。


「じゃあ、さっそく食べましょうか」

「そうだね。いただきます」

「いただきます!」


 ナイフでハンバーグを一口サイズに切り分ける。そのハンバーグに何度か息を吹きかけて、口の中に入れる。


「……美味い」


 口の中に肉汁が広がって。デミグラスソースとの相性も抜群だ。噛む度に肉の旨みが出るのもグッド。


「ピザトースト美味しいわ!」

「良かったね」


 僕がそう言うと、向日葵は一度頷いてピザトーストを食べる。トーストをかじったときの「サクッ」という音が気持ちいい。美味しいというだけあって、向日葵は幸せな様子でもぐもぐしている。それがとても可愛らしい。

 先日、向日葵の家で勉強会をした際に彼女の部屋の本棚を見たので、好きな漫画やラノベの話をしながらお昼ご飯を食べていく。お互いに好きな作品がいくつもあるから結構盛り上がって。とても楽しい。

 当初は撫子達とも一緒にご飯を食べたいと思っていたけど、今は彼女と2人きりで良かったと思えるのであった。

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