第29話『ひまわりネーム&ヘアー』
今日の授業で課題が出ているので、まずは課題を終わらせることに。ただ、その中には数学Ⅱもあり、
「加瀬。問4も教えてくれー」
「その問題、あたしも分からない。教えてくれるかな、加瀬君」
「あたしも今、問4をやっているんだけど……難しいわ。桔梗、教えてくれない?」
「私も加瀬君に教えてほしいな」
「分かった」
岡嶋や津川さんにはもちろんのこと、向日葵と福山さんにも教える。苦手といっても、学年2位の成績を取り続けるだけあって、向日葵は理解が早い。福山さんもなかなか。
唯一の1年生の撫子も、分からないところを僕に訊いてくる。ただ、僕が他の人に教えているときも多く、そんなときは冴島さんに訊いていた。彼女は撫子の左斜め前にいるし、部活の先輩だから僕以外の勉強会メンバーの中では一番訊きやすいのだろう。あと、最近知ったけど、冴島さんは1年生の間、成績順位は5位から10位の間を推移していたそうだ。
僕も英語の課題で分からないところがあった。なので、一度、向日葵に質問した。すると、向日葵は得意げな様子で、
「教えてあげるわぁ」
と言ってくれた。いつもは僕に教えてもらっているので、僕に教える立場になるのが嬉しいのかな。もしそうなら本当に可愛い子だ。そんな向日葵の解説はとても分かりやすかった。
互いに助け合いながら、和気藹々とした雰囲気で勉強会が進んだ。
勉強会が始まってから小一時間。
全員が今日出された課題を終えられたので、一旦、休憩に入る。
勉強中にはクッキーを1枚も食べていなかったので、お皿からクッキーを1枚掴んで、口の中に入れた。
「……うん、甘くて美味しい。香ばしさもあって」
「お母さんはお菓子作りが趣味で。昔から、今日みたいに、パートのない日にはお菓子を作ってくれることがあるの」
「そうなんだ。凄く美味しいよ」
「あとでお母さんに伝えておく。きっと喜ぶと思う」
帰るときにでも、僕もお礼を言っておくか。……そうだ、お礼を言うと言えば、
「冴島さん。撫子に勉強を教えてくれてありがとう」
きっと、撫子にとって心強いんじゃないかと思う。
冴島さんは僕の方を見るとクスッと笑った。
「いえいえ。撫子ちゃんの疑問を解決できるお手伝いができて嬉しいです。それに、1年生の内容を復習できるいい機会になっていますよ」
「そうか」
「……あと、撫子ちゃんに何度か教えたので、もしかしたら加瀬君にもお礼を言われるかもって思っていました」
「あたしも同じことを思ったわ」
向日葵は楽しそうに言った。福山さん達も頷いているし。みんな、撫子絡みのことならお見通しなのかな。
「兄さんと同じくらいに分かりやすいよ」
「そうか」
撫子に勉強のことで頼れる先輩がいるのは嬉しい。若干の寂しさを感じるけど。
「向日葵ちゃん、本棚を見てもいい?」
「ええ、いいわよ」
「じゃあ、俺も見させてもらおう」
津川さんと岡嶋はクッションから立ち上がって、本棚の前まで行く。
岡嶋はさっそく本棚から本を取り出している。表紙を見てみると……『秋目知人帳』の第1巻か。前にアニメは観たことあると言っていたな。
「『秋目知人帳』といえば……向日葵。ベッドの上に、これまで僕がクレーンゲームで取ったぬいぐるみがあるけど、一緒に寝ているのか?」
「うん。ニャン太郎先生も猫のぬいぐるみも抱き心地がいいから、抱いて寝てる。おかげさまでよく眠れてるよ」
「それは良かった」
ニャン太郎先生と猫のぬいぐるみを取ってあげて良かったな。
「ねえねえ、向日葵ちゃん。一番下の段にあるこの『Memories』って書いてあるのってアルバム?」
「ええ、そうよ。あたしが写っている写真中心に貼ってあるの」
やっぱり、あれはアルバムだったのか。
アルバムに興味があるのか、津川さんの顔に明るい笑みが浮かぶ。
「そうなんだ! 見てみたいんだけど、いい?」
「もちろん」
「ありがとう! じゃあ、テーブルで見ようかな」
津川さんは本棚からアルバムを取り出して、テーブルへと戻ってくる。
岡嶋は……面白いのか、笑いながら漫画を読んでいる。これまでも、僕の家で漫画を集中して読むことが何度もあった。休憩が終わるまではそっとしておこう。
津川さんは自分の座っていた場所に戻り、向日葵のアルバムを広げる。
「うわあっ! 赤ちゃんの頃の向日葵ちゃん可愛い!」
目を輝かせ、普段よりもかなり高い声色で言う津川さん。
褒められたのが赤ちゃん時代のことだからか、向日葵は特に照れることなく、明るい笑顔を見せてくれる。
「ありがとう。おおよそ時系列順に貼られているわ」
アルバムが見やすいように、僕らは津川さんの周りに集まる。
