023. 誤魔化しが下手な瑠維さんと僕

 僕は瑠維さんに絡みついたまま泣いているので仕方なく抱きかかえられ僕の部屋のベッドに寝かされた。


「今週は家でゆっくり体調を整えて来週の月曜日から学校に…ね。まだ本調子じゃないんだから寝ていなさい」

 瑠維さんは僕の母さんのように優しく微笑んだ。

 僕は瑠維さんの顔を見てかなり気が緩んだみたいだ。


「…瑠維さんがさっき『おかえりなさい』って言ってくれたのが母さんのこと…少し思い出したんです…抱きしめてくれたことも。母さんがいつも『亜月の笑っている顔は父様にそっくり。亜月は大きくなったら父様みたいにカッコよくなるわね。大人になるのが楽しみね』って笑ってた。…それだけ」

「そう、か…。美桜はそんなことを…」

 瑠維さんは昔を懐かしむ瞳をしていた。


「これからは美桜の話もたくさんしよう…でもゆっくりでいい…僕もいるから安心して」

 瑠維さんは優しく僕の頭を撫でた。

 僕は撫でられたことで安心したからなのかそのまま眠ってしまった。


「今は眠るんだ…その後は必ずいいことが待っている…」

 瑠維は小さな声で呟き暫くの間亜月の顔を見ていた。

 眠った亜月を確認すると静かに部屋を出た。

 部屋の扉を閉めるとホッと息をいた。





 瑠維は入院中に持っていった荷物を片付け始めた。

 衣類を洗濯機に入れ洗濯を細々とした物をそれぞれの場所に片づけた。

 勉強道具はリビングのテーブルに置くと以前亜月にクリスマスプレゼントと言って手渡した電子辞書もあった。

 亜月は電子辞書を麗夏に取り上げられるか最悪壊されてしまうだろうと想像した。

 だから亜月は禿河の家に持ち帰らず瀧野瀬の家に置いていた。

 瑠維はその電子辞書を見ながら考えていた。

 これからの亜月には誰にも気を遣わずにプレゼントをあげられることを嬉しく思ったけれどあと一つ亜月に言わなければならないと覚悟を決めた。

 ただ亜月はこれまでに悲惨なことを何度も経験したことが今日のように突然泣き出したみたいにショックを起こすかもしれない。

 そう思うと瑠維の覚悟は少し揺らいでしまった。


 グダグダ考えても仕方がないな…。亜月の右腕が治るまではこのマンションで生活することにも慣れなきゃならんしな。先延ばしにしていると思われるかもしれないが何が起こるかなんてわからないしな。デリケートな問題もあるから慎重に進めよう。

 自分の判断を肯定するように大きく頷いた。






「……ですけどお義父さ……俺に……亜月……なので父親……話せません。わかっています……俺が……ちゃんと……」

 隣の部屋…というかリビングから瑠維さんの声が聞こえた。

 瑠維さんが珍しく『俺』と言っていた。

 瑠維さんは普段『僕』と言うし、仕事の時には『私』と使い分けていて『俺』というのは家族か近しい関係の人のみに使っているから電話の相手はそういうことなのかなと思った。

 僕は目が覚めて喉が渇いていた。

 水を飲もうと起き上がりリビングに向かった。


 リビングの扉を開けると通話が終わったからか携帯電話とにらめっこをしていた。


「瑠維さんの喋り声がしてたけど誰か来てたの?」

 僕は目をこすりながら瑠維さんに尋ねた。


「あ、あぁ…電話だよ。今さっき瀧野瀬のお祖父様から亜月君の様子を聞かれたんだよ」

「ふーん…」

 瑠維さんの秘密主義で僕は知らないことだらけだ。僕は瑠維さんの答えに軽く返事をするしかなかった。

 僕はキッチンでコップに水を注いだ。

 水を入れたコップを手にリビングの椅子に座った。

 向かいに座る瑠維さんとの何か分からない沈黙がきつい。


「そうだ…これ。学校に提出する書類だよ。一応亜月君が持っていて」

 瑠維さんは住所・氏名の変更になったことを書いた紙を渡してきた。

 僕は変更になった内容が気になり確認するため渡された紙を見た。

 当然住所は禿河の家の場所ではなくこのマンションだった。

 名前も『瀧野瀬亜月』に変更されていて僕はやっと自分の名前に実感が持てた。だって病院じゃずっと看護師さんからも病院の先生からも『亜月君』と呼ばれていたから。


「どうしたの亜月君?顔が嬉しそうだけど」

 僕の顔がかなりニヤけていたみたいだ。


「な、な、なんでもないです」

 慌てて答えたけれど恥ずかしくなって瑠維さんに渡されたさっきの書類を眺めてた。

 ふーん…あっそうか、保護者も僕の場合変更だよね。これはお祖父様だよね…。

 一人納得するように目を向けた。


   保護者:瀧野瀬 瑠維

   続 柄:  父


「えっ?!えええええーーー!!!」

 僕はビックリしすぎて大きな声を出してしまい、その声に瑠維さんが驚いた。


「うわっ、びっくりー!…どうしたんだい、亜月君?」

「ご、ごめんなさい…ってこれはどういうことなんですか?」

 テーブルの上に置いた紙のある場所を指で指しながら瑠維さんを見た。


「あぁ…、それね…。えっと、うん、見なかったことにして欲しいな…」

 えっ?!瑠維さんに説明を拒まれた感じ?


「ん…、あっと、えっと、その…ね。このことに関しては話も長くなるだろうし、亜月君の体調がまた悪くなっても困るから…ということで…怪我の治療が終わって完治してから…ゆっくりね」

 瑠維さんの誤魔化せていない誤魔化し方にちょっと呆れながら一応は納得した。


 納得はしたけど…したはずだけど…なんか中途半端で僕のモヤモヤは晴れない…。

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