第5話『バイトをしていたら。-前編-』
4月29日、水曜日。
今日は祝日で学校がお休み。5連休が目前なのもあって、世間では今日からゴールデンウィークの雰囲気。朝から晴れており雨が降る心配はないので、絶好の行楽日和だ。
岡嶋と津川さんは予定通り遊園地へデート。朝からさっそく、LIMEというSNSアプリでのグループトークに岡嶋から、
『これから行ってくるぜ! お土産楽しみにしてろよ!』
というメッセージをもらった。仲良くデートしてほしい。お土産とお土産話が楽しみだ。
撫子はクラスメイトの友達と数人と一緒に映画を観に行く。僕らが生まれる前から続いている『名探偵クリス』という推理漫画の劇場版アニメシリーズを観るそうだ。友達の中には連休中に部活の合宿があって遊べない子もいるらしい。だからか、撫子はとても楽しみにしていて。映画を含め、友人との時間を楽しんでほしい。
ちなみに、その映画は5月の連休に僕と観るのが毎年の恒例になっている。なので、連休中には僕とも観に行ってくれる。
向日葵は……どんな予定なのかは知らない。家でゆっくりとするのか。どこかでショッピングをするのか。福山さんなどの友人と一緒に遊ぶのか。どんな過ごし方でも、彼女にとって楽しい休日になれば幸いだ。
そして、僕は。
「いらっしゃいませ。2名様でしょうか」
「はい」
「かしこまりました。席へご案内いたします」
午前10時からサカエカフェでバイト。午後6時までシフト入っている。今朝、撫子に「頑張ってね、兄さん」と言われたので頑張れそうだ。それに、働いた分だけバイト代をたくさんもらえるから。
祝日なのもあって、土日と同じように午前中からサカエカフェには多くのお客様が来店している。お昼時になるとさらに増え、屋外に設置してあるベンチに待ってもらうように案内することも。忙しいけど、あっという間に時間が過ぎていく。
お昼のピークが過ぎて、空席ができ始めた午後2時頃のこと。
「いらっしゃいませ……おっ」
来店してきたのは、向日葵と彼女の友人の福山さん。2人とも私服姿で、向日葵はジーンズパンツに半袖の白いブラウス、福山さんは七分袖の桃色のワンピースを着ている。2人とも、自分のバックだけでなく、紙袋とかも持っている。ショッピングをしていたのかな。
「こんにちは、加瀬君」
「……こ、こんにちは、桔梗」
「こんにちは、向日葵、福山さん。私服姿の2人は全然見たことないから新鮮でいいね。よく似合ってるよ。可愛いね」
「ほえっ」
向日葵はそんな可愛らしい声を漏らすと、見る見るうちに頬が赤くなっていく。そんな彼女の頭を福山さんが優しく撫でている。
「ありがとう、加瀬君」
「……ど、どうも。き、桔梗って可愛いって平気で言えるよね。本心で言っているの? それとも、今は店員としてお世辞で褒めてるとか?」
「そんなことない。可愛いと思ったから素直に言ったんだ。空気読んで可愛いって言わないことはあるけど、可愛くないのに可愛いとは言わないよ」
「そ、そうなんだ。ふーん」
向日葵は素っ気なく反応するけど、口元が緩んでいるな。可愛いって言われたのが嬉しいのかな。
僕には可愛い妹の撫子もいるし、可愛い猫のかぐやもいる。彼女達に普段から可愛い可愛いと言っているので、可愛いと思う女性に対して自然に言えるのかも。他の男子と比べて自分は可愛いとたくさん言っている自覚はある。
「加瀬君も店員さんの制服似合ってるよ。ひまちゃんもそう思わない?」
「……そ、そうね。か、かっこいいんじゃない?」
福山さんは優しい笑みを浮かべ、向日葵は笑みは浮かべずに僕をチラチラと見ながらそう言ってくれる。クラスメイトの女子から似合っていると言われるのは嬉しいな。
「ありがとう。2人を見た感じ……今日は買い物かな?」
「そうよ。愛華と一緒に、ナノカドーとか駅周辺のお店でね。愛華、5連休中はバドミントン部の合宿があって遊べる時間はあまりないし」
「ひまちゃんと一緒にいたいから、私から誘ったの」
「そうなのか」
休日が5日間も続くと、合宿をしようって考える部活が多いのかな。特に運動部は。岡嶋がいるサッカー部も連休中に合宿があると言っていたし。ちなみに、撫子のいる園芸部は連休中に部活動はあるけど、合宿はしないという。
「買い物が楽しくて、この時間までお昼ご飯を食べていなかったの」
「そうだったのか。駅周辺には飲食店がたくさんあるけど、うちに来てくれて嬉しいよ」
「ひまちゃんが『今日は喫茶店の気分だなぁ』って言ってね」
「あ、愛華ったら……!」
もう、と向日葵の頬が再び赤くなる。向日葵は頬を膨らませ、福山さんのことをじっと見ている。それでも、福山さんは穏やかに笑っていて。さすがは友人。
「ま、まあ……サカエカフェは今までに何度か来たことがあるし。ただ、最近は来ていなかったから、ひさしぶりにいいかなって。ランチメニューも美味しいし。それに、窓から中の様子が見えて、桔梗が接客している姿が見えたから、桔梗が接客する様子を見るのも面白そうだと思って」
ちょっと楽しそうに笑う向日葵。何だか、僕がバイトしている様子を見るのが来店したメインの理由な気がしてきた。
あと、最近は来ていなかったのは、僕がバイトしていると知ったからかな。向日葵ならあり得そうだけど、そこは訊かないでおこう。もし本当だったら悲しくなるから。
「そうか。……2名様ですね。席までご案内いたします」
向日葵と福山さんを窓側にある2人用のテーブル席に案内する。
かなりの美人2人が来店してきたからか、男性中心に多くのお客さんが彼女達を見ている。買い物中もきっと今のように視線を集めていたんだろうな。
別の家族連れのお客様の会計をした後、向日葵と福山さんにお水を持っていく。
「お水お待たせしました」
「ありがと」
「ありがとう。接客されると本当の店員さんって感じがするね。さっき窓から見たときも、加瀬君、落ち着いて接客していたし」
「バイトを始めて1年経ったから、慣れてきただけだよ。注文が決まりましたら、そちらのボタンを押してください。お伺いします」
「分かったわ」
「分かったよ」
僕がそう言ってお辞儀をすると、福山さんは朗らかな笑みを浮かべながら手を振ってくれる。僕は軽く手を挙げて、2人のいるテーブルから離れたのであった。
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