024. 事件後の僕の初登校

 僕の心にモヤモヤ感を残したまま月曜の朝を迎えた。

 瑠維さんはその後は何もなかったかのように元の生活に戻っていた。

 僕は学校に久しぶりに登校するから制服に着替えていた。

 右手が使えない分とても不便だ、思っている以上に。

 学校指定のYシャツに右手が通らなかった。これは仕方がないのでYシャツを切ることを諦めた。

 クローゼットの中を見て袖の緩い服がないか探した。

 白いTシャツを見つけたのでそれを着た。

 その上からブレザーに左手だけ通して右は肩に掛ける程度になった。

 本来なら制服はきっちりとボタンをとめて乱れた着方は校則違反になるかもしれないけど、無理にボタンをとめれば右手が痛い。

 もうすぐ衣替えの時期になるからそれまでの辛抱かなと思っていた。

 いろいろと試行錯誤していると玄関のチャイムが鳴って紫凰がやって来た。


「おはようございます、瑠維さん。亜月はどこに?」

「おはよう…亜月君なら部屋だよ」

 スーツをきっちり着て優雅にコーヒーを飲みながら瑠維さんは僕の部屋の扉を指さした。


「亜月、準備まだ終わらないのか?朝食食べる時間なくなるぞ」

 紫凰が部屋の扉を開けて僕に呼びかけた。


「今行くよー」

 僕は少し慌てて荷物を持って扉へ向かって歩いた。紫凰が黙ったまま手を差し出してきたので、つい反射的にパシッと軽く叩いた。


「いやいやいや、荷物持つぞ?」

「あっ、ごめん。いつもの転ぶからって僕を過保護にするのかと…」

 僕は恥ずかしくなって顔を赤くした。

 瑠維さんはクスクス笑いながら新聞を読んでいた。

 どうやら僕と紫凰のやり取りを聞いていたみたいだ。


「朝食冷めちゃうよ?」

 紫凰と僕はリビングの椅子に座り瑠維さんが用意してくれた朝食を口にした。


「今日は亜月君が病院を退院してから最初の登校で僕も保護者として担任の先生にあいさつしたいから一緒に…。あっ、あと今日は僕帰るの遅くなるから紫凰君と二人で夕食を…。温めて食べれるように冷蔵庫に入っているからね」

「瑠維さん仕事かぁ…」

「えっ?なに?!亜月君、僕がいないのが寂しいの?」

「……」

「…スルーしないでよ」

 僕は黙ったまま朝食を食べた。


「ごちそうさまでした」

 僕は椅子から立ち上がり皿をシンクに下げようとしたら、紫凰が素早く僕の分の皿をキッチンへ持っていった。

 僕は自分の荷物を持とうとすると瑠維さんがさっと持った。


「さあ、行こう」

 瑠維さんがニッコリ笑って言った。


 学校に着くと紫凰は先に教室に向かった。

 まぁ、クラス違うわけだし、僕のことに紫凰が関わっていたら遅刻になっちゃうだろうし…。

 僕は瑠維さんと職員室に向かった。

 連休の期間も合わせて三週間も入院していたし、入院期間中は学校の関係者たちの面会やお見舞いは全て断っていたからちゃんと報告と連絡をしなくては。


「失礼します」

 瑠維さんがコンコンと叩いて職員室の扉を開けた。

 一斉に先生たちの顔がこちらを向いた。


「一年Aクラスの禿河亜月です。担任の先生は…」

 瑠維さんの言葉を聞いて一人の女性教師が立ち上がった。


「私が一年Aクラス担任の一条いちじょう琉奏るかです。ここではなんですからこちらへ…」

 一条先生は職員室の隣の“応接室”の扉を指さした。

 促されるまま瑠維さんの後ろについて応接室に入った。


「どうぞお座りください」

 瑠維さんと僕が横に並んで座ると担任の一条先生も向かいの席に座った。


「僕は先日、亜月君の保護者となった佐伯…じゃなくて…瀧野瀬瑠維です。詳細は省きますが名前、住所等の変更になりましたので確認をお願いします。書類はこちらを…」

 瑠維さんは僕の荷物から一通の書類を机の上に置いた。


「わかりました。書類をお預かりします。…話は変わりますけど怪我の具合は?」

「殴られた直後は意識がなかったし、起きられませんでした。今は骨折した右手だけです。だけど今日制服を着てみたらYシャツに腕が通せなくて、ブレザーもこんな感じで前ボタンはとめられなかったです」

 僕は今の制服の着方が校則に違反していたら困るので正直に話した。


「うーん、それは大変だな…治るまでどのくらい期間かかるかな?」

「早くてあと二ヶ月くらい…でしょうか…」

「衣替えで夏服になれば少し違うかもしれないが…仕方ないな、当分の間はそういう格好で。先生の間で情報共有しておく」

 一条先生が納得してくれてよかった。


「……」

 あれっ?僕が一条先生と話している間に瑠維さんの様子がなんだかおかしい…。


「瑠維さん、大丈夫?」

「ん、大丈夫、大丈夫」

 大丈夫と言いながらも瑠維さんの顔、怒ってますよね?!


「はぁーっ」

 深くて長い溜息が聞こえた。僕は聞こえた方向に顔を向けたら一条先生がテーブルに肘をついて手に顎を乗せた状態で瑠維さんを睨んでいた。


「はぁー…、何故あんたが私のクラスの保護者なのよ…」

「……」

「あんた…昔っから秘密主義だったけど、弁護士になって余計に秘密主義に拍車がかかってるわよね?」

「ってか、そっちこそ何故ここにいるんだよ?!」

「うん、それは私の職業が教師だから?それよりも私の質問に答えなさいよ!」

「…ここで話せる内容じゃねぇから。それから、俺のこと亜月君にベラベラしゃべるなよ」

「アラ、やだぁ…。瑠維ちゃんったら…今更の反抗期?四十のおっさんが…みっともない…」

「姉貴だって同じ年だろうが…双子なんだから…」

 瑠維さんがイジけるようにボソリと呟いた。

 一条先生の顔から笑顔が消えこめかみがピクピクしていた。

 瑠維さんはどうやら一条先生の地雷を踏んでしまったようだ。


「高校生に交じっても高校生に見える童顔のおっさんに言われたくないわ!」

「そういう姉貴も間違いなくおばさんだよ!」

「ねぇ…二人とも担任教師と保護者の話のはずだよね…?何故姉弟ケンカしてるの?」

 僕は瑠維さんと一条先生に突き刺す瞳で睨んだ。


「「ご、ご、ごめんなさーい!!」」

 瑠維さんと一条先生はやっぱり双子だ。二人そろって謝った声は見事にハモッていた。


「俺の息子なのに…亜月君は怒らせたらダメだ…」

「ん?何か言いました?瑠維さん」

「い、いいえ、何でもありませんよ…えーっと、それではそういうことで…」

「何がそういうこと…なのかな?瑠維、改めて話は聞かせてもらうし、お父さんとお母さんにもきっちり報告だからね」

「はいはい、じゃあ後は頼んだよ、一条先生」

 瑠維さんは左手を上げてヒラヒラ振って応接室を出ていった。


「まったくもう…。しょうがないわね。じゃぁ、教室へ行きましょう」

 一条先生と一緒に教室へ向かった。

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