向日葵のアルバムを見てみると……ふとんの上で仰向けになっている赤ちゃん時代の向日葵の写真が貼られていた。ご機嫌が良かったのかいい笑顔だ。
「向日葵先輩、赤ちゃんの頃から可愛いですね!」
「可愛らしい笑顔で写っていますね、向日葵さん。向日葵の花のような素敵な笑顔です」
「撫子と冴島さんの言うとおりだな。この写真を見ると癒されるよ」
「そこまで言われると……ちょっと照れるわ。お姉ちゃんが『百合』って名前だから、生まれる前から両親が花の名前がいいって話していたみたい。あたしの生まれたのが7月の終わり頃で。病院の近くに向日葵の花が綺麗に咲いている花壇があったんだって。あと……生まれてすぐのあたしの笑顔が明るくて可愛かったから向日葵にしたって言ってた」
穏やかな様子で向日葵は言う。とても素敵な由来だと思う。向日葵もそんな自分の名前が気に入っていると窺える。
うちは確か……母親が特に花が好きで、子供に『桔梗』と『撫子』っていう名前を付けたんだよな。
それからも向日葵のアルバムを見ていく。小さい頃から向日葵は可愛い。時系列に貼られているので、ページをめくる度に写真に写る向日葵が成長していく。最初は家族と一緒に写る写真だけだったが、保育園時代からは友人らしき女の子と一緒に写る写真も。
そういえば、小さい頃の向日葵って、
「髪型がストレートだったんだね、向日葵」
「昔から今みたいにワンサイドにまとめていると思ったよね、兄さん」
「小学校の2、3年生くらいまではストレートだったわ。ただ、お姉ちゃんが髪をまとめた方がもっと可愛くなると思うって言って。それで、今の髪型になったの。夏もこの髪型の方が涼しくていいからね」
「そうだったんだ。あたしは今の向日葵ちゃんがストレートになったも興味あるな」
「私もひさしぶりに見てみたいな。髪をストレートにしたひまちゃん」
「日中はこの髪型だものね。いいわよ」
向日葵は快諾して、髪をまとめている赤いシュシュを左手で取る。その瞬間、ストレートのセミロングの向日葵が誕生した。ほどけた瞬間にシャンプーの甘い匂いがふんわり香ってきて。
今の向日葵の髪型を初めて見る撫子と津川さん、冴島さんは「かわいい!」と大きな声を上げた。
撫子達の声には、漫画に集中していた岡嶋もこちらを向く。すると、岡嶋は目を見開いて向日葵のことを見る。
「その金髪ストレートの人は? 宝来のお姉さんか妹さん?」
「向日葵本人だよ、岡嶋」
「アルバムを見て、昔のようなストレートの髪型を見たいって言われたから。あと、姉が1人いるけど大学生だよ」
「そうなのか。……その声は宝来本人だな。今まで漫画を読むのに集中していたから驚いたわ。その髪型で学校に行ったら、今まで以上に告白するヤツが増えそうだ。……す、素直にそう思っただけだぞ、ちー」
「分かってるよ、カイ君」
津川さんは快活に笑う。そのことに岡嶋はほっとしている。もしかして、今のようなやり取りで津川さんに浮気と勘違いされたことがあるのだろうか。
岡嶋の言う通り、ストレートの髪型で学校に行ったら、今まで以上に告白してくる人が増えそうだ。そのくらいにストレートの髪が似合っている。あと、百合さんの髪もストレートだからか、百合さんの面影も感じられる。
「向日葵ちゃん、ストレートも可愛いよ!」
「似合っていますよ! あと、少し雰囲気が変わりますね、先輩!」
「2人の言葉に同意ですね」
「ストレートひまちゃんいいね。髪をストレートにすると、百合さんに似た姉妹だって思うよ」
「それは僕も思ったよ。ストレートの髪型もいいね、向日葵」
「そ、そう? どうもありがとう」
頬が赤くなるけれど、みんながストレートの髪型を褒めたからか、向日葵は嬉しそうな笑顔を見せてくれる。髪型が普段と違うこともあり、その姿にドキッとした。
向日葵は再び髪をまとめようとはせず、赤いシュシュを勉強机に置いた。
小学校の低学年あたりまでの写真を見ていたようで、アルバム鑑賞を再開すると、すぐに向日葵の髪型はおなじみのワンサイドアップに。
そして、中学生になると福山さんと一緒に写る写真がかなり多くなる。他にも友人らしき人と写る写真もあるけど、福山さんと比べたら少ない。福山さんが向日葵にとって一番の親友であると分かった。
「あら、休憩に入ってから30分も経っているわ。そろそろ勉強を再開しましょうか」
向日葵のその言葉にみんな賛成。勉強会を再開する。みんな課題が終わったので、今度は各々が定期試験に向けて勉強をしていくことに。
僕も英語科目の勉強をする。ただ、ストレートの髪型を見るのが初めてだからか、たまに向日葵の方を見てしまうのであった。
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