第14話『ラーメンいかがですか』

 午後1時過ぎ。

 名探偵クリスの映画が終了し、スクリーンの照明が点く。集中して見ていたから、明るくなると同時に現実へ帰ってきた気分だ。あと、集中して観ている時間が長かったから目が疲れた。


「今年もクリス面白かったわ!」

「面白かったね、向日葵。それにしても、まさか、あの地味そうなキャラが犯人だったなんて」

「あたし達の予想が見事に外れたわ。ただ、地味な感じだった人が、真実を明かされた途端に豹変すると『この人ヤバい。この人ならやっちゃうよ』って思うわよね」

「凄く分かる。あと、そういうタイプの犯人って印象に残る」

「あたしも!」


 クリスが面白かったのか、向日葵はとても楽しそうに話してくれる。映画が終わってすぐに感想を語り合うのは、誰かと一緒に行ったときの醍醐味だよな。

 つい先日まで、僕にツンツンとした態度ばかり取っていた向日葵とこういう話ができるとは。感慨深くて嬉しい気持ちに。ただ、そんなことを思った矢先、


「ら、来年のクリスも期待できそうね」


 そう言い、向日葵は頬中心に顔を赤くして、僕から視線を逸らしてしまった。僕に笑顔を見せるのが恥ずかしくなってしまったのだろうか。こういうところも可愛いが。


「豹変するタイプの犯人なので、初登場したときから『穏やかな顔を浮かべているなぁ。内心ではあの人を殺したくて仕方ないんだなぁ』って思いながら観てました。そういう楽しみ方ができたので、2度目でも楽しかったです」

「なでちゃんに犯人の名前とラストに表情が変わることを教えてもらったから、私もそういうことを考えながら観てたよ。結構楽しかった」

「良かったわね」


 今まで、推理系の作品については事前のネタバレを避けてきていた。でも、今の2人の話を聞いていると、犯人を知ってから観てみるのもいいかもしれないと思えてくる。来年公開予定の次回作では、犯人を知ってから観てみようかな。

 あと、福山さんはいつの間にか撫子のことを『なでちゃん』って呼ぶようになっているな。撫子を撫でたくなるあだ名だ。もし、僕にあだ名をつけてくれるとしたらどんな感じなんだろう? 『きょうくん』とか? ちなみに、あだ名で一番呼ばれたのはそれだった。


「人が少なくなってきましたね。私達もそろそろ出ましょうか」

「そうね」


 僕らは館内からフロントへと戻る。

 お手洗いに行きたくなったので、僕は男性用のお手洗いへ。撫子達もお手洗いに行くとのこと。僕はコーヒーを買って飲んだけど、映画に集中して観ている時間が多かったから、上映中は一度も行かなかったな。

 待ち合わせ場所の売店に戻り、クリスのグッズを観る。主人公のクリス君と、今作のキーパーソンの青井あおいさんという警察官のキャラクターのグッズが多い。青井さんは女性中心に人気が高いからなぁ。映画公開でさらに人気が高まったのか、クリス君よりもグッズが売れている。


「お待たせ、兄さん」


 撫子達がお手洗いから戻ってきた。撫子と福山さんは僕に手を振ってくれる。


「おかえり。今は……1時過ぎか。お昼ご飯を食べるにはいい時間だな。あと、映画を一緒に観たけど、向日葵と福山さんはこれからも一緒に過ごすか? それとも、ここでお別れするか?」

「お手洗いでそのことを3人で話していたの。武蔵栄駅で会えたのは何かの縁だと思うし、今日は4人で行動しようって結論になったわ。少なくとも、花宮にいる間は。桔梗はそれでもいい?」

「僕はもちろんいいよ」


 4人で一緒に楽しく映画を観られたんだ。これからも向日葵と福山さんと一緒にいても楽しい時間を送ることができるだろう。


「決まりね。それで、お昼のことも3人で話して……桔梗の行きたいお店に行こうって話になったの」

「えっ? どうして?」

「11時の上映回に観られたのは、加瀬君が予約してくれたおかげだからそのお礼に……って、ひまちゃんが提案したんだよ」

「……か、借りを作ったままにしたくないからね」


 頬を赤くしてそう言うと、向日葵は腕を組む。照れくさいのか、僕のことをチラチラと見ている。そんな向日葵の頭を福山さんが撫でる。


「非常に向日葵らしい理由だ。分かった。もし、嫌だったら遠慮なく言ってくれ。花宮に映画を観に来たときは、結構な割合で北口近くにあるラーメン屋に行っているんだ。撫子も僕もラーメンが好きだからな。どうだろう?」


 撫子はいいと言ってくれそうだけど、向日葵と福山さんがどう反応するか。ちょっと不安な気持ちも胸に抱いていると、


『ふふっ……』


 撫子達は急に笑い始めたのだ。バカにしている感じはなく、楽しそうに笑っている。


「ごめんごめん。撫子ちゃんの言う通りだなって」

「『花宮にいるならラーメン屋がいいな』って、なでちゃんが言っていたから」

「兄さんはラーメンが大好きだからね」

「……そこまでお手洗いで話していたのか」


 ちょっと恥ずかしくなってきた。

 ラーメン屋でいいか、と改めて訊くと3人とも「いいよ」と返事をしてくれた。なので、お昼ご飯はラーメン屋に決定。

 僕らは映画館を後にして、ラーメン屋に向かって歩き始める。映画館に行くときよりも人の数が多いな。だから、行くときと同じで4人で手を繋ぎながら歩く。


「あの手を繋いでいる女の子達、可愛くね?」

「そうだな。端にいる男は……見た感じ、手を繋いでいる子のお兄さんか?」

「そうかもな」


 美少女3人と一緒に歩いているから、男性中心に視線が集まる。ただ、撫子と一緒に手を繋いでいるのが功を奏してか、僕に嫉妬や嫌悪の眼差しを向ける人はいない。

 撫子は今のような状況には慣れているので平然としている。向日葵と福山さんも同じなのか、特に周りを気にしていないようだ。映画について楽しく話している。

 3人が自然体にしているのもあってか、ラーメン屋に着くまで彼女達に視線を向ける人が絶えなかった。


「ここだよ」


 映画館を出発してから数分。

 僕らは目的のラーメン屋『花宮拉麺』に到着する。美味しくて、スープのバリエーションが豊富。それに加えて、値段がリーズナブルなため、花宮に来たときはこのラーメン屋でお昼を食べることが多い。近くに学校も多いからか、学生証を見せると麺大盛りかトッピング1品が無料になる。

 昼過ぎの時間帯になったからか、お店に入るとすぐに4人用のテーブル席へと案内される。

 僕と撫子、向日葵と福山さんがそれぞれ隣同士に座る。ちなみに、僕は向日葵とテーブルを介して向かい合っている状態だ。

 僕は味噌ラーメン、撫子は塩ラーメン、向日葵は醤油ラーメン、福山さんは豚骨ラーメンを注文。僕は麺を大盛にし、撫子と向日葵、福山さんは味付け玉子をトッピングで付けた。


「花宮にこういうラーメン屋があるとは」

「知らなかったよね、ひまちゃん」

「2人は花宮に来るとどういうお店でご飯を食べるんだ?? あと、ラーメン屋って行くのか?」

「花宮には飲食店がたくさんあるからね。その中でも喫茶店やパスタ専門店が多いわよね、愛華」

「うん。私達はパスタや洋食系が大好きだからね」


 そういえば、この前、2人はサカエカフェに来て、ナポリタンやオムライスを美味しそうに食べていたっけ。あのときの2人の笑顔を思い出すと、気持ちがほっこりとする。


「ラーメンは……ひまちゃんと2人きりのときには行くよね」

「そうね。あたしも愛華もラーメンは普通に食べるし。でも、愛華以外の友達と一緒だとあんまり行かないわね」

「そうなのか。ラーメン屋に行きたいって言ってみて良かったよ」


 向日葵と福山さんがラーメンを食べるイメージがあまりなかった。でも、普通に食べると分かって親近感が湧く。ラーメン好きだから、2人がラーメンを食べるときにどんな顔をするのかが楽しみだ。

 それから10分ほどで僕らの注文したラーメンが運ばれてくる。どのラーメンも美味しそうだ。みんな自分の注文したラーメンをスマホで撮っているので、僕も真似をする。


「みんな写真を撮ったし、そろそろ食べましょ」

「そうだな。じゃあ、いただきます」

『いただきます!』


 レンゲで味噌味のスープを一口飲む。……あぁ、味噌が濃厚で美味しい。あと、スープの温かさが全身に染み渡っていく。ほっとするなぁ。

 茹で野菜と一緒に麺を一口すする。


「……美味しい」

「醤油ラーメン美味しいわ!」

「豚骨ラーメンも濃厚な味で美味しい」

「塩ラーメンもさっぱりしていて美味しいですよ」


 ラーメン好きの撫子はもちろんのこと、向日葵と福山さんもラーメンを食べていい笑顔を浮かべている。自分が行きたいと行ったお店で、美味しそうに食べてくれるのは凄く嬉しい。


「みんながそう言ってくれて良かったよ。特に向日葵と福山さん」

「花宮に来ると、桔梗が好んでこのお店で食事するのが分かる気がするわ」

「美味しいし、値段もお手頃だもんね。学生証を見せればサービスしてくれるし。いいお店に連れてきてくれてありがとう、加瀬君」

「……ありがと、桔梗」

「いえいえ」

「気に入ってくれたみたいで良かったですね、兄さん」

「ああ、嬉しいよ」


 それからは、今日観たクリスの映画の話をしながら、4人でラーメンを楽しむ。

 あと、僕は撫子と、女子3人はお互いのラーメンを一口ずつ交換し合った。それもあってか向日葵と福山さんはとても満足そうにしていた。

 地元の武蔵栄駅周辺にもいくつかラーメン屋があるから、いつかこの4人で行ってみたいな。

